ノーマン・ロックウェルを知っていますか?
Museum
Park Alfabia
in Awaji Island
1998年10月16日
ここ数年、海外(主にヨーロッパ)に拠点をおいて活躍している友人がしばらくぶりで日本に帰ってきていた。またスイスに戻るので、関空まで見送りに行くことになっていたのだが、前日になって突然、淡路島に寄って行きたいと言い出した。なんでも数日前、偶然、アメリカ人のイラストレーターであるノーマン・ロックウェル(Norman Rockwell:1894-1987)と、スペインの印象派画家J.トレンツ・リャド(J. Torrents Llado:1946-1993)の絵が常設されている美術館が淡路島の洲本にあることを知り、どうしても見ておきたいのだそうだ。
この美術館はアルファビア(Alfabia)といい、数年前にオープンしたことは知っていたが、まだ一度も行ったことがない。いや、それ以前に、私は生まれてこのかた、ずっと兵庫県に住んでいるのに、今まで淡路島に渡ったことがなのに気がついた。近いとはいえ、海を渡らなければならないので、何となく面倒であったのがその最大の理由である。幸い、今年の春、明石と淡路島を結ぶ明石海峡大橋ができたので、フェリーを利用することなく車で行けるようになり、大変便利になった。神戸からだと1時間程度で洲本まで行ける。明石海峡大橋もまだ見ていないし、この際、いっぺんにまとめて見ておこうと思い、一緒に行くことにした。JRバスを利用しても神戸から1時間、大阪駅からでも2時間で洲本まで着くので大変便利になっている。
今回はその後、空港まで行かなければならなかったが、飛行機はおそい出発の便でもあるし、淡路島から大阪湾を突っ切り、関空まで直行する高速艇があるので(所要時間40分程度)、それを利用すれば観る時間はたっぷりあった。
(アルファビアの夜景)アルファビアには、ロックウェルの原画が2点、版画70点、サタデー・イヴニング・ポストの表紙になったものが全323点、絵の中の場面を立体に再現したジオラマが5セットある。トレンツ・リャドの絵も40点ほどあり、質・量とも想像していた以上に充実していた。また、1,2ヶ月程度で変わるイベントも常時開催されているので、神戸、大阪からドライブがてらに出かけるのも悪くない。私たちが行ったときは絵本作家、五味太郎氏の原画展が開かれていた。シルクスクリーン印刷の限定版なども購入できる。売店ではロックウェル関係の絵はがきや画集、小物類などもなども豊富に販売されている。私はロックウェル関係のもの数点と、それとは全然別のミッキーマウスがトランプを背中に広げてクジャクのようにしているめずらしいセル画があったので購入した。これはそのうち、「魔法都市案内」のどこかに載せるつもりにしている。
ところで、ノーマン・ロックウェルのことだが、彼の名前は知らなくても、実際に絵を見ると、一度や二度、どこかで見たことがあるはずだ。戦前から戦後にかけて、数十年にわたり、雑誌の表紙を飾ったり、新聞、その他で活躍していたイラストレーターである。日常のあるひとコマを切り出し、人が一瞬見せる、その時その場での表情、つまりは心の中を描き出しているその切り口が尋常ではない。ロックウェルは彼一流のユーモアとやさしさで、描く人物の心のベールを剥いで見せてくれる。やさしさといっても決してベタベタしたものではなく、離れたところからそっとその人のことを気にかけているやさしさとでも言えばよいのだろうか。
彼の描く人物を見ていると、それが子供であっても、成人であっても、老人であっても、一枚の絵だけで、その人が今まで生きてきた人生のすべてがわかるような気になってくる。瞬間の中にもその人の全人生を垣間見ることができる。だからこそ、見る者のイマジネーションを刺激するのだろう。そして絵から受ける様々なイマジネーションの中で我々は勇気づけられ、癒される。いわゆる「名画」を鑑賞するのとは別の感動がある。
また、このロックウェルの作品を展示してあるいくつかの部屋には、1940年代から60年代のアメリカ、この2,30年はアメリカが最も豊かで強かった時代だが、その当時、アメリカで使われていた日用品も多数展示されている。それらを眺めたり、手にとって触ったりしていると、すっかり忘れていた昔の記憶が何度もよみがえってきた。
1950年代後半から60年代はじめにかけて日本でもテレビが普及した。それと同時に、アメリカのホームドラマが入ってきた。『パパは何でも知っている』、『うちのママは世界一』といった番組が放映されていた。
ドラマに出てくる家族はごく標準的な「中流の上」程度なのに、芝生のある庭、自動車が数台、大きな冷蔵庫、大きな犬などが当たり前のように描かれていた。おまけに冷蔵庫に入っている牛乳瓶のでかいこと! 見るものすべて驚きであったが、牛乳瓶は、一合瓶(180cc)が当たり前だと思っていたのに、テレビの中では学校から帰ってきた子供が冷蔵庫を開けるなり、巨大な瓶を取り出し、コップにそそいで飲んでいる場面を見ると、瓶の大きさの違いだけで圧倒された。牛乳瓶の大きさだけからでも、アメリカのすごさにため息が出たのを思い出す。"MILK"と書いてある瓶は直径が15センチくらいあり、高さも30センチくらいあった。2,3リットルは入っていると思えるガラスの瓶をながめているだけでも、「アメリカってすごい−」とため息が出てしまう。
アルファビアには、クラシックなトースター(世界初のトースターまであった)、タイプライター、ガスオーブン、洗濯板、バター製造器(左の写真)なども展示してある。バター製造器は、この樽に入れてハンドルをグルグル回すとバターができるらしい。童話で、木の周りを虎どうしが追いかけっこをしているうちにバターになってしまったという話があったが、こんな道具があるから理解できるのだろう。木の周りを勢いよく走り回るだけでバターになってしまうという発想が、当時の私にはあまりにも唐突で、さっぱりわからなかった。とにかく、古い道具類をながめていると、こんなくだらないこともつい思い出してしまう。(笑)
またこの美術館にはすぐ隣には、画家であり、「食」に関するエッセイストとしてよく知られている玉村豊男氏のギャラリー(無料)と、玉村氏がアドバイスしているイタリア料理のレストランもある。淡路は海に囲まれているので魚貝類が新鮮なのは勿論のこと、野菜もステーキ用の肉も豊富で、食べ物も十分楽しめる。特に肉は神戸牛として販売されているものの相当量が淡路から来ているらしい。フィレンツェ風のTボーンステーキなど、普通の人なら二人でちょうどよいくらいの量が出てくるから、前菜から色々と組み合わせるのも楽しい。このレストランは夜10時まで開いているので、これからの季節、美術館が5時で閉まったあと、ゆっくり食事をするのもよいだろう。
追加:アルファビアは2000年12月をもって閉館しました。
マジェイア