マイスター・エックハルト
1999年3月12日改訂
1997年7月11日
マイスター・エックハルト(Meister Eckhart)という人物を知っているだろうか。日本ではあまり馴染みがないかも知れないが、これからの時代、きっと彼が求められるときが来るだろう。確かに最近、エックハルトが時々取り上げられるようになってきている。これは決して偶然ではない。
21世紀は「心の時代」と言われている。私たちが今最も必要としているのは、心理学や精神分析で片が付くような「心の問題」ではない。もっと根元的なレベルまで、自分で結論を出しておくしか片づかないことである。この先、必ずそのようなものが必要になってくる。
エックハルトは1260年頃ドイツで生まれた。亡くなったのは1328年頃とされている。パリ大学神学部教授であり、また多くの修道院の建設にも精力的に活動した人であった。
これだけを聞くと、熱心な正統派キリスト教徒だと思うだろうが、実際には異端思想で宗教裁判にもかけられている。死刑にならなかったのが不思議なくらいの人物であった。
特に晩年の思想は、キリスト教からすれば極めて「危険思想」なのだが、深い瞑想体験と思索に裏打ちされた彼の発言は、単なる異端思想で処理できるようなものではなかった。教会の内部の者でさえ、彼と同じくらい深い瞑想体験をしている者であれば、彼の言っていることが真実であることはわかる。そのため処罰できなかったのだろう。しかし彼の死後、すべての著作物は焼かれてしまった。隠し持っていた者は見つかると極刑に処せられるくらい徹底したものであった。
これだけ厳しい「本狩り」がおこなわれても、真理の火を消すことはできなかった。ものとしての書物は消せても、彼の発言はエネルギーを持ち、連綿と生き続けた。現在、彼の死後、約700年になるが、彼の言葉は多くの人々の心に繰り返し絶えず生まれ続けている。
日本では長い間、エックハルトは一部の宗教学者によって研究されていたにすぎない。残念がら、そのような学者の書いた研究書を読んでもエックハルトを理解することにおいてはほとんど役に立たない。エックハルトをわかろうと思えば理屈ではなく、自分自身で体験するしかない。彼の残した説教集でも読み、心にとまった一節があれば、それを繰り返し味わい、体験してみるしかない。
哲学でも、どこかで思考停止するか、開き直ってしまうしかない場面に直面する。そこで神を持ち出すのもひとつの解決方法である。神を持ち出すことで納得できる人は幸いである。 エックハルトは教会の内部にいながら次のような恐ろしいことを説教の中で言っている。
もし私が存在していなかったらば、「神」も存在しなかったであろう。神が「神」である原因は私なのである。もし私が無かったら、神は「神」でなかったであろう。 (説教)
全部見てしまった人、宇宙の秘密を垣間見てしまった人。もうここまでくれば特定の宗教とは関係がない。
私自身はクリスマスにはキリスト教の教会へ行く。1週間後の正月には近所の氏神様に初詣に行き、その帰りに墓参りにも行く。無節操と言うよりも、これがごく普通の日本人の感覚である。 「八百万(やおよろず)の神々」を認めた「神」や「自然」に対する日本人の感性は、まんざら捨てたものでもないと思っている。
とにかく、これからの時代は既成の宗教や哲学を越えた、もっと根元的な思想や宇宙観を持たない限り生きては行けない時代がやってくるだろう。エックハルトはそのときよみがえる。
エックハルト関係の本で、、最も推薦できるのは1990年に岩波文庫から出たものであるが、残念ながら現在絶版になっている。しかし、そのうち再版されるのではないかと期待している。これは大変すぐれた翻訳で、これ以上読みやすい本はない。早急に再版されることを強く願っている。
現在入手可能なもので、比較的手軽に求められるのは、講談社の学術文庫にある『神の慰めの書』くらいかも知れない。その他、和書で現在も入手可能と思われるエックハルト関係の文献を紹介しておくことにする。
書名 出版社 著者 価格 出版年月
- マイスタ−・エックハルト研究 創文社 田島照久 8,000 1996/02
- エックハルト研究序説 創文社 中山善樹 4,000 1993/08
- キリスト教神秘主義著作集 第7巻 教文館 7,000 1993/05
- 西と東の神秘主義 文書院 ル−ドルフ・オット− 5,400 1993/03
- マイスタ−・エックハルト昭和堂 ヘリベルト・フィッシャ− 2,330 1992/12
- エックハルト論述集 創文社 マイスタ−・エックハルト 4,800 1991/10
- エックハルト説教集 岩波書店 ヨハネス・エックハルト 553 1990/06
- キリスト教神秘主義著作集 第6巻 教文館 3,883 1989/09
- エックハルトとゾイゼ 関西大学出版部 川崎幸夫 5,300 1986/03
- マイスタ−・エックハルト 国文社 4,000 1985/03
- マイスタ−・エックハルト 講談社 上田閑照 2,136 1990/06
- キリスト教神秘主義著作集 第7巻 教文館 7,000 1993/05
- エックハルト論述集 創文社 マイスタ−・エックハルト 4,800 1991/10
- エックハルト説教集 岩波書店 ヨハネス・エックハルト 553 1990/06(絶版)
- 神の誕生 エンデルレ書店 ヨハネス・エックハルト 1,200 1977/07
- 神の慰めの書 講談社 ヨハネス・エックハルト 932 1985/06