一歩踏み出すために
人はいくつかの選択肢があるとき、意識するしないにかかわらず、自分にとって、馴染みのあるものを選んでしまうのは仕方がないことなのだろう。知らず知らずのうちに、一見、安全と思えるほうを選んでしまう。
他人から見れば、さっさと今までのしがらみやこだわりを捨てて、新しい世界に踏み出せば前途が開けると思えることでも、当人にとってはなかなか捨てきれない。未知の領域に足を踏み入れることはだれにとっても勇気がいる。しかし、たいていの場合、「案ずるより産むが易い」ものである。どうにかして、最初の一歩さえ踏み出すか、目をつぶってでも飛び出せば、案外、何とかなるものだ。
しかし当人にとっては、他人が思うほど簡単ではないこともよくわかる。今まで自分が関係してきたことを捨ててまで、新しい一歩を踏み出すのを躊躇するのも無理はない。
「清水の舞台から飛び下りる」という表現も、禅の「百尺竿頭進一歩」(ひゃくしゃくかんとうしんいっぽ)も、これがそう簡単ではないからこそ、このような表現が生まれたに違いない。清水の舞台や、百尺(約30メートル)の竿の先から飛び降りれば、九分九厘死ぬ。しかし、今の自分を捨てて、新しい自分と向き合うためには、これくらいの決心はどうしても必要なのかもしれない。思い切って飛び下りれば、必ず手が差し伸べられる。
とは言え、今現在、何の不満もなく暮らしているのなら、誰も好き好んでそのような危険なことはしない。もしこのようなことを考えているのなら、それはその人が、大なり小なり、今までの自分を捨てなければならないときが来たからだろう。自分の拠り所としていたもの、それは人により様々だろうが、それらが自分の周りから消えてしまうことがある。一切の価値体系が崩壊してしまう。
そのようなとき、人は何らかの形で、生まれ変わるしかない。生まれ変われないかぎり、この後、その人は生きて行くことができない。
人は今までの自分を捨てて、新しく生まれ変わりたいと思ったとき、様々なことを始める。何かの宗教に入ったり、何かの本を読んでみたり、出家する人もいる。それで変われるかどうかは、結局、その人がどれだけ切羽詰まっているかによる。心底、絶望していたら、どこからか声が聞こえてくる。これは何かを信じている、いないにかかわらず、自分の中から新たな生命エネルギーがわき上がってくる。もしそれが起こらないのなら、それはその人がこの世から消える時なのだ。
もし自分が存在することに何らかの意味があり、まだ死ぬ時期ではないのなら、その人はきっとよみがえる。それは目には見えない<存在>の力のおかげと思うか、遺伝子が自分を守ろうとする力であると考えるかは、その人次第である。遺伝子は、このままでは自分が消えるかも知れないとわかったら、それを阻止しようと動く。そのために、もう一踏ん張りして、消えそうになっている細胞に新たなエネルギーを生じさせるのだろうか。遺伝子は自分を残すために、新たな環境の変化も受け入れる準備をするだろう。
遺伝子の話では身も蓋もないと思うのなら、何かの大きな力と思ってもよいが、突き詰めれば同じことである。
何にせよ、宙ぶらりんの状態から抜け出すには決断がいる。今までの状態を維持しても、何とかやっては行けるが、かといって、それに満足もしているわけでもない。新しいことに挑戦したいが、もし失敗したら、今より一層ひどくなるかも知れないと思うと決断もできない。人はよほど切羽詰まらないと、産みの苦しみを乗り越えられない。様々な執着を捨てきれないため、自分で自分を縛っている。
これに関して、昔、ラジニーシが興味深い例え話を紹介していた。森林でオウムを捕まえる方法として現地の人がやっている方法だそうだ。
木と木の間にロープを張っておく。ロープの端は回転するようになっており、飛んできたオウムがそのロープに止まると、ロープが回転するため、オウムは逆さまになる。普段、オウムはこのような格好で枝に止まることがないため、必死でロープにしがみつき、動けないそうだ。この間に捕まえる。
脚で掴んでいるロープを離せば簡単に逃げられるのに、離すと、逆さまに落ちて死んでしまうと思うらしい。しばらくの間、逆さまになったまましがみついていても、そのうち疲れはて、力がつき、脚を離す瞬間がやってくる。そのとき一瞬下に落ちるが、すぐに羽ばたけることに気がつき、あとは自由に飛んで行くだろう。離せば何でもないのに、離すと墜落すると思い、しがみついているため、結局自由を奪われ、身動きが取れなくなっている。
人はこのオウムの愚かさを見て笑うだろうが、人だって何かに執着して、自分で自分を縛り付けているのだから、オウムを笑えたものではない。オウムだって、人だって、力が尽きてだめだと思った瞬間に、目の前が開けるようになっている。
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