カウンセラーが人気のようですが

 

1997年9月12日


先日、知人のラカニアン(ラカン派の精神分析家)と、心理学を専攻している学生数名と一緒に食事をしました。学生の子たちは、それぞれフロイト、ユング、ロジャースの臨床心理に興味を持っており、臨床心理の専門家としてやって行くか、別の道に進むか迷っているようです。

でも、カウンセラーやサイコセラピストという職業は思っているほど簡単なものではありませんよ。人に、軽々にすすめられるような職業ではありません。
大きな声では言えないけれど、心理学や精神分析というのは、実にあやうい学問だ....、と私は思っています。占い師と50歩100歩どころか、50歩と52,3歩くらいの違いしかないんじゃないかな....、なんて言うと怒る人もいるかも知れないけど、まあ実状はそんなもんです。

そして学派がまた驚くほどたくさんあります。フロイト、アドラー、ユング、ロジャース、行動療法、等々、正確な数はわかりませんが、大ざっぱに言っても数十、いえ、実際はカウンセラーやセラピストの数だけあると言ってもよいくらいです。理論も重なる部分は多々あるとはいえ、違う部分も数多くあります。

話は少し逸れますが、プロレスでバトルロイヤルってありますね。一度に数名から十数名のレスラーがリングに上がり、入り乱れて闘い、最後に一人が残るまで闘うという、プロレスファンにはお馴染みのものです。

数年前、日本心理臨床学会で、フロイト派、アドラー派、ユング派の3つの学派による「バトルロイヤル学会」が開催されました。いや、私が勝手に、「バトルロイヤルになること」を期待していただけなんですが...。

このときは、開催前から珍しいくらい盛り上がっていました。つまり、どの学派の理論が一番よく「効く」のか、どれがもっとも「即効性」があるのかといったことに興味があったからでしょう。純粋に、野次馬根性からの興味です。何と言ってもフロイト、アドラー、ユングといえば精神分析の初期御三家です。

同じ学派の学会は数多く開かれていますが、他の学派との一騎打ち、バトルロイヤルというようなものはほとんどありません。これはお互いに怪我をするのも、させて恨まれるのも嫌だからでしょう。でも、だからこそ野次馬には興味津々でした。

先の研修会では、第三者による1つの症例報告があり、それを3つの各学派の先生方がどのように解釈し、治療するかを比べることで、侃々諤々の議論がまき起こることを期待していたのですが、予想に反して全然つまらないものでした。
出席してくださった先生方は、私もよく存じ上げており、尊敬している方ばかりでしたので、ちょっと拍子抜けでした。全然議論にならなかったのです。というより、議論以前のところで、すでにかみ合いません。症例報告の時点でもうダメだと思いました。

クライエント(相談者)のどこに重点をおいて情報収集をするかということだけでも、学派によって相当な差があります。大ざっぱに言って、「夢」からの情報に興味を示すユング派、「自由連想」からの情報に重きを置くフロイト派、「原因より目的」を追求するアドラー派等、ウエイトを置く場所が違うのですから、かみ合いません。

「群盲象を撫でる」.....というのは適切なたとえではないかも知れませんが、ある学派は頭の辺り、また別の学派は性器周辺、また他の学派は足周りに関心があり、どれも一面の真実を表してはいるものの、全体を表しているとは言えません。

テレビで、占いや心霊現象を扱った番組に、数名の「霊能者」と称する人がでてくるものがあります。この人たちはお互いの弱点を知っているのか、決して言い争いにならなくて、暗黙の内に、微妙なけん制とバランスが成立しています。
相手がシロウトなら結構独善的なことを平気で言っている人達でも、同業者ばかりだとさすがに言いにくいのか、妙に「連帯」してしまっているんですね。

先の学会が予想に反してつまらなかったのは、参加者の先生方が「連帯」していたからではなく、同じ土俵の上にさえ上がれないというもどかしさがあったからです。
現役の専門家ですら、他学派の症例報告のスタイルを知らず、当日、戸惑っておられたのを知り、こちらが驚きました。これじゃ、一般の人が学派による治療のやり方など知っていることはまずないでしょう。

カウンセラーを目指している若い人達のやる気をそぐ気はありませんが、良心的であろうとすればするほど、色々な意味で大変な職業です。数多くの理論もありますが、どれも心の一部でしかありません。数多くの学派の理論を集めたら、全体が見えるのかというとそんなものでもありません。寄せ集めもダメ、折衷もダメ。

ユング派の河合隼雄氏が言っているように、「どんな治療をしようが、よくなるものはよくなるし、よくならないものはよくならない」と、達観に近いところまで開き直れたら、それはそれで信頼できます。しかし、そこへ行くまでには気の遠くなるほどの時間と、失敗の積み重ねが必要でしょう。それと最終的には才能でしょうね。自分なりのスタイルを作り上げられる人でないと無理です。教科書通りにやって何とかなるほど人の心は単純ではありません。

マジェイア


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