マジシャン別Very Best集
Dr.Jacob Daley
Cards up the Sleeve
書名 | Stars of Magic |
編者 | George Starke |
発行年度 | 1961年 |
1999/1/19
最初に古典となっているカードマジックを研究してみると、現象のわかりやすさ、方法のシンプルさなどから生じる力強さにあらためて感動します。
この「カード・アップ・ザ・スリーブ」、つまり「袖を通うカード」というプロットの作品も、小さな子供からお年寄りまで、誰にでも現象のよくわかるすぐれたマジックです。原案は相当古くからありますが、最初の頃はそれほど人気のあるマジックではなかったそうです。ところがあるとき、誰かが、途中に「フォールスカウント」を入れることを思いつき、それ以来、いっぺんに「傑作」の中に入ってしまいました。
現象
観客に、トランプの4つのマーク、ダイヤ、クラブ、ハート、スペードのうち、ひとつ好きなマークを言ってもらいます。仮にハートが選ばれたとしましょう。
マジシャンは一組のトランプからハートのAから10まで、10枚のトランプを抜き出します。観客に10枚のハートを見せた後、よく切り混ぜます。
右手に10枚を揃えて持ち、口元に持ってきて、息を吹きかけます。すると1枚のトランプが右手の袖を通って、上着の右肩のあたりまで瞬時に移動してきます。マジシャンは上着の右肩のあたりに手を入れ、ハートのAを取り出して見せます。同じように続けて吹くと2,3が順に移動してきます。
手に持っているトランプを数えると、確かに7枚しかありません。途中、左手の袖を通したりしながら、10枚のトランプ、すべてが袖を通って肩のあたりから出現します。
コメント
これにはいくつかのヴァージョンがありますが、ここ3,40年の間、『スターズ・オブ・マジック』に解説された、ドクター・ダレーの方法が最も完成度が高く、今のところ、これがほぼ決定版と言ってもよいものになっています。特に1枚目から9枚目までは非の打ち所がありません。
一般に、このタイプのマジックは枚数が減ってくると難しくなります。多くのマジシャンも、最後の3枚あたりから独自の工夫をしています。
日本でこれの名手として有名なのは、根本毅氏です。根本氏の方法は、この最後の3枚目のところと、一番最後、一枚のトランプを消す部分に「スリービング」を使用しています。これは根本氏が実演しているビデオが、根本氏の店(ミスター・マジシャン)で販売されていますので、興味のある方は問い合わせてみてください。
また、このマジックでは最後の1枚をどう処理するかが一番問題の部分ですが、私と同じ大阪奇術愛好会に所属している宮中桂煥氏は、指先でパチンと弾くだけで、消えてしまう大変ビジュアルな方法を使っています。またときには、最後の一枚に、観客にサインをしてもらい、それを一組のトランプの中に戻し、空中に40枚ほどのトランプをはね上げ、バラバラと落ちてくる中から、サインのある最後の一枚をつかみ取るという演出も行っているようです。
私は、9枚目まではダレーの原案どおりに行い、最後の一枚だけは根本氏のスリービングか、宮中氏のやっている「スナップ・ヴァニッシュ」を使うのが楽であり、きれいに消せるので個人的には好きです。
このマジックは最初から最後まで同じ現象が続くため、ある意味、単調になると思うでしょうが、意外なくらいそうでもありません。これは手に持っているカードがだんだんと減ってくるため、不可能の度合いが上がってきて、見ている側も最初の1,2枚目よりも、後半の方が不思議さが増してくるからでしょう。とは言え、あまり何度もトランプを数えなおしたりするとダレてきますから、徐々に、テンポをあげて行き、最後の3枚くらいはあっさりと見せてしまった方が得策です。
最後に
この「袖を通うカード」は、大変難しいトリックだと思われているようですが、実際にはそれほど難しいものではありません。デビッド・デバンの著書、"Lessons in Conjuring"(1922年)の中でデバン自身、「この奇術には重大な欠点がある。それは途方もなく難しいことである」と言っているそうです。(『トランプ・マジック・スペシャル』(松田道弘著、筑摩書房、1993年)
これを難しく感じさせるのは、何度かパームを行う必要があるからでしょうが、今ではそれほど難しくありません。ドクター・ダレーの方法でも3度パームを行いますが、2度目、3度目のパームではミスディレクションが効きますので、決して難しくありません。
デバン以後、ハーラン・ターベル、ダイ・ヴァーノン、ジョン・ラムゼイ、サイ・エンドフィールド、ドクター・ダレーなど多くのマジシャンが研究し、完成度の高くなったのが"Stars of Magic"に載っているダレーの方法です。
もしこのダレーの方法でも難しいと感じるのであれば、それはおそらく正しいやり方を知らないからだと思います。ここで使用されているパームは、決して難しいものではありません。きちんと習えば、誰でも数時間の練習でマスターできてしまう程度のものです。