動作の一貫性
Uniformity of The Action
プロのギャンブラーであり、本物の「いかさま師」であったアードナス(S.W.Erdnase)の言葉に、「動作の一貫性」(Uniformity of the Action)というものがあります。これは彼の著書、"The Expert at The Card Table"に載っています。この本はマジックを解説したものではなく、カードゲームにおけるいかさま師の手口やテクニックを紹介した本です。上の「動作の一貫性」という言葉は、そのような人達の「常識」ですが、マジックの練習にも役に立ちます。 プロのギャンブラー、とくにイカサマを行っているギャンブラーにとっては、動作を常に一定にしておくことは基本中の基本です。例えば、普通にトランプを配るときの動作と、自分のところに都合のよいトランプをコントロールしながら配る「フォールスディール」(False Deal)を行うとき、二つの動作の間に差があってはなりません。まったく同じように見えることが最低条件です。 ギャンブルの場でイカサマが見破られると、どこの国でも袋叩きですめば御の字、へたをすれば命だってなくなります。マジシャンが観客にタネを見破られて、頭を掻いてすむのとは緊張感が違います。 プロのいかさま師から見れば、マジシャンがやっているような技法は子供だまし程度にしか思えなかったでしょう。またマジシャン同士が馴れ合いで、適当なところで妥協しあっているのも我慢できなかったかもしれません。 ギャンブラーの世界ではまったく逆です。仲間内でさえ、前に座っているいかさま師が、今、正しく配っているのか、イカサマをしているのかわからないのです。これができないようなレベルのいかさま師は自然淘汰され、とっくに姿を消しています。そのため、残っているのは「適者生存」にかなった者ばかりですから、ますます、ハイレベルな世界ができあがるのでしょう。 アードナスのこの本がマジックの世界に与えた衝撃や影響は計り知れないのですが、その中でも上記のアドバイス、「動作の一貫性」(uniformity of the action)はマジシャンも練習のとき、常に意識しておく必要があります。 カード、コイン、その他何でも、ある技法を行うときの動作と、普通に行うときの動作が同じように見えるようにしなければなりません。例えば、カードマジックでの必須技法に「ダ○○○フト」があります。これを行うとき、トップカードを見せる動作で、技法を行っているときと、何もしないでトップカードを見せる動作は同じように見えなければなりません。できる限り、正規の動作に技法を近づけるように練習しなければなりません。 二つが同じであれば良いのだろうと開き直って、普通の動作を技法に近づけるのはダメですよ。(笑) でも実際にこのような人がいるのです。不自然な「ダ○○○フト」をカバーするために、普通に見せるときから、この不自然な技法に似せた動作でトップカードを見せているのです。 「私が今ダ○○○フトをやっているかやっていないか当ててみてください」と自信たっぷりに挑戦されたことがありました。確かに彼の行う「ダ○○○フト」は、見分けがつかないのです。と言っても、彼が上手いからではありませんよ。両方とも同じようにひどいからです。「ひどい」ということにおいて差がないのです。 (She is no more beautiful than her mother.という受験英語を意味もなく思い出した。(汗)) ちょうどムチャクチャに厚化粧した女性か、マスクをかぶった女性を二人連れてきて、どちらが美人か当てて見ろと言っているようなものです。そんな無茶なことを言われても困ります。 「動作の一貫性」というのは、あくまで技法を普通の動作に近づけるのだということを忘れないようにしてください。 余談になりますが、アードネスというのは本名をミルトン・フランクリン・アンドリュースと言います。「本物」のギャンブラー(いかさま師)でした。"The Expert at The Card Table" は、そのような本物のいかさま師が書いた、世にも珍しい本なのです。何が珍しいと言って、ギャンブラーが自分の行っているいかさまの手口を公表してしまうことは、飯の食い上げになりかねないのですから、そんなものを書くはずがないのです。それなのに、なぜアードネスがこのような本を書いたのかは長い間謎でした。Jeff Busbyが数年前、『アードネスであった男』(The man who was Eadnase)という興味深い本を書いています。彼は実際に指名手配されていた殺人犯でもあったのです。自分の死期が近いのを感じて、遺書代わりに、匿名でこの本を書いたのではないかと私は想像しています。この話は大変興味深いのですが、話が逸れすぎるので、これ以上触れません。機会があればまたどこかで紹介します。
|