練習のためのアドバイス(3)
台本を作ろう
ステージ・マジックでは一言も喋らず、音楽をバックに演じる場合がありますが、ほとんどのマジックにセリフはつきものです。クロース・アップ・マジックでは、よほど特殊な場合を除いてセリフのないものはありません。パーラー・マジックでもたいていあります。 マジックを見せながら喋る必要があるとき、セリフはマジックそのものと同じくらいか、それ以上に重要です。喋る内容を整理し、前もって覚えておかないと悲惨なことになります。 たいていのプロマジシャンは自分の演じるマジックに、セリフ用の台本を作っています。アマチュアでもこれは見習うべきです。台本を作っておくと、不要な「あがり防止」の効果があり、もうひとつは「マジックそのものが見栄えがする」ようになります。台本の準備がないと、実力の半分も出せなかったり、ひどいときは壊滅状態になることもめずらしくありません。 同じマジッククラブのメンバー同士、またはマジック関係のオフ会などでマニア同士が集まって遊ぶときであれば、ほとんどセリフらしいセリフを言わずにマジックを見せても、お互いにポイントはわかっていますからそれですんでしまいます。 しかしこのことは、一般の人に見せるときにも通用することではありません。少なくとも一般の人に見せるマジックは、しっかり台本を作って、セリフなどは暗記するくらいにしておいてください。セリフがつまらなかったり、小さな声でボソボソと喋っていると、マジックだけでなく、マジシャンまで貧相に見えてしまいます。 観客とマジシャンが一対一で見せるとき、たとえば喫茶店で彼女にマジックを見せたりするような場面ですが、このようなときは普段の調子で話しながら見せてもそれほど問題はありません。しかし観客が数名でもいれば、彼女一人を相手に見せているような具合にはいきません。いつも見せているマジックですら、数名の観客がいる場合、雰囲気が随分違うものです。 めったに7、8名以上の観客相手に見せる機会がないのでしたら、たまにそのような場で見せようとしても、いつものようには見せられないものです。あがってしまって手が震えたり、何か気の利いたことを言おうとして、逆にとんでもないことを口走ってしまったりします。 何かを喋りながら演じるのは思いのほか難しいものです。演じるマジック自体、まず完璧にできることは言うまでもありません。手順があやふやであったり、技術的に不安な部分があると、それだけで余計な緊張を強いられます。まずマジックそのものは目をつぶっていてもできるくらいになっていることが条件です。 それに加えて、そのマジックの用のセリフを作り、それを暗記してしまうことも必要です。 「マジシャンは、魔法使いの役を演じる役者である」 (ロベール・ウーダン) このことをもう一度確認しておいてください。役者なのですから、台本くらい暗記しておいて当然です。アドリブで何とかなるなどと思わないでください。アドリブで何とかなるのは、もっとずっと先のことです。 数名の観客、特に普段若い女性数名に囲まれてマジックを見せる機会のない人の場合、実際にそのような場でマジックを見せることになると、それだけであがってしまい、気の毒なくらい手が震え、何をしゃっべってよいのかわからず、うろたえるものです。何で普通の女の子にマジックを見せるだけなのにそれほどあがってしまうのか不思議なくらい、しどろもどろになっている人を見かけます。 マジックの技術的なこと以上に、セリフを練習しておかないと実際には人に見せられないことをわかっておいてください。 自分の気に入っているマジックを見せるものとして、10名くらい観客がいるつもりでそれ用のセリフを作ってみてください。そのとき、観客を具体的にイメージして台本を作ることも大切です。子供に見せるのか、学校、職場の宴会、結婚式の披露宴、彼女を口説くとき、葬式......、あなたがどこでマジックを演じるのか知りませんが、どこでどのような観客に見せるのかを意識して作っておいてください。このようなものを前もって作っておけば余裕が出ます。 あがることは決して悪いことではなく、むしろ好ましい感性です。人前で、マジックを見せるのも何をするのも平気という人もいますが、そのような人はただ鈍感なだけです。あがったり、緊張したりするのは決して恥ずかしいことではないのですが、それでもいい年をしたおじさんが緊張で手が震えながらマジックをやっているのを見るのは、少々つらく、気の毒です。また、観客にそのような気遣いをさせること自体、「芸人」としては失格です。いくらシロウトマジシャンであっても、見てもらう観客をハラハラさせるようなことは避けてください。マジックは観客に驚いてもらう芸です。不安にさせる芸ではありません。 ノートに、手順のアウトラインや注意事項をメモしている人は少なくないと思いますが、そのときマジック用の台本も作り、一緒にファイルしておけば後で必ず役に立ちます。 どのようなセリフをつくるかは当人のセンス、キャラクター、インテリジェンス等とも密接に関係していますので、一概に言えません。自分でうまく作れないようなら、誰かに作ってもらうのも悪くありません。とにかく試行錯誤しながら、徐々に修正を加えて行けば、そのうち自分に合ったものが出来上がってきます。 一通り台本ができたら暗記します。完全に覚えたら、そのセリフを言いながら実際に道具を手に持って本番と同じようにやってみます。喋ることと演じることは、それぞれ別々にはできても、この二つを同時に、両方がシンクロした状態で出てくるようになるには何度か練習が必要です。 一人で自分の部屋にこもり、マジックの練習をしているだけでも他人が見たら奇妙なものでしょうが、それにセリフまで喋っていると、家族も気味悪がってのぞきに来るかも知れませんが、それはこの際、気にしないことです。 声も本番と同じくらいの大きさで出しておかないと、いきなり本番で大きな声を出そうとしても出るものではありません。緊張していると声帯も緊張しますから、普段からそのようなつもりで声を出しておかないと急には出ないものです。目の前に数名の観客がいるつもりで何度かシミュレーションをやっておいてください。 もしマジックを仕事にしたいと思っているのでしたら、発声練習や、顔の向き、その他色々と重要なこともありますので、どこかで習って正式に訓練したほうがよいでしょう。アマチュアでも「司会の仕方」といった類の本を1,2冊読んでおくことは大変役に立つはずです。ビデオでも、発声方法や、本番前にリラックスするための方法論を解説したものなども出ていますから、そのようなものも役に立つと思います。 最後にもう一度チェックポイントを整理しておきます。 1.台本を作る。 自分の演じるマジック用に台本を作り、それを暗記して、意識しなくても指先の動きとセリフが同調するよう練習しておく。 2.挨拶用の台本も作る。 人は初対面の人と会ったとき、最初の数秒でその人の印象が焼き付けられます。感じのよい人、気持ちの悪い人、陰気な人、明るい人、口先だけ達者そうな人、何を考えているのかわからない人、とにかく本当に最初の数秒、顔をみただけ、声を聞いただけでその人の9割以上、わかってしまうものです。 初対面の人が数名いる場所でマジックを見せるとき、まず簡単な挨拶くらいはしてください。いきなりカードやコインを取り出すのではなく、一言、二言でも観客に挨拶をしてください。挨拶といっても何もスピーチをしろといっているのではありません。本当に10秒程度で終わるくらいのものでよいので、簡単な挨拶くらいは考えておいてください。 3.機会があればできるだけ実際にやってみる。 なんと言っても一番役に立つのは実際にやってみることです。本番にまさる勉強の場はありません。経験が大事と言っても、やみくもに場数だけ踏んでも効率が悪くなります。台本を準備して、その上で経験を積んでください。 アマチュアの場合、クロース・アップ・マジックを10名前後の前、しかも観客がすべて一般の人であるような状況で演じることは年に一度あるかどうかでしょう。人によっては数年に一度もないかも知れません。しかしめったに抜かない刀でも、普段から手入れをしておくに越したことはありません。数年に一回くらいであっても、不断の地道な努力は、その人の演技そのものをレベルアップしてくれることは間違いありません。
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