「あっ、それ知ってる!」
マジックを見せようとすると、観客から「あっ、それ知ってる〜」という声があがることがあります。これからマジックを見せようとして、道具を出してきたとたん、観客に「知っている」と言われると、それだけで出してきた道具を引っ込めてしまう人もいます。まだあまり経験の少ないマジシャンは、観客のこのような一言でうろたえてしまうものです。 道具を出してきただけで、観客から「それ、知っている」という声があがるのは、昔は大抵幼稚園で見せるときくらいのものでした。トランプを出してきただけで、「ぼく、知ってるー」と一人が叫ぶと、続いて数名の園児が同じようなことを叫ぶことはよくあります。どうも最近は園児並のおとなが増えたのか、いい年をしたおとなまでがこのようなことを口走るのですから困ったものです。いや、実際には何も困る必要などないのです。 トランプを出してきただけで、小さい子供が「僕、それ知ってる〜」と叫ぶのは、今からあなたがやろうとしているマジックを本当に知っているという意味ではありません。また、タネを知っているという意味でもありません。 まず100%、園児が言っている意味は、トランプであればトランプを使ったマジックを以前にも見たことがある、といった程度のことです。トランプを使ったマジックを以前見せてもらったことがあり、トランプを使ったマジックはそれしかないと思っているため、「知っている」という声になっているだけです。実際にはトランプを使ったマジックだけでも星の数ほどありますから、まず知っているはずがありません。これはロープ、新聞紙、シルク、どれでも同じことです。 酒場やテーブルホッピングの席で、観客からそのような声が出たとき、例えば”お札を貫通するペン”を演じようとしたとき、「この前、テレビでMr.マリックがやっていたよ」というような声があがることはよくあります。これは先の幼稚園の話とは違い、本当に知っているのですが、だからといって何もやめる必要はありません。観客にしても、テレビで見るのと実際に目の前で、しかも自分のお札を使って見せてもらうのでは、インパクトが全然違いますので気にする必要はありません。もし言われたら、「そうです。Mr.マリックもやっていたあれです。あれを今から、目の前でご覧に入れます」とでも言えば、観客は現象を知っていても、興味津々で見てくれるものです。 ちょっと困った観客として、本当にタネを知っていて、それを同伴者や第三者に言いたくて仕方がないという人もいます。これは映画を見ているとき、グループで来ている客の中にその映画を見るのはこれが二回目、三回目という人がいて、途中で解説をはさむ人がいますが、それと似ているでしょう。映画の途中で、オチまで言う人がいます。 マジックの発表会などでも、客席で同伴者にタネの説明をしている人がいます。このような人の側に座った人は迷惑です。そのようなタネなど知りたくもないのに、嫌でも声が聞こえてきて不愉快な思いをすることがあります。実際、私が知人と行ったときにもありました。私は即座に後ろを振り返り、「タネに関することは、終わってから外で話してください」とはっきり注意しましたが、自分では悪いことをしていると思っていないのか、まだ不服そうに、しばらくぶつくさつぶやいていました。 とにかく、本当にタネを知っていて、なおかつそれを言いたくて仕方がない観客がいることも事実です。ただアマチュアの場合、よほどひどい観客でない限り、その人がタネを知っているからといって、そのタネを暴露するようなことはまずありません。もしそのようなひどい観客がいればそれは先の映画のストーリーをしゃべるような人と同じレベルの人間ですから、本当なら「しばらく黙ってろ!」とどやしつけてやりたいところです。しかし、そう言ってしまうと場の雰囲気が壊れますから、その場は少しおだてて、しばらく黙らせるに限ります。 「えっ知っているのですか?じゃ、このタネは私とあなただけの二人の秘密にしておきましょう」とでも言えば、たいていおとなしくなってくれます。このような人には、なるべく関わり合いにならないほうが賢明です。 最後に一言付け加えると、最初の「それ知ってる」ですが、テーブルホッピングのプロのような場合、以前にも店に来てくれたお客さんで、今から見せようとしているマジックをすでにその人に見せている場合があります。このようなケースで、「それは前に来たとき見せてもらった」という意味で「それ、知っている」と言われたのであれば、演目を変えたほうがよいでしょう。
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