魔法都市日記(30)
1999年5月頃
今月は、よくマジックをやった。ゴールデンウィークの後、少しまとまった休みが取れたこともあり、以前から頼まれていたところでマジックをやってきた。それと同時に、マジック以外でも多くの方と知り合えたことを感謝している。
某月某日
数年前からデビッド・カッパーフィールドの熱烈なファンであり、アメリカにあるファンクラブの会員でもあるAさんのご自宅へお邪魔する。最寄り駅までうちからJR一本で乗り換えなしという便利さもあり、行ってきた。駅に着くと、お父様が車で迎えに来てくださっていた。駅から少し離れたら、すぐに畑と田圃が広がるようなところであり、「水郷巡り」が名物という土地でもあるので、どのくらいのどかなところか想像できるだろう。
彼女は昨年(98年)の東京公演も、92年の大阪城ホールであった公演も見に行っており、デビッド・カッパーフィールドがデビューしたばかりの20年ほど前からのファンだというから筋金入りであった。マジックをご自分ではなさらないが、とにかくデビッド・カッパーフィールドのマジックが好きで、日本で放映されたテレビ番組も数多くビデオに保存なさっている。お陰様で、私の知らないことを色々と教えてもらえた。
ファンクラブの会員だけにアメリカから送られてくるニューズレターも見せてもらったり、昨年の東京公演のとき、入場者に配られた「月のカード」も頂戴してしまった。これは「インタラクティブな体験」"Interactive Experience"と名付けられたもので、会場の参加者全員が自分で月のカードを操作しながら不思議な経験をするというものである。
クロースアップマジックを見るのは今回が初めてということであったので、いくつか用意していった。3時間ほどの間にご覧に入れたのは、
1.「ドクター・ダレーのラスト・トリック」
2.「ミラクル」(ペンが鏡を貫通する)
3.「ワイルド・カード」
4.「スポンジのウサギ」
5.「パドル」「マジックは、ひとつだけやってそこでやめておけ」という標語をうるさいくらい強調している割にはたくさんやっていると思うかも知れないが、3時間くらいの中でこれだけなのだから、見せすぎということもないだろう。実際、ありがたいことにまたリクエストがかかり、この2,3週間後、もう一度外で会って、マジックをご覧にいれた。その時は某ホテルにある、中華料理の個室を予約してくださっていたので、そこで気兼ねなくマジックをやってきた。
1.「カップ・アンド・ボール」(ダイ・ヴァーノン)
2.「ウイングド・シルバー」デビッド・ロスのコインマジック
3.「コイン・スルー・ザ・テーブル」(4枚のコインがテーブルを貫通する)
4.「スベンガリ・デック」(カードマジックの一種)もうかれこれ40年くらいマジックをやっているが、マジックをお見せして、これほど喜んでもらえたことは後にも先にない。お礼のメールを本当ならここに紹介したいくらいなのだが、それはやってしまうとシャレにならないようなことが書いてある。(笑)額にでも入れて、私だけ、こっそり楽しむことにする。
飽きもせず、40年もマジックを続けてきたから、マジックの神様が私にくださったご褒美なのだろうと、感謝している。
某月某日
大阪奇術愛好会伝説の人物、森下宗彦氏が最近よく例会に顔を出してくださっている。偶然、「ブラッフ・パス」"Bluff Pass"を見せていただけた。さすがにうまい。このようなパスがあることを知識として知らなければ、まず完璧に引っかかるだろう。実際これを知らなかったI氏は、2,3度繰り返して見せてもらっていたが、全然、わからず、驚いておられた。
それと、昔、石田天海師から直接教わったというフォールスカウントも見せていただいたが、これもすごい。天海氏の演技は何も怪しげな動作などしていないのに不思議な現象が起きる。ことさらうまさを強調するようなこともなく、淡々と自然に行いながら、それでいてマニアが見ても引っかけられることをやるからすごい。ダイ・ヴァーノンとも親友であったので、ヴァーノンが繰り返し言っていた"Be natural."と"Be yourself."というのがどのようなものなのか、天海師の演技を見たらわかるような気がする。
某月某日
大阪の「南」(難波)や北(梅田)で、週末、路上でマジックのパフォーマンスをなさっていたM氏からメールをいただいた。
97年の4月から約2年間、毎週金曜、土曜の夜、街頭で2時間程度マジックを見せていたそうだ。2年間の間に172回やり、現在は休止中だそうだそうだが、また再開されるかもしれない。主なレパートリーは、「リンキングリング」、「三本ロープ」、「たばこの消失」「スポンジボール」などだそうである。
日本では街頭でマジックを見せている人と会うことは滅多にないが、アメリカでは時々見かける。とくにニューヨークのセントラルパークでは日曜になると、毎週のように誰かがマジックをやっている。私も昔、セントラルパークの中を散歩していたとき、偶然、そのようなマジシャンと出会った。残念ながら私が通りかかったときは30分程度のパフォーマンスが終った直後であり、休憩しているときであった。置いてある道具類を見た瞬間、すぐにマジシャンだとわかったので、私がI.B.M.(International Brotherhood of Magicians)のメンバーだと言ったら、彼もそうだったので、すぐにうち解けてしまった。私は何も持っていなかったが、彼からトランプを借りて、2,3カードマジックを見せたら、彼もお返しに最近売り出されたばかりの新ネタを披露してくれた。
アメリカでは公園やターミナルのような人の集まる場所では、ジャグリングを見せている人もよく見かける。先のマジシャンも、マジックを見せてお金を取るわけではなく、観客が気に入ってくれたら、いくらかのお金を帽子などに入れてもらうようにしているが、それはあくまで2次的なものだろう。中にはそれで食べている人もいるのかも知れないが、日曜日にだけ現れてマジックを見せる人というのは、実際は人前で見せるのが好きだからやっているか、自分の勉強と経験のためにやっている人がほとんどである。
ストリートマジックは歴史的に見て大変古くからある。マジックを劇場で見せるようになったのは、ここ100年くらいのものだろうが、ストリートマジックは優に千年以上の歴史がある。マジックは、大昔は聖職者のデモンストレーション用のものか、街頭で何かを売るために客寄せ用に利用されることが多かった。アメリカでは「薬売り」がマジックを実演して客を集めるのがごく普通のことであった。
また、つい最近、送ってもらったビデオを見ていたら、奇妙なストリートマジシャンが紹介されていた。アメリカのテレビネットワーク、abcで放映されたもので、デビッド・ブレイン(David Blaine)という人が出演して いた。ひょっとしたらアメリカではよく知られているのかも知れないが、本を出したりレクチャーをするようなタイプではないので、おそらくアメリカ以外では知られていないだろう。この人はまさにストリート・マジシャンで、道を歩いている人に突然話しかけ、マジックを見せる。しかもそれが半端なものでなく、私が見ても不思議で、どうなっているのか全然わからないものもいくつかあった。
見せられた人が特に驚いていたのは、マジシャンに見せないようにメモ帳に簡単な言葉を書いてもらい、書いたらその紙を燃やし、灰を腕になすりつけると、相手の書いたメッセージが腕に現れるというものである。彼はこれのバリエーションをいくつか持っており、お腹から現れたりもしていた。
このマジック自体は昔からあり、フーディニーも若い頃、婚約者にこれと似たようなことをやったら、婚約者はフーディニーのことを本物の悪魔だと思い、逃げて帰ったそうである。あとを追いかけ、種明かしをして、やっと自分は悪魔でないことを納得してもらったそうだから、どれだけインパクトのあるマジックか想像できるだろう。
他に気持ちの悪いトリックとしては、ブロンドの女性から髪の毛を一本もらい、それをゆっくりと飲み込む。しばらくすると、お腹の辺りから、数ミリ程度髪の毛が出ているのがわかる。それを引っ張ると、ズルズルと皮膚の下から長さが30センチくらいもあるブロンドの髪の毛が出てきた。マジックと言うより、趣味の悪いびっくり芸のようなものだが、インパクトはある。
とにかく、趣味の悪さを別にすれば、やっているマジックはどれも強烈なものばかりである。「ストリートマジック」として、観客を驚かせるにはどのようなことをやればよいかがよくわかる。しかし、はっきり言って、あまりお友達にはなりたくない人である。マジシャンと言うより、町にいる妙なアンチャンとでもいった感じの人であった。
20数年前、東京で某マニアと会った。ちょっと変わった人であることは知っていたが、その人と一緒に電車に乗っているとき、電車の中で、向かい側の座席に座っている見ず知らずの人に、突然マジックを始めたのには辟易した。デビッド・ブレインを見ていると、その人のことを思い出してしまった。
某月某日
連休の間に私の誕生日があった。実際は連休の間は仕事で、そのあとにまとめて休みを取ったので、数日遅れたお祝いをしてくれた。誕生日のプレゼントにもらったのは右のライターのようなもの。
私がたばこを吸わないのを知っているのに、何でこんなものをくれるのかと思ったら、ライターのように見えてライターではなかった。実はこれは自分の好きな香水(?)を入れることのできるスプレー式の容器であった。しかし、私にこんなものくれても水鉄砲くらいにしかならないと言ったら中身も買ってくれたが、お返しのほうが高くついた。しかし、こんな憎まれ口をたたけるうちが華なので、ありがたいことと感謝している。
マジェイア