魔法都市日記(58

2001年9月頃


朝食

今月から週に二日休めるようになり、少し楽になった。おかげでI.B.M.大阪リングの例会にも4ヶ月ぶりに出席できたのだが、予定していた旅行はアメリカで起きた同時多発テロの影響で中止せざるを得なかった。

狂牛病も気にはなるが、神経症的ともいえる過剰な報道にはうんざりする。 「毒くらわば皿まで」とは言わないが、気にしすぎるのも滑稽なだけである。


某月某日

大阪梅田の阪急百貨店が一部改装され、リニューアルオープンした。

デパート業界の不況は深刻なようで、ここ数年売り上げが落ち続けている。「すべての人を満足させようと思えば、結局誰も満足しないことになる」という英語のことわざがある。個人の好みが多様化している今の時代に、何もかも取りそろえようとしても対応しきれないのだろう。今回のリニューアルでは、ある程度顧客層を絞り込み、特化した売り場構成をねらっているようである。1階から4階まで、すべて女性を対象にしている。そのあおりで、4階にあったマジックコーナーが7階に移ってしまった。

4階は女性物の中でもとりわけ高級品を扱っている。インターナショナル・ブティックという大きな一角があり、ここには世界の有名ブランドがならんでいる。たとえばヴァレンチノのショーケースには値札が90000となっているドレスがあった。9万といっても9万円ではない。USドルで9万ドル、日本円にすればざっと1千万円である。

また別のコーナーには、グレイス・ケリーが娘の結婚式のときに着用したティアラも展示されていたようだ。これは値段の付けようもないのだろうが、ダイヤだけでも数十億円というものらしい。1千万円のドレスや数十億円のティアラを見たあとなら、2、30万円の服などタダ同然に思えてしまうのかもしれない。どれだけ心理誘導されても、私のように金に縁のない者には効果はないが、お金持ちの有閑マダムには、ちょっとした魔法か、催眠術くらいの効き目があるのかも知れない。

このフロアーで、ちょっとしたイベントがあった。その中のひとつにマジックもあり、名古屋在住のプロマジシャン、小林浩平さんが出演されていた。

小林さんはまだお若いのだが、数々の大きなコンベンションで優勝したり、海外からもゲストマジシャンとして招待されたりしていることからわかるように、近年注目されている若手マジシャンである。数日後にも、マカオ政府から招かれているイベントに参加するため、旅立つとおっしゃっていた。

小林さんは普段、レストランや、今回のような催し物会場などでマジックを見せる機会が多いとうかがっている。実際に接してみるとすぐにわかるが、大変感じのよい方なので、主催者も安心してまかせられるのであろう。

小林浩平氏

イベントでは、土日の二日間で計6回ショーをなさったようだ。私はそのうちの1回だけ見せていただいた。写真でもわかるように、大変魅力的な雰囲気が漂っているため、お洒落な店の前に立っているだけで絵になってしまう。

1回のショーは15分程度である。その中で、リンキングリング、シルク、カードなどを使ったマジックを見せていただいた。小林さんにうかがった話では、現象が不思議でなければマジックにはならないが、ただ不思議さだけを強調すると、観客がひいてしまうため、ある程度観客にもこうなっているのでは、と推測できる余地のあるものが好みであるとおっしゃっていた。ひょうひょうとした雰囲気の漂っている小林さんには、不思議さだけをアピールするよりもそのようなもののほうが観客もツッコミやすくて、コミュニケーションがとりやすいのであろう。

阪急はイタリア展も開催しているため、その関係でもイベントがあり、女性プロマジシャン、和田奈月さんも出演されていたそうである。私は残念ながら行けなかったが、友人がうまい具合に見てきてくれた。奈月さんは和妻も似合うが、今回のような衣装もかわいい。携帯電話に内蔵されているカメラで撮った写真を送ってきてくれた。大変小さいので鮮明ではないが、雰囲気だけは伝わるだろう。

和田奈月さん

パンフレットに載っていた和田奈月さんの大きい写真はこちら。

某月某日

9月11日の夜10時頃、携帯電話が突然つながりにくくなった。やっとつながると、つい今しがたニューヨークの世界貿易センター、ツインタワービルに飛行機がぶつかったと聞いて驚いた。このせいで電話回線が大混雑していたらしい。さらにそのすぐ後、まだ話をしている最中に、もう一機別の飛行機が突っ込んだ。これで事故ではなく、テロだとわかった。

うちに帰り、テレビをつけるとビルが崩壊する場面が映し出されていた。現場を見ていると、1995年の阪神大震災の光景がだぶってくる。どちらもつい数時間前まで元気であった人たちが、一瞬にして亡くなっている。不明者の数も含めると約六千名になり、これも阪神大震災で亡くなった方の数とほぼ同じである。被害にあった方やご家族の方々は、これが悪夢であるなら一刻も早く覚めて欲しいと願っておられることと思う。

この事件の数日後から奇妙な噂がインターネット上を駆けめぐった。ツインタワーにぶつかった飛行機のフライトナンバー、Q33NYをWindowsに添付されているソフト、"Word"などで入力した後、フォントのなかからWingdingsを指定すると、この文字が下のような図形に変換される。

Q33NY

Q33NYは今回のテロで使われた飛行機のフライトナンバーであり、それが何年も前から予告されていたというものであった。変換してみると確かに上の図が現れる。左から飛行機、ツインタワー、どくろ、イスラエルの国旗に描かれているダビデの星である。 これを見ると、いかにも今回のテロを「予言」していたように思える。

しかしマジックをやっているとこの種のトリックはいくらでもあるため、 私はこの話を聞いたとき、すぐに”まゆつば”ものだと思い信じられなかった。

ご存じない方も多いと思うので2、3例をあげてみよう。たとえば9月20日にパーティがあるとして、その一週間ほど前に、厳重に封がされた封筒を誰かに送っておく。送り先はパーティ会場がホテルであるのなら、そのホテルの支配人宛にしておき、当日まで保管しておいてもらう。パーティ当日、ホテルの人にその封筒を持ってきてもらい、これを1週間前に受け取り、その後ホテルの金庫で保管し、誰も開封していないことを宣誓してもらう。

観客の見ている前で封筒を開いて中からメモを取り出し、誰かに読み上げてもらう。するとパーティ前日(19日)に行われた野球の結果などが予言されている。予言するものは何でもよい。宝くじの1等の番号でも、今ならtoto(サッカーくじ)であっても的中させることが可能である。

マジックではこの種の予言ものは数多くあるため、先のような噂を聞いても、私はまったく信じる気にはなれなかった。ある掲示板では、書き込まれた日時がテロ以前になっているという手の込んだものまであったそうだ。しかしこれも郵便を使う予言マジックでは常套手段であり、驚くこともない。郵便の消印を利用することで、あるメッセージが先に予言されていたことの証明に使われるのだが、これも何十年も前からある原理にすぎない。

先の噂が広まったときは、マイクロソフトの中にテロリストがいるのではという話まで流れていた。実際には先のアルファベットはフライトナンバーとは何の関係もなく、作為的に作られたウソの予言にすぎないことが判明した。しかしこの噂を信じた人も少なくなかったようで、私も数ヶ所からこれを教えてもらった。

某月某日

今年は「イタリア年」のため、日本各地でさまざまなイタリア関係のイベントが開催されている。神戸でも六甲アイランドにある神戸ファッションマートでは「イタリアと日本 生活のデザイン展」があった。

エンニオ・マルケットこの関係で、イタリア出身の「紙わざ師」エンニオ・マルケット氏が一度だけ公演をおこなった。

1時間ほどのショーの間に、紙でできた衣装を50ほど着替え、各国の有名人に早変わりする。覚えているものを順不同で書き出してみると、額に入った「モナ・リザ」、エリザベス女王、チャップリン、マダム・バタフライ、タイタニックの例の場面、スターウォーズのロボット、鉄腕アトム、ベルばらのオスカル、美空ひばり、スティービー・ワンダー、エルビス・プレスリー、ライザ・ミネリ等がある。実際にはこれの数倍あったが、とても全部は覚えきれない。

紙で”かつら”や衣装を作り、はがすと下から別の衣装が現れたり、一部をめくると瞬時に次の人物に変わる。セリフはなく、バックにはミュージシャンであればその人の曲が、エリザベス女王であればイギリス国家等を流し、形態模写も行う。

早変わりがウリの芸なのだが、ちょっと下品なところもあり、万人にうけるとは言い難い。一度は見ておいても損はないが、二度見たいとは思わない芸である。

デザイン展では、イタリア製の日用品も販売されていた。私も筆箱他、気に入ったものが数点あったので購入した。展示されている本の中で、フォークだけが描かれている奇妙なものがあった。

LE FORCHETTE DI MUNARI

ページを繰ってみると、どのページも、フォークの柄や先のとがった部分がさまざまな曲がり方をして描かれている。これとは直接関係のない話だが、最近海外で売り出されたネタで、「バーグーン・スプーン」Burgoon's Spoons($19.95)がある。

Burgoon's Spoons

4枚のカードにはそれぞれスプーンが印刷されている。最初はどれもまっすぐなスプーンであるが、観客に選んでもらったカードだけ、印刷されているスプーンが曲がってしまう。最後は手に持っている本物のスプーンも曲がってしまうというオチになっている。

これは最近購入したパケットトリックとしては気に入っているのでよく演じている。先のフォークの本は、各ページごとに違った曲がり方をしたフォークが描かれているため、適当なページをフォースすれば、それと同じ曲がり具合のフォークを紙袋から取り出すといったマジックができそうである。

某月某日

明治の頃、神戸には外国人が好んで住んだ地域が何カ所かある。異人館で知られるようになった辺りは高台になった山手であるが、海岸に近いところにもそのような場所がある。現在、この地域は旧外国人居留地と呼ばれている。この一帯で、9月15日(土曜)、16日(日曜)の二日間、「居留地映画館」と題されたイベントがあった。

作家の椎名誠氏、中島らも氏、映画監督の大森一樹氏などの講演があり、夜には建物の壁を使った映写会、昼間もビルとビルの谷間や空き地を利用した映像作品を楽しめる企画などもあった。これ以外にも自動車を利用した移動案内所、映像ワークショップ、ビデオカフェ、自分で書いた絵や文字を日光写真として制作できる催しなど、映像関係のさまざまなイベントがあった。

カフェ・ド・神戸旧居留地十五番館講演会のひとつに、木下直之氏(東京大学助教授)による「映画と録音のはじまり 百年前のニッポンの芸人たち」と題したものがあり、お話をうかがってきた。会場は明治時代に建てられ、長年アメリカ領事館として使用されていた建物である。今は「カフェ・ド・神戸旧居留地十五番館」という長い名前のカフェになっている。一部改装されているとはいえ、暖炉やアンティークな調度品が残っていて、レトロな雰囲気が漂っている。

二階はカウンターのあるバーのような雰囲気の部屋と、20人くらいが入れる応接間のような造りの部屋からできている。講演は、ここでお茶とケーキをいただきながら、先生とひざをつき合わせるような距離でうかがえた。終始、古い映像や録音されたものを使いながらの解説であったため、大変よくわかった。

日本人の芸人が演じていたもので、音として残っている最も古いものは、1900年にパリ万博で録音された川上音二郎一座のものだそうである。川上音次郎は、政治風刺を「オッペケペ節」にのせて歌い、一世を風靡した芸人である。ただ、この録音として残っているものは音二郎本人ではなく、一座の人が歌っている。録音当日、音二郎と妻の貞奴はパリ見物に出かけて、いなかったのだそうだ。

今の私たちが聞けば全然おもしろくもないが、当時この歌が流行ったのは、それまでにはない何かがあったのだろう。

この後、1903年にパリから録音技術者が日本に来て、ホテルに落語家やいろいろな芸人に来てもらい、録音したものが残っている。この復刻版がCDとなり、『全集・日本吹込み事始』として現在発売されている。

月世界旅行

夜、外で行われた映写会のなかには、ジョルジュ・メリエスの「月世界旅行」(1902年)があった。これはマジシャンであり、映画製作者としても非凡な才能を持っていたメリエスの代表作である。時間にしてわずか十数分であるが、メリエスは映画の中でマジックの手法を取り入れ、映像とトリックを合体させた最初の人物である。彼はマジシャンとして高名であったロベール・ウーダンが作った劇場をウーダンの息子から買い取り、自分が劇場の支配人となった。そこでマジックを公演したり、映画を上映したりしていた。

マジックの世界でも、もっと知られてしかるべき人物なのだが、今では映画の世界のほうでよく知られている。日本では相当な奇術マニアでもほとんど知らない。メリエスについては、近々、あらためて紹介したいと思っている。

「居留地映画館」
日時:2001年9月15日(土)・16日(日) 12:00〜22:00
会場:神戸市中央区 旧外国人居留地
参加費:無料(建物内催しは一部有料)

某月某日

三ノ宮のセンター街を歩いていると大道芸と出くわした。数年前から毎年「シャンテ!神戸」というお祭りが、三ノ宮近辺の数ヶ所で同時開催されている。大道芸やアカペラのグループをはじめ、マジックもあるようだ。

シャンテ神戸

神戸市とフランスのニースは姉妹都市になっている。親交を深めるため、ニースのカーニバルで使用されている大きな人形を運んできて展示したり、ニースの特産品を販売したりしている。「花の女王」も来日して交流を深めている。今年の女王はほんとうに美しい! 私はジュンク堂書店の2階からちらっとみただけであったが、映画『風と共に去りぬ』のスクリーンから、スカーレット・オハラが抜け出してきたのかと思うような美女であった。ウエストがキュッと細く、スカートが大きくふくらだ服は機能的ではないだろが、何とも優雅である。写真を撮りたかったのだが、2階から降りている間に、下についたときはどこかに消えてしまっていた。

少し離れた別の場所では、見るからにあやしげなお兄さんがバルーンを使ったパフォーマンスをやっていた。手伝ってもらうために前に出てきた女の子をほったらかしにして他の客にちょっかいを出してみたり、通りすがりの客を追いかけていったりと、どうにも手伝ってもらう人の扱いがぞんざいでよくない。そのようなキャラクターを作っているのかも知れないが、もう少し考えろと言いたくなる。後ろに幕がなければ、ただのあやしい人物である。

某月某日

白貂を抱く貴婦人現在、京都市美術館にはレオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂(しろてん)を抱く貴婦人」が来ている。これも「イタリア年」関連のイベントである。レオナルド・ダ・ヴィンチはイタリア出身であるが、現在この絵はポーランドのチャルトリスキ美術館所蔵のため、同時に同美術館所蔵の他の作品も数多く展示されていた。

レオナルドの真筆で、現存する油彩画のうち、女性肖像画は<白貂>と「モナ・リザ」、「ジネーヴラ・デ・ベンチ」の3点しかないそうである。

会場の入り口近くに「シュビラ神殿」の絵があった。思わぬところで思わぬものに出会えて、しばらく立ち止まってしまった。シュビラというのはギリシャ神話に出てくる霊感をもった女性で、巫女(みこ)のことである。一種トランス状態になり、狂ったように踊りながら紡ぎ出す言葉は、予言としてシュロの葉などに記録された。

ある種の女性は霊感といってよいほどの直感力をもっている。もしくは聖霊と遊ぶことができると言ってもよいのだが、確かにそのような人がいると私は確信している。シュビラも私の敬愛する女性像のひとつの典型である。そのシュビラの名を冠した建物がポーランドに残っていることに驚くと同時に、これがどのような経緯でポーランドに建てられたのか、興味を引かれた。

あと思わず立ち止まったものでは、ショパンの手があった。ショパンの左手を型取りして、ブロンズで鋳造したものである。これが意外なくらい小さい。日本人でピアノをやっている人はショパンの曲が好きという人が多いが、これは日本人の女性の手と比べても大差がないため、弾きやすいということがあるのではないかと思う。

「白貂を抱く貴婦人」の辺りに近づくと、列を乱さないためのロープが張られていた。土曜、日曜は入場制限するほどの混雑ぶりだそうであるが、私が行った日は平日の午後遅くであったため比較的空いていた。15分程度並んだだけで、「白貂」のところまでたどり着けた。

絵画に限らず、何の分野でも一人の天才の出現がその後に大きな影響を及ぼし、それまでの常識が、がらりと一変することがある。この絵以前の肖像画といえば、コインに刻まれているような無表情な横顔が大半であった。しかしこの「白貂を抱く貴婦人」では、後ろをふっと振り返る瞬間をとらえ、顔の表情もスナップ写真を見ているのかと思うほど、一瞬の内面を描き出している。「モナ・リザ」にしても、この<白貂>にしろ、見る者の足を止める何かがレオナルド・ダ・ヴィンチの絵にはある。写真では表現できないもの。それは省略とデフォルメであると私は思っている。レオナルド・ダ・ヴィンチという魂が対象と向き合ったとき、その対象との間に生じた魂の交感が絵の具という媒介物を使い、保存されているため、時代や国を越えても、現代の私たちに迫ってくるのであろう。

レオナルド・ダ・ヴィンチ
白貂を抱く貴婦人
「チャルトリスキ コレクション展」
京都市美術館
2001年9月1日(土)〜10月28日(日)

 


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