Ambitious Card
1999/11/18
最初に「カップ・アンド・ボール」、「リンキング・リング」、「マイザーズ・ドリーム」などと並んで、カードマジックの分野でも「クラシック」と言ってよいものがあります。「アンビシャス・カード」はそのようなものの中でも筆頭でしょう。
現象
観客から見た現象は大変シンプルです。一枚、トランプを取ってもらい、それを一組の真ん中に差し込みます。ところがいつの間にか、そのトランプが一組の一番上から出てきます。何もあやしげなことをしていないのに、何度真ん中に差し込んでも、一番上から上がってきます。「上昇志向」の強いカードです。それで「アンビシャス・カード」と呼ばれているのでしょうか。
基本的な現象は、今のように真ん中に入れたはずのカードが、何度もトップから出現するのですが、多少アクセントをつけるため、一番下から出てきたり、表向きのまま一番上から突然現れたりもします。(Ed Marloの"Rise,Rise")
財布から現れたり、上がりすぎて、天井にくっついて、出現することもあります。
コメント
「アンビシャス・カード」は現象がシンプルなため、見ている人は誰でも理解できます。複雑なところが何もありません。さらに珍しいことに、マジックのセオリーに反したことをやるのですが、それが決してマイナスになりません。
セオリーに反することというのは、「サーストンの3原則」にある、「同じマジックを繰り返してはならない」ということです。アンビシャス・カードは何度デックの中程にカードを差し込んでもトップから出てきます。現象がシンプルであるだけに、繰り返されると、見ている側はますます不思議に見えます。
これは、「現象は同じ」なのですが、それを達成するための方法が数多くあり、その都度、方法に変化をつけられるため、タネが推測されにくいのです。
また、アンビシャス・カードにはインプロヴィゼーション、つまりジャズの即興演奏と同じようなおもしろさがあります。見せる相手や場所で、観客の反応を見ながら、ルーティンを短くも長くも自由にできます。場所もとらないので、テーブルホッピングの場合も楽です。実際、レストランなどでマジックを見せているテーブルホッパーのプロマジシャンは、大抵これを自分のレパートリーに入れています。どこででもやめられるのも便利なところです。
マニア用コメント
アンビシャス・カードはカードマジックのクラシックですが、1982年に、ダロー(Daryl)がF.I.S.M.の国際大会で、これを演じて優勝しています。今年(1999年)にL&Lから出たダローのビデオ、"Daryl's AMBITIOUS CARD VIDEO"でそのときの手順や、それ以外にも数多くの方法を解説しています。
アンビシャス・カードのプロットは、1800年代初頭からあり、英語の文献としてはじめて現れたのは1885年に出たホフマン(Prof.Hoffmann)の"Drawing Room Conjuring"です。
このマジックを行うためには、今では「ダブル・リフト」が必須の技法です。ところが、「ダブル・リフト」は1933年に出たジーン・ヒューガード(Jean Hugard)の、"Card Manupulations, No.2"が最初であったため、「ダブル・リフト」がマジシャンの間に広まったのも1920年代から30年代にかけてのことであると思われていました。特に英語圏のマジシャンは、1933年のヒューガードの本が「ダブル・リフト」に関しての初の解説だと思っているため、それ以前は、アンビシャス・カードのための技法として、「パス」と「トップ・チェンジ」が主流であったと思っているようですが、実際は、「ダブル・リフト」は1853年にフランスで出版された、Ponsinの"Nouvelle Magie Blanche Devoilee"に解説されています。当時から、ダブル・リフトはあったのです。
(cf.,"Daryl's Ambitious Card":Stephen Minch)このような歴史を振り返れば、これがクラシックに含まれても当然かも知れませんが、「アンビシャス・カード」の普及に決定的な影響を及ぼしたのは、1961年に出版された"Stars of Magic"のシリーズです。ダイ・ヴァーノンのルーティンが発表されて、一挙に普及しました。加えて、このころ「ティルト」(Tilt)と呼ばれる技法が発表されたことも、アンビシャス・カードの普及に輪を掛けました。「ティルト」は今でもマジシャンの「常識」ですが、これの原案者がヴァーノンなのか、エド・マーローなのか、ということに関しても決着が付いていません。二人の天才の間に、シンクロニシティがあったのでしょう。
魔法都市の住人 マジェイア