書 名:The Card Magic of Le Paul
著 者:Paul Le Paul
初 版:1949年
発売元:Interstate
ページ数:230ページ
分 類:Card Magic
最初にルポール(Paul Le Paul、1900-1958)は1920年からプロとして活躍していたアメリカ人のマジシャンです。ステージで演じるカードマニピュレーションが中心ですが、クロースアップで見せるカードマジックも卓越していました。
"The Card Magic of Le Paul"は1949年に出版されました。日本では1960年代に出ていたマジックの専門誌『奇術研究』他、力書房からの出版物に何度か紹介されていましたので、古くからマジックをしている人にとってはヴァーノンやマーロのマジックとならんで、お馴染みのものでしょう。私も当時はよく演じていましたが、ここしばらく、ひとつふたつを除いて、ルポールのカードマジックを演じる機会は少なくなっていました。しかし最近、あるところで昔やっていたルポールのマジックをいくつか見せたところ、驚くほどうけました。カードマジックを本格的に始めた頃の興奮がよみがえり、原点を思い出させてくれるような体験ができました。
ルポールのマジック全般を貫いているのは、「現象がわかりやすいこと」と「単純さ」(simplicity)です。またルポールは、マニアや同業のプロマジシャンをひっかけては喜ぶといったタイプの人でもありません。一般の観客にどうすればうけるか、そのことを考えながらカードひとつで数十年、プロとしてやってきたのですから、余計なものなど何も含まれていません。本で読んだときはたいしておもしろいとは思えなかったマジックでも、実際に演じてみると、予想外によい反応が返ってきて、驚くことが少なくありません。
内容を紹介しましょうこの本は第一部が「技法とフラリッシュ」、第二部が「カードマジック」とわかれています。技法の解説では、いきなり「パス」「サイド・スティール」「パーム」から始まります。さらに「ダブル・リフト」「トップ・チェンジ」「フォールス・ディール」と続きます。どの技法も、習得していると便利なものばかりですが、決して簡単ではありません。ルポールが長年に渡り、実際に使っていた技法を解説していますので、初心者には荷が重い部分があるのは仕方がないかも知れません。
この本の「まえがき」でルポールはミスディレクションについて言及しています。
ミスディレクション(misdirection)という言葉は語源的に解釈しても、「誤った方向に観客の意識を向けること」という意味なのですが、この意味を取り違えているマジシャンが大勢いたのでしょう、それについてアドバイスをしています。具体的には、観客に気づかれてはいけない秘密の動作を行うとき、視線をそらすために行う動作があまりにも大げさで、不自然なものであっては本末転倒であると警告しています。手元を見られたくないとき、突然上方を見上げ、「あっ、鳩だ!」と叫び、観客が上を見た瞬間にこっそり秘密の動作を行うといった、間違った使い方をしているマジシャンがいたのかも知れません。
鳩の例は少々大げさですが、私自身、昔からよく聞いた言葉があります。マジックを自分ではやらないけれど、見るのは好きというような人からです。
「マジックのタネを見破るには、マジシャンが右手を動かしているときは左手を、左手を動かしているときは右手に注目しろ」
この言葉は、当たらずとも遠からず……、いや、これほど単純なものではありませんが、ほんの一部にしてもそのような面もあります。今でもステージマジックでは、何かをこっそりとスティールするときに、この種のことはおこなわれています。しかしルポールは、無理に視線をそらせるようなミスディレクションは誤りであると言っています。また観客が視線をそらせるまで、じっと待つのも時間の無駄であると言っています。観客の視線を強引に別の方向に向けるのではなく、自然な動き、たとえばテーブルの上の何かを指し示す動作や、ネクタイや眼鏡をなおす動作等、何らかの意味のある動きの中で行えば、たとえ観客の視線に入っていたとしても、気づかれることはないと言っているのです。
カードの「トップチェンジ」の場合を例にあげてみます。
まず右手の指先に持っている1枚のカードと、左手で保持しているデックのトップカードをすり替えるとき、両手の動きが意味のある動作の中で自然に接近するのであれば気づかれることはありません。チェンジの瞬間はおそらく0.1秒くらいのタイミングで行われますので、これくらいの速さでできるようになるにはそれなりの訓練は必要ですが、それと先のようなことを組み合わせておこなえば、たとえ観客の視線が手元からそれなくてもだいじょうぶという確信があったのでしょう。
ミスディレクションに関しては、イギリスのラムゼイも得意としており、彼の場合は自然な動作で観客に話しかけることで、観客の視線をマジシャンの顔のほうに移し、そこで秘密の動作をしていました。これはこれで大変すぐれた方法です。決して「あっ、鳩だ」といった不自然なものではありません。しかしラムゼイとルポールの最大の違いは、ラムゼイの本職は小売商であり、クロース・アップ・マジックはあくまで趣味としてやっていました。そのため、見せる観客の数も限られていました。一方ルポールは少人数というより、大きな舞台やパーティなどの会場でカードマジックを見せていました。観客の数が数十名から数百名といったところで演じると、ある特定の人に話しかけても、少し離れたところにいる人からは、視線をそらせるといった種類のミスディレクションは使えません。全体の動きが見えてしまうのです。
このように大勢の観客に見られているときでも、ルポールが言っているようなミスディレクションであれば十分通用します。
解説されている技法としては、多くの人が苦手にしている「サイド・スティール」や「パーム」があります。この種のテクニックをマスターしておくと強力な武器になりますので、もしまだ習得していないのであれば、ぜひチャレンジしてみてください。
やさしい技法では、カード・コントールを行うときの「ナチュラル・ジョグ」があります。これはある程度カードマジックをやっている人であれば、今では常識になっているはずです。これもルポールが長年愛用していた技法です。無造作にカードを扱いながら、自然にブレイクを作ることのできる便利な技法です。
第二部に解説されているマジックは、現象だけを読むと、簡単すぎてもの足りないように感じるかもしれません。しかし方法を知ると、逆に難しくてできないと思うものが何点かあるはずです。単純すぎると思える現象であっても、実際に演じてみると予想外に大きな反応が返ってきます。技術的にやさしいものであっても、難しい技法を使ったものと遜色がありません。マニアの悪い癖で、難しいことをやればやるほど観客にうけると思いがちですが、そのようなことはありません。むしろ難しいことを汗をかきながら必死でやるよりも、技術的にはやさしいものを余裕を持って演じた方がずっと観客に好印象を与えられるものです。とにかくこの本には技術的には難しいものからやさしいものまで混ざっていますが、どれもルポール自身が長年実際に演じてきたマジックばかりですから、上手に演じさえすれば悪いマジックであるはずがありません。
ルポールのカードマジックとしては"Cards in a Sealed Envelope"(封筒の中のカード)がもっともよく知られているでしょう。これをレパートリーに入れているマジシャンは今でも大勢います。私もこれは過去数百回近くやっていますので、どのくらい観客が驚くかということもよく知っていますが、そのひとつ前に解説されている"The Gymnastic Aces"(邦題:エースの体操)もやさしい割には実際に演じると観客にうけのよいマジックです。ぜひ一度試してみてください。
この本の特徴としては、技法やマジックの解説部分に写真が豊富に使われている点です。そのため、文章としてはあまり詳しくはないのですが、ある程度カードマジックの本を読み慣れている人であれば、必要にして十分な情報は含まれていますので、問題なく理解できるはずです。カードマジックの本を読み慣れていない初心者の人には、アウトラインだけが書いてあるように思えますので、多少取っつきにくい面があるかも知れません。
★国内では1991年に東京堂出版から「ルポールのカードマジック」として出ています。
ISBN4-490-20177-X★箴言集に「ルポールの言葉」があります。
魔法都市の住人 マジェイア