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マジックと意味
増補版

 2024/05/01


書 名:マジックと意味
著 者:ユージン・バーガー/ロバート E・ニール
訳者:田代 茂
発行元:すまいるらいふ
発行年:2024年
定価:8000円(税別)


最初に

 本書はこれまでに類を見ないものになっています。

 17章からなる各章のタイトルを見ただけでもどれだけ広範囲に、マジックについて語られているかわかると思います。
 どれもその分野に関して、興味深い論文になっています。論文のような硬い文章ばかりでは読むのがつらいと思うかも知れませんがそんなことはありません。本格的なビザール・マジックも第7章から第10章にかけて,解説されています。

 これを読むだけで、すぐに自分のレパートリーに入れたくなるはずです。実用面でも超お得です。


内容を紹介しましょう

 とりあえず、目次を紹介します。

1.対話
2.マジック体験
3.呪術師のマジック
4.初期のマジックの演技
5.マジックの起源についての何編かの物語
6.昼興業(マチネー)のマジック
7.トリックスターとリアル・ジョーカーズ
8.魔法の薬1錠か2錠
9.カード・トリックはカード・マジックと言えるのか?
10. たった一人の生存者
11.マジックのもつ意味
12.寓話的マジック
14.「13」の恐怖症
15.たくさんのマジック
16.マジックと ちんぷんかんぷん
17.マジックの意味:会話編

 各章は本当にどれも面白く、マジックの歴史から体験談、ビザールマジックとしての演出、個々のマジックに内在している意味など、興味が尽きません。

  ひとつひとつの章についてご紹介したいくらいなのですが、それは読者の楽しみを奪うことになりますので、特に私が気になった章、第11章「マジックのもつ意味」、ここで述べられている「説明的実演(Literal Demonstration)」と「提示的実演(Symbolic Demonstration)」についてご紹介します。どちらもこれまであまり聞いたことのない言葉だと思います。

 「説明的実演」というのは、現在、ほとんどのマジシャンがやっている見せ方です。
 例えばステージであれば箱があり、中が空っぽであることを観客に示します。そしてそこからシルク、ボール、花、あるいはウサギであったり小犬であったりしますが、何かを取り出し、観客に驚いてもらいます。

 クロースアップなら,左手に握った3枚のコインが1枚ずつ右手に飛行するとか、アンビシャスカードのように、トランプの中程に入れたカードが何度も上がってくることを見せます。

 サロンなどでは「マジシャンズ・ナイトメアー」、3本の長さの異なったロープが同じ長さになり、それがまた元の長さに戻るといったものです。これらは普通に演じても不思議な現象です。

 マジックショップのディーラーが顧客につぎつぎと商品を見せていくのもそうです。
 バーガーの言う「説明的実演」というのは、マジシャンからすればごくあたりまえのことのように思えますが、これが極めて問題のある方法ではないかと言っています。

 ひとつは、このような見せ方は観客がそれぞれの頭の中で、単に「タネがわからなくて不思議に思う」という経験をするにとどまってしまうこと、つまりこのようなマジックを見ても、その経験を超えるような何か、その経験よりも深い何かを引き起こすことはまずないだろうということです。例えば観客は箱がカラに「見えた」という一点について、頭を悩ませるだけになりがちだということです。「なぜカラに見えた箱からあれほど大量にモノが出てきたのだろう。どこに隠してあったのだろう?」

 このような見せ方はどうしても「謎解き」になってしまいます。謎解き以上のものはそこにはありません。

 要するに、このような見せ方をしている限り、観客にパズルを出題しているのと同じことであり、「あなたはこれを解けますか?」という挑戦に過ぎません。人体浮揚で、浮かんでいる人に大きな輪っかを通すのも、パズルを一層難解なものにしているだけです。

 「マジックを経験する」というのは、ただパズルとしての謎解きを提供すればよいのでしょうか。観客がそのタネがまったくわからなかったとしても、もし自分もその仕掛けを買えばできるのだろう、誰かにタネを教えてもらったらできるのだろうという思いをもつにとどまるはずです。

 このことは、マジックの演技をつまらないものにしてしまいがちです。そこには、「感情」に訴えかけたり、人生の重要なことについて、観客に知的な刺激を与えたりするようなものはなにもありません。

 ある時間の中で、何種類かのマジックを見たとしても、このような見せ方で組み立てられたショーというのは金太郎飴のようなものです。最初から最後まで同じテイストの繰り返しになってしまいます。何種類ものパズルを次々と見せられているだけです。

  これに対して、バーガーが「提示的実演」という言葉で提案しているのがあります。
  「何かを象徴的に提示するための実演」です。不思議さ以上に、感情に訴える何かがあるような見せ方です。

 バーガーが好んで演じるマジックのひとつに「糸の復活」があります。「ジプシー・スレッド」、あるいは「ヒンズー・ヤーン」と呼ばれているマジックです。
 現象としては1メートルほどの糸を10cm間隔くらいに切ってゆき、10本ほどの切れた糸の束を作ります。それを丸めてボール状にしてから引っ張ると、再びつながり、元の糸に復活します。

 これをさきほどの「説明的方法」として演じても、マジックとしては十分成立します。

 しかし、バーガーはこれを「宇宙の創造と破壊」という、ヒンドゥー教の話と関連付けて演じています。
 糸を切るのも手で引きちぎるのではなく、小さなローソクを灯し、その炎で糸を次々と焼き切っていきます。
 そしてその細かく切った糸が復活するのですが、バーガーの声、風ぼう、ただよう知性などから、独特の空間が生じています。そして小さくちぎられた糸がゆっくりと元の状態に戻るとき,観客はマジシャンが「目にもとまらぬ早わざ」で何かをやったなど,微塵も感じません。本当に、不思議な力で復活したのだろうかと感じさせるものがあります。

 バーガーが断りを入れているのですが、どのマジックもこのようにしろと言っているわけではありません。もっと軽いストーリーを付けて、「新聞紙の下で消えるグラス」なども演じています。このときは祭りなどの会場でイカサマ師が行うゲームを紹介するという演出でやっています。

 ただこのときも観客が食いついてくるフック、つまり「釣り針」ですが、これをストーリーのなかに入れておく必要があります。なにも深遠な話である必要はありません。
 アメリカでは一般の人でもラスベガスなど、大きなカジノで様々なギャンブルを楽しめます。そのような下地があるため、ギャンブラーが行うイカサマの手口を見せるというデモンストレーションでも、観客は身を乗り出してきます。

 ほとんどストーリーのないマジック、たとえばカードのカラーチェンジ、指先に持ったトランプが息を吹きかけたり、指ではじいたりすると一瞬にして別のカードに変化する現象ですが、これを「世界最速のカード・マジック」と名付けて演じています。大変ビジュアルな現象ですが、0.1秒くらいで終わるマジックです。

 これはバーガーのいう「提示的実演」に反するのではないかと思われるかも知れませんが、バーガーは最初から最後まで、すべてを「提示的実演」で見せろと言っているわけではありません。 深い話もあれば、軽いジョークのようなものあり、視覚に訴えるだけのものもあっても良いのです。

 まず考えてみることは、そのマジックに内在している可能性、そのマジックがもっている「意味」を引き出すことで、ストーリーを作れます。

 話が前後しますが、このことに関して、マックス・メイビンが次のように言っています。

 「どんなマジックの演技であっても、あらかじめ答えを用意しておくべき3つの根本的な質問がある」

1. マジックを演じるこの人は誰なのか?
2. その人は何をするのか
3. なぜ観客はその人のすることに注目すべきなのか。

 話があちこちに飛び、申しわけありませんが、これだけ読み手の脳細胞を刺激してくれると、忘れていたことまでよみがえってくるので仕方がありません。もう少しお付き合いください。
 
 上の話と似ていることで、前田知洋さんが30年近く前、おっしゃっていたことがあります。前田さんがあるマジックをすると決めたら、それを実演する前に、

1.ストーリー設定する。
2.演者のキャラクター設定をする。
3.セリフを作る。

ということをされるそうです。
 確かに前田さんのマジックはクロース・アップ・マジックであっても、サロン風なものであっても、かならずストーリーや、キャラクラターができあがっています。マジックによって、いたずら小僧であったり、自分の若いときの設定であったりすることで、見ている側はただ現象だけを追う以上に、リアルに現象を楽しめます。

 また前田さんは,「マジックと癒やし」というテーマで考えられていたこともあります。
 先ほどの「糸の復活」や「マジシャンズ・ナイトメアー」なども「復活」という一面で意味づけをするなら、「切り刻まれた傷や心が癒やせる」といったところに結びつけることも可能なのかも知れません。ただこれは一歩間違えると、マジシャンがあやしげな「教祖」にもなりかねませんので注意も必要だと思います。

 私の記憶違いでなければ、前田さんご自身が、ユージン・バーガーやマックス・メイビンに多大な影響を受けたとおっしゃっていましたので、このようなことを、おそらく30年以上前から心がけておられたのだと思います。それにしても30年前からマジックのこのような一面を意識して組み立てておられたことにあらためて驚嘆しています。

 閑話休題
 
 本書はアメリカでもしばらく絶版になっていたそうです。再版にあたり、ひとつ章が付け加えられました。第17章「マジックの意味:会話編」です。
 2008年8月に、バーガーのところに5名が集まり、「マジックの意味」について対話をしています。こちらはそれぞれの考えなども飛び交い、一層、興味深いものになっています。ぜひお読みなることをお薦めします。

 最後に、本書を10年以上かけて翻訳された田代さんにも厚くお礼申し上げます。
 この本が日本語で読めることは私にとって福音以外の何物でもありません。それはマジック愛好家のすべての方にあてはまると思います。「すべて」と申し上げましたが、本書は読者を選びます。そのため誰にでも無条件でとは言いにくいのですが、自分がマジックを見せることに多少なりとも疑問を感じたり、行き詰まりを感じていたりするのでしたら、ブレイクスルーを起こす「福音」になってくれると思います。

 また本書はユージン・バーガーという、哲学や宗教にも造詣が深い人が書いているため、様々な引用があります。その出典、オリジナルを求めることにも予想外の時間がかかったはずですが、翻訳された田代さんはその都度、専門家の助言をあおぎ、正確さを追求されたようです。
これは個人で読むにはとても無理です。重ね重ね、田代さんにはお礼申し上げます。


魔法都市の住人 マジェイア


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