マジシャン紹介
David Roth(1952-)
2001/2/16 画像追加
2001/2/14 記
コインマジックを専門としているニューヨーク出身のプロマジシャンです。1970年代の中頃、「コインマジックの分野では現代最高のマジシャン」と、ダイ・ヴァーノンが最大級の賛辞を贈ったほどです。それ以来、今にいたるまで相変わらずこの分野ではトップでしょう。
デビッドがマジックと出会ったのは11歳のときです。両親から「ギルバート・マジック・セット」をプレゼントされ、それがきっかけとなり、マジックのおもしろさにすっかり魅了されました。その後17歳のとき、J.B.Boboの"Modern Coin Magic"と出会ってからはコインマジック一筋です。
1970年代中頃から、日本でもデビッド・ロスの名前は知られるようになりました。1979年に初来日したときのレクチャーは強烈な印象が残っています。なかでも「ウイングド・シルバー」"Winged Silver"は、方法を知っていても、解説書で読んだものとはおなじマジックとは思えないほど鮮やかでした。このマジックの中で使用している「シャトル・パス」"Shuttle Pass"というデビッドのオリジナル技法がすばらしく、技法を使っているときと、使っていないときで差がまったくありません。
「シャトル・パス」は昔からある「ユーティリティ・パス」と基本的には同じものです。観客からは、1枚のコインを右手と左手の間で、軽く投げているだけにしか見えません。以前からある「ユーティリティ・パス」は手のひらから手のひらへコインをトスするような感じでしたが、デビッドの場合、左の手のひらにあるコインを右手にトスしたとき、右手は手のひらでそのコインを受け取るのではなく、右手の指先でキャッチします。何度見せてもらっても、左手のコインを右手でつかんだとしか見えません。完璧なイリュージョンになっていました。「ウングド・シルバー」のときはこの技法を途中3、4回も繰り返しますが、見ている側からすれば不自然なところは何もありません。右手にあった4枚のハーフダラーが一枚ずつ左手に飛行したとしか見えません。
これ以外のオリジナルマジックとしては、直径10センチくらいの黒い布をテーブルの上に置いて演じる「ポータブルホール」や、音叉(おんさ)とグラスを使った「チューニング・フォーク」他、数多くの傑作があります。
デビッド・ロスは1979年から1988年まで、ニューヨークにある玩具専門店、F.A.O.シュワルツでマジックのタネを売るディーラーをやっていました。これはマニアからすると意外な感じがするかも知れません。コインマジックの分野では世界的に名前が通っているのですから、ディーラーなどやらなくても何とかなりそうに思いますが、コインマジックだけでは食べて行けないのでしょう。コインマジックを一般の観客の立場から見ると、現象はどれも同じように見えるものです。どれだけ変化をもたせたところで、二つも見たら観客には同じように見えてしまいます。このため、コインマジックだけを一般の人に見せて、クロースアップマジックのショーを構成するのは無理があります。またコインは小さいため、限られた人数の前でしか見せることができないのもパフォーマーとして生きてゆくにはつらいものがあるのでしょう。
コインマジックはプロとしてやって行くには大変厳しい分野ですが、それでも20年以上にわたって、この分野のトップとして活躍しているのはたいしたものです。
昨年(2000年)の暮れ、久しぶりにデビッド・ロスが来日しました。日本のコインマジックの分野でよく知られている六人部慶彦君も同じ会に出席しました。終わってから二人でセッションをしたそうです。1979年にデビッド・ロスが来日したとき、高校生であった六人部君が、親からマジックを禁止されていたにもかかわらず、勘当覚悟でレクチャーに参加していたのもつい昨日のようです。それが先日デビッドと会ったときは、「ムトベパーム」や六人部君の「リテンションバニッシュ」をデビッドにレクチャーしたそうですから時代は動いています。
デビッドは、昔は人見知りの激しい人で、プライドも高かったため、人に教えを請うことなどなかったのですが、最近は歳のせいか、随分人間的にもまるくなったようです。今回は彼のほうから「リテンションバニッシュ」を教えて欲しいと申し出てきたそうです。六人部君といえば「ムトベパーム」が大変よく知られていますが、実際には「リテンションバニッシュ」のほうがずっと一般的で、応用範囲の広い技法です。一般的なリテンションバニッシュと原理はおなじですが、コインを体の正面に持ち、はっきりと観客に示した状態で握ることが出来ます。この技法は『夢のクロースアップマジック劇場』(松田道弘編、社会思想社)に解説されています。
また六人部君から教えてもらったことですが、デビッドがまだ無名であった頃、フランシス・カーライル(Frncis Carlyle,1911-1975)にアドバイスをしてもらったそうです。カーライルは"Stars of Magic"にも作品が載っている、アメリカの高名なクロースアップマジシャンです。
アドバイスというのは、汗に関してです。デビッドは異常なほどの汗かきのため、コインをパームするとき、特にクラシックパームでは汗をかいていると滑りやすくなります。カーライルからのアドバイスは、コインマジックを練習するとき、必ず水を入れたボールを用意して、両手が常に濡れた状態で練習せよ、というものであったそうです。デビッドはこれを実践したようです。濡れた手でパームができれば、少々汗をかいても大丈夫ということなのでしょう。
私がこの話を聞いたとき、長野オリンピックで金メダルを獲得したスピードスケートの清水宏保選手の言葉を思い出しました。金メダルをとるために、どのような練習をやったのかというインタビューに答えてのものでした。
「日本の選手の中には、本番ではあがってしまって、普段の実力が発揮できなかったという人が多いのですが、このようなことは言い訳にならないと思います。誰だって本番では緊張しますから、練習のときのような力が出せないのは当然のことです。普段の90%か95%程度しか実力は出せないでしょう。優勝をねらうのなら、本番では普段よりも数パーセント落ちたタイムしかでなくても、それでも優勝できるだけのタイムを練習で出しておけばよいのです」
練習では本番よりもシビアーな環境を設定しておけば、余裕を持って試合に臨めます。普段以上の力を出さなければと思うと、転倒したり、体が固くなり、普段のタイムも出せません。フランシス・カーライルのアドバイスも、練習のときにはこれくらいやっておけということであったのでしょう。
練習のときはそのようにしても、実際にデビッドがレクチャーやショーで演じるときは、手のコンディションをパームがしやすい状態にするために、コインの縁に、バイオリンの弓に塗る松ヤニを塗るのだそうです。練習は徹底的にシビアーにして、本番では万が一の失敗もないくらいの安全策をとるのがプロというものでしょう。
バイオリンをやっている人に松ヤニのことを聞いてみました。松ヤニの樹脂がかたまりのままで、厚みのあるハーフダラー程度の大きさになっていて、1,000円前後で販売されているそうです。松ヤニといえば、野球のピッチャーが滑り止めに使っているロジンバックも松ヤニの粉末が入っています。試してみたことはありませんので、これもコインマジックの滑り止めに使えるのかどうかわかりません。ちなみに松ヤニのことを英語で"rosin"と言います。
追加更新(2001/2/16):バイオリンで使われている上記の「松ヤニ」を入手しました。
参考文献"David Roth's Expert Coin Magic"( Kaufman & Greenberg,1985年) これ一冊を読めば、デビッド・ロスのコインマジックについては大半、わかります。J.B.BoboのModern Coin Magic以来、数十年ぶりに出た大部のコイン専門書です。
ビデオ
David Roth(Tannne, 1984年) これにシャトルパスが解説されています。
David Roth Teaches Master Coin Magic(Tannen)
David Roth Live from London
David Roth Live Lecture No.2David Roth's Expert Coin Magic Made Easy!(Vol.1-3,A1 Multimedia,1995) コインマジックを最初から勉強したいのであれば、わかりやすく、お薦め。
魔法都市の住人 マジェイア