マジシャン紹介
デビッド・ロス
Devid Roth (1952-2021)
2026/01/31記

コインマジックを専門としている、ニューヨーク出身のプロマジシャン。1970年代の中頃には、「コインマジックの分野では現代最高のマジシャン」と、ダイ・バーノンが最大級の賛辞を贈ったほどです。それ以来、現在にいたるまで、この分野のトップであり続けていると言ってよいでしょう。

デビッドがマジックと出会ったのは11歳のときです。両親から「ギルバート・マジック・セット」をプレゼントされ、それがきっかけとなり、マジックのおもしろさにすっかり魅了されました。その後、17歳のときに J.B.ボウボウの『Modern Coin Magic』と出会ってからは、コインマジック一筋の道を歩むことになります。

1970年代中頃から、日本でもデビッド・ロスの名前は知られるようになりました。1979年に初来日した際のレクチャーは、今でも強烈な印象として記憶に残っています。なかでも「ウイングド・シルバー」“Winged Silver”は、方法を知っていても、解説書で読んだものと同じマジックとは思えないほど鮮やかでした。この作品で使われている「シャトル・パス」“Shuttle Pass”というデビッド独自の技法がとりわけ素晴らしく、技法を使っているときと、使っていないときとで、見た目にまったく差がありません。

 「シャトル・パス」は、昔からある「ユーティリティ・パス」と基本的には同じ系統の技法です。観客からは、1枚のコインを右手と左手の間で軽く投げているだけにしか見えません。従来のユーティリティ・パスでは、手のひらから手のひらへコインをトスするような印象でしたが、デビッドの場合は、左手のひらにあるコインを右手にトスした瞬間、右手は手のひらで受け取るのではなく、指先でキャッチします。何度見ても、左手のコインを右手で確かにつかんだとしか見えません。まさに完璧なイリュージョンです。 「ウイングド・シルバー」では、この技法を途中で3、4回繰り返しますが、見ている側からすれば不自然なところは何ひとつありません。右手にあった4枚のハーフダラーが、1枚ずつ左手へ飛行したとしか見えないのです。

 このほかのオリジナルマジックとしては、直径10センチほどの黒い布をテーブルの上に置いて演じる「ポータブル・ホール」や、音叉(おんさ)とグラスを使った「チューニング・フォーク」など、数多くの作品があります。

 デビッド・ロスは1979年から1988年まで、ニューヨークにある玩具専門店 F.A.O.シュワルツで、マジックのタネを売るディーラーを務めていました。これはマニアにとっては意外に感じられるかもしれません。コインマジックの分野では世界的に名が通っているのですから、ディーラーなどやらなくても何とかなりそうに思えます。しかし、コインマジックだけでは食べていくのが難しい、という現実があったのでしょう。

  一般の観客の立場から見ると、コインマジックの現象はどれも似たように見えがちです。どれほど変化をつけたとしても、二つ三つ見れば同じように感じられてしまいます。このため、コインマジックだけでクロースアップマジックのショーを構成するのは無理があります。また、コインは小さいため、限られた人数の前でしか演じられないという点も、パフォーマーとして生きていくうえでは厳しい条件でしょう。

 コインマジックは、プロとしてやっていくには非常に厳しい分野です。それでも20年以上にわたって、この分野のトップとして活躍し続けてきたという事実は、やはり特筆すべきものです。

 昨年(2000年)の暮れ、久しぶりにデビッド・ロスが来日しました。その席には、日本のコインマジック界でよく知られている六人部慶彦君も出席しており、終了後には二人でセッションを行ったそうです。1979年にデビッドが来日したとき、高校生だった六人部君は、親からマジックを禁じられていたにもかかわらず、勘当覚悟でレクチャーに参加していました。それが先日、デビッドと再会した際には、「ムトベ・パーム」や六人部君独自の「リテンション・バニッシュ」を、逆にデビッドにレクチャーしたというのですから、時代は確実に動いています。

 デビッドは若い頃、人見知りが激しく、プライドも高かったため、人に教えを請うことはほとんどありませんでした。しかし最近は、年齢のせいもあってか、人間的にもずいぶん丸くなったようです。今回は彼のほうから、「リテンション・バニッシュ」を教えてほしいと申し出てきたそうです。 六人部君といえば「ムトベ・パーム」が有名ですが、実際には「リテンション・バニッシュ」のほうが、より一般的で応用範囲の広い技法です。原理は従来のリテンション・バニッシュと同じですが、コインを体の正面で、はっきり観客に見せた状態のまま握ることができます。この技法は『夢のクロースアップマジック劇場』(松田道弘編・社会思想社)に解説されています。

 六人部君から聞いた話ですが、デビッドがまだ無名だった頃、フランシス・カーライル(Francis Carlyle, 1911–1975)から助言を受けていたそうです。カーライルは『Stars of Magic』にも作品が収録されている、アメリカの高名なクロースアップマジシャンです。

 その助言とは、汗に関するものでした。デビッドは非常に汗をかきやすく、特にクラシック・パームでは、手が湿っているとコインが滑りやすくなります。カーライルのアドバイスは、「コインマジックを練習するときは、必ず水を入れたボウルを用意し、両手が常に濡れた状態で練習せよ」というものだったそうです。デビッドはこれを忠実に実践しました。濡れた手でもパームできるようにしておけば、多少汗をかいても問題ない、という考え方なのでしょう。

 この話を聞いたとき、私は長野オリンピックで金メダルを獲得したスピードスケートの清水宏保選手の言葉を思い出しました。金メダルを獲得するために、どのような練習をしてきたのか、という質問への答えです。

「日本の選手の中には、本番であがってしまい、普段の実力が発揮できなかったと言う人がいますが、私はそれは言い訳だと思います。誰でも本番では緊張します。練習のときと同じ力が出せないのは当然です。普段の90%か95%しか出せないでしょう。優勝を狙うなら、本番で多少タイムが落ちても、それでも勝てるだけのタイムを、練習で出しておけばいいのです」

 練習の段階で本番よりも厳しい条件を設定しておけば、余裕を持って本番に臨めます。本番で普段以上の力を出そうとすると、体が固くなり、かえってミスを招きがちです。フランシス・カーライルの助言も、「練習の段階でここまでやっておけ」という意味だったのでしょう。

 もっとも、実際にデビッドがレクチャーやショーで演じる際には、手のコンディションを最良に保つため、コインの縁に、バイオリンの弓に塗る松ヤニを塗るそうです。練習は徹底的に厳しく行い、本番では万が一の失敗も起こらないように安全策を取る。それがプロというものなのでしょう。

 バイオリンを演奏する人に聞いたところ、松ヤニは樹脂のかたまりで、厚みのあるハーフダラーほどの大きさのものが、1,000円前後で販売されているそうです。松ヤニといえば、野球のピッチャーが滑り止めに使うロジンバッグにも粉末状のものが入っています。試したことはありませんが、これもコインマジックの滑り止めとして使えるのかもしれません。ちなみに、松ヤニは英語で “rosin” と言います。

<2026年追記>

 その後、2000年以降のデビッド・ロスは、若い頃のように頻繁にレクチャーやツアーを行うことは少なくなりましたが、活動の場を失ったわけではありませんでした。むしろ、映像教材や著作を通じて、コインマジックの基準を後世に残す役割へと軸足を移していったと言えるでしょう。

 彼のDVDや教材は、初心者向けではなく、すでに一定の技術と理解を持ったマジシャンを対象としたものでした。派手な演出や新奇さを売りにするのではなく、「どこまで自然に、どこまで誤魔化しなく見せられるか」という、彼が生涯こだわり続けた美学が貫かれています。これらの作品は長く売れ続け、結果として、表舞台に立ち続けなくても成立する、安定した活動基盤となっていました。

 また、限られた相手に対する個人指導やセッションも行っており、そこで交わされた内容は公に語られることは少ないものの、アメリカのコインマジック界では「デビッド・ロスに直接見てもらった」という事実そのものが、大きな価値を持っていました。彼はすでに演者である以上に、「基準を示す存在」「判断を委ねられる存在」になっていたのです。

 2021年、デビッド・ロスは68歳でこの世を去りました。テレビや大舞台で脚光を浴びるタイプのマジシャンではありませんでしたが、彼が示したコインマジックの完成度と美意識は、いまも多くのマジシャンの中に生き続けています。流行とは無縁の場所で、静かに、しかし確実に、一つの分野の到達点を示し続けた人物でした。