ROUND TABLE

 

トランプにサインをする?!

マジシャンの常識は世間の非常識

 

1998/11/3


トランプマジックのとき、選んでもらったトランプにサインをしてもらったり、ひどいときはトランプを破ったり、曲げたりすることもあります。勿論演出上の必要から行うのですが、私はどうにも抵抗があるのです。行儀が悪いというか、観客に余計なストレスを与えるような気がして、あまり好きではありません。そのため、よほどのことがないかぎりこのタイプのマジックは演じません。どうしても破らなければならないときは、最後は完全にまっさらの状態に復元するようにしています。

マジックを長くやっている人であれば、家には普通のデックからトリックデックまで、引き出しの中には、わけがわからないほど、たくさん詰まっているはずです。腐るほどあると思います。そのため、トランプを1枚くらい破ったところで全然どうってことはありません。しかし、一般の人にとっては、トランプを破ったり、表にサインをしたりするといったことは、普通のことではありません。トランプにサインをするという行為だけでも、一般の人にとっては相当異常なことに思えるはずです。ここのところがマジックをやっている人にはわからないのです。鈍感になっている証拠です。「マジシャンの常識は世間の非常識」と思って間違いありません。

マジシャンは観客にトランプを1枚取ってもらったら、ペンを渡して、「サインをしてください」と、ごく当たり前のように言っています。しかし、カードマジックを見慣れていない人に、いきなり、「トランプにサインをしてください」と言っても、何のことかわかりません。意味はわかったとしても、普通の感性を持っている人なら、そのようなことをすればトランプが使えなくなると思い、躊躇するのが普通です。

また、トランプを破って復活させるマジックも同じような意味で、どうにも演じにくいのです。

トランプは一枚でも欠けたら使いものにならない品物です。そのため、一般の人にとっては、一枚でもサインをしたり破ったりすることは異常な行為に思えます。金額的にはたいしたことはなくても、「物を粗末にする」という印象を与え、それがマジシャンに対して「ヘンな人」という印象を与える可能性があります。

もしどうしてもやるのなら、破ったり、折り曲げたりした場合、最後は完全に真っ平らなトランプに復活させるところまでルーティンに入れておけば少しは救われると思います。

前田知洋氏がよく演じておられるトランプの復活現象は、最後にアイロンをかける動作を入れて、完全に真っ平らな元の状態にまで復元させています。「私は昔クリーニング屋でバイトをしていたことがあるのです」というギャグを入れながら、「プシュー」という音で、トランプを強く手でプレスする動作をして、完全に真っ平らな、元の状態のトランプにまで復元させています。これは観客のストレスを減らすのに、かなり有効だと思います。

破らなくても、観客の選んだトランプが小さな箱や財布から四つに折りたたまれた状態で出現するマジックもあります。私は、このようなときでも、最後はアイロンをかけるギャグを入れて、真っ平らにしてから終わるようにしています。きれいに復活させて、「マジシャンは破ったり、しわになったトランプも、きれいに戻せますから、何度でもこれができるのです」と一言付け加えるだけで、観客は余計に不思議がってくれたり、「フーン」と感心してくれます。あれがしわくちゃのまま終わったのでは、観客の心の中で、「もう、あのトランプでゲームはできないんだ」という思いが残るでしょう。このちょっとしたストレスの積み重ねが、マジシャンやマジックに対して、イヤーな感じを植え付けてしまうことにならないとも限らないのです。そのようなことはできるだけ排除することです。

少し話は逸れますが、「ビル・イン・レモン」というマジックがあります。観客から借りたお札が消えて、テーブルの上にあった生のレモンを二つに切ると、中から観客のお札が出てくるという、有名なマジックです。

このとき、レモンの中から出てきたお札が、本当に観客から借りたものであることの証明として、いくつかの手段が取られています。例えば、借りたお札の隅をちょっと破っておき、その切れ端を観客に持っていてもらいます。最後にレモンから出てきたお札とその切れ端を合わせて、一致するすることを見せて、間違いなく観客のお札であることを納得してもらいます。

このようなとき、マジシャンは平気な顔で、観客にレモンから出てきたお札や、破れたままのお札を観客に返していますが、これは大変失礼な行為です。レモンの汁で濡れたお札など、財布に戻すのもいやですし、破れたお札は銀行にでも行っても、換えてもらえということなのでしょうか。このような場面を目撃した他の観客は、今度、マジシャンにお札を貸して欲しいと言われても拒否したくなるでしょう。なぜ人から借りたものを破って、しかもそれを破ったまま平気で返せるのでしょう。きれいなお札を返すより、破れたお札のほうがすばらしいマジックを見た記念として、観客の人は喜んでくれるとでも思っているのでしょうか。家に帰ってから、そのお札をアルバムにでも貼って、永久保存してくれるとでも勘違いしているのでしょうか。(笑) 昔のマリニなら、「その破れたお札はマリニが破ったものだとおっしゃればよい」と平然と言ったかも知れませんが、今のマジシャンにそれほどカリスマ性のある人などいません。もし言っとしたら、はり倒されるのが関の山でしょう(笑)。

とにかく、観客から借りたものは元の状態にするか、できないのなら、新しいお札でも自分の財布から出して返すことです。

昔、ジョニー・広瀬氏がテレビでやっていたのは、破れたお札の切れ端をテープでいったん張り付け、それを返す動作を入れ、ちょっと間をおいてからテープをはがすと完全にお札が元の状態になっているという演出でやっていました。これは、このような場面にピッタリのマジックです。観客から借りたお札を濡れたままや、破れたままで返すのは止めるようにしたほうが賢明です。

魔法都市の住人 マジェイア


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