ROUND TABLE

 

実演しない販売員

 

1999/3/17


「魔法都市案内」の読者から頂くメールの中に、マジックショップに対する不満を綴ったものがときどきあります。

数日前届いたメールにもそのようなものがありました。一部抜粋して紹介します。私の判断で伏せ字にしたところがありますが、内容はそのままです。

この方は、あるメーカーが出しているカタログにおもしろそうなものがあったので、買う前に見せてもらおうと、売場に行ったそうです。しかし、そこでは実演してもらえなかったので、実際の現象を見ることなく、買ったそうです。その後の不満が以下のメールです。


デパートの販売人に、あるマジックを実演をしてもらいたいと言ってもしてくれないものは、だいたいあやしいです。

くやしいのは今回、八千円も捨てたことです。X社だってそこいらへんのことはわかっているはずです。カタログで現象を読んで、期待していただけに腹が立ちます。

マジェイアさんは最近のX社の販売方法についてどう思いますか?今までの経験でも、買ってから、これは使えないと思うネタは、絶対実演をしてくれませんでした。いや、できないのです。だったらそれは手品ではないでしょう。そして手品という夢のある商品を扱うメーカーならば、実際にできる商品を販売しろと私は言いたい。


どうです?何度かマジックショップやデパートのマジックコーナーに行ったことのある人なら、大抵経験していることだと思います。

ディーラーの人がいるのに、こちらが頼んだマジックを実演しない場合、いくつかの理由があります。中にはある程度仕方がないものもあるのですが、よほど特殊な場合を除き、ディーラーの人は実演すべきだと私も思います。口頭で説明し、それで逃げるようなことをやっていると、早晩、客から見放されます。これは普通、デパートなどのマジックコーナーより、マニア相手に商売をしているマジックショップに多いのですが、今回のメールはデパートのマジックコーナで購入した商品でした。

話は逸れますが、最近は少なくなったものの、20年くらい前まで大都市のデパートには大抵マジックコーナがありました。専属の販売員が常駐していて、実演販売をしていました。メーカーも、テンヨー、トリックス、連盟、天地、と数多くありました。今ではすっかり有名になったMr.マリックやトランプマンも、昔はデパートで実演販売をしていた人達です。それがだんだんとデパートから売場が消え、デパート以外の場所でマジックショップがオープンし、そちらに主流は移って行きました。

デパートのマジックコーナが主流であったころは、もし実演もしないで商品を売ると、後でクレームがついた場合、販売員のところへデパートから連絡が行きますので、販売員もうかつな商売はできません。販売員もそのことはわかっていますから、一般の人相手に、実演もせずに商品を売るようなことは、まずなかったのです。一部常連や、マニアには実演せず、口頭で説明するだけで販売する場合もありましたが、それはあくまで例外です。マニアの側も多少の不満はあっても、つき合いだと思い、あからさまに不満をもらすことはなかったのです。

これが一番の問題です。客と販売員がお互いに了解済みであるときはトラブルは起きません。しかしこれを乱用して、実演しようと思えばできるのに、実演せずに、口頭で説明だけして売ってしまう場合が増えてきたのです。

実演できない理由はいくつかあります。

1.消耗品を使用するため、一回見せるたびにある程度お金がかかるもの。

2.パーラーやステージ用のネタなので、目の前でやるとタネがわかってしまうようなもの。

おそらくこの二つが売場の人が実演を断る理由として、もっとも一般的なものでしょう。確かにこれはわからないでもありせん。しかし、「1」の消耗品という場合も、入手可能な消耗品であれば、それくらいは店の人が提供して当然です。街頭で包丁などの宣伝販売をやっている人でも、自前でダイコンやキャベツを準備しています。ダイコンやキャベツは消耗品だから実演はしないと言うような人はいません。それくらいのことは、商品を売るためには当然の経費だからです。ところがマジックの世界では、ダイコン程度のことでも、消耗品だからと言う理由でやらない店も珍しくありません。

「2」の場合でも、この人が本当に発表会などで必要にせまられて買いに来ているとわかったら、見せてくれる場合もあります。しかし、これはまあ仕方がないでしょう。今の二つは、なんとか許せます。

問題は、実演できるのに、実演してしまうと、まず絶対に客は買わないだろうと思われる商品の場合です。早い話、見せたらあまりのくだらなさに、9割以上の客は買わないと思える商品はいくらでもあります。店側も、仕入れたからには売ってしまいたい場合や、本当はくだらないとわかっているけども、新製品でまだ世間にそのくだらなさが知られていないので、今の間に売ってしまおうとすることがよくあります。そのようなとき、今回のようなトラブルが生じます。

マジックに限らず、物の値段は「需要と供給の関係」で決まります。ひとつひとつの商品は製造原価や付加価値を考慮し、売り手が値段をつけます。しかし、付加価値には何ら客観的、絶対的な基準などありません。その商品を欲しいと思う人がどう判断するかだけです。ダイヤモンドに数百万円、数千万円出しても欲しいと思う人もいれば、全然、興味のない人もいます。年代物の古いジーンズに数十万円出して購入している人もいれば、そのような汚いジーンズなど、タダでやると言われても断る人もいます。 どのような品物でも、値段は売り手と買い手の間にある微妙なバランスで決まりますが、特に嗜好品や趣味でやっているようなものは、買い手がどれほどそれを欲しがっているかがすべてです。

特にマジックの場合、「現象に対しての値段」なのに、肝心の現象を見せずに済ませようというつもりなら、はなから根性が間違っています。現象を見て納得すれば、それがどれほど安い原価でできるものであっても、客は文句など言いません。たとえ製造原価が100円程度であり、それに数万円払ったとしても、全然惜しくないのです。実際、フレッド・カップスの有名なマジック、「フローティング・コルク」などそうです。二十数年前、イギリスのケン・ブルックの店で販売されたのですが、送られてきた商品を見ると、事情を知らない人であれば、詐欺にかかったと思うでしょう。売値は当時で数万円していましたが、原価は100円程度です。しかし、あの商品を買った人で、クレームを付けた人は誰もいません。それは、あのトリックをフレッド・カップスが実際に演じ、観客に大変うけていることを知っているからです。「現象」を納得していたので、何のクレームも出なかったのです。

つまり、マジックの値段というのは「現象」に対して支払われるものなのに、肝心の「現象」を見せずに販売するという行為は、どうひいき目に見てもまずいのです。後でクレームがついたら販売した側は必ず負けます。特にデパートなどの場合、客からのクレームには敏感ですから、もしそのようなクレームが売場に対して何度もあるようなら、販売員に勧告してくれます。それを改めないようなら売場も閉鎖されるでしょう。

個人で開いているようなマジックショップであれば上からの勧告はありませんが、口コミなどでそのような評判はすぐに広がり、早晩、店はつぶれます。実際、これまでにもつぶれたマジックショップは数多くありますが、時代の波ということは別にしても、つぶれた店にはつぶれた理由があるものです。客が寄りつかない店にはすべてそれなりの理由があります。長く続いており、繁盛している店は色々な意味で経営努力を怠っていません。

コンビニエンス・ストアー、とくに大都市では自分の住んでいる家の周りだけでも、コンビニが数店ある場合も珍しくありません。しかも同じA社の店が、徒歩5分以内の範囲にできていることもあります。同じ会社のコンビニ店の場合、扱っている商品はどこも同じです。しかし、店が乱立している地域では、流行っている店と、そうでない店があります。商品が同じなら、後は店の人の雰囲気くらいしか違いはありません。コンビニのようなところでは店の人ともほとんど会話らしいこともしませんが、それでも感じが良い店と悪い店は歴然としています。マニュアル化された接客用の教育も受けているはずなのに、店長やバイトの子のちょっとした応対の仕方で、がらっと雰囲気は変わってきます。店が繁盛するかつぶれるかの差など、ほんのちょっとしたことです。そのちょっとの差に気がつかないような店は、どのような業種であれ、つぶれる運命にあります。マジックショップやマジックコーナーでも同じです。

電車賃と時間を使ってわざわざマジックショップまで出かけているのに、実演してくれないのなら、何もその店まで行く必要もありません。通販のほうが手間いらずで安上がりです。

今回メールをいただいた商品に関しては、私は数年前、海外で購入し、すでに持っていました。それを今年のはじめ、日本のX社が販売したのですが、私はX社が、これを販売に踏み切った理由がわかりません。それほど魅力のある商品とも思えなかったのです。これはメンタルマジックのひとつですが、観客が少なくとも5,6名は絶対必要です。実際には10名以上いないとやりにくいでしょう。カタログにはこのことが明記されていなかったので、先のメールの方は怒っているのです。はっきりとカタログに書いておくか、販売員がいるのなら、その辺りの事情をきちんと説明するべきです。ただ、今回の商品に限れば、その辺りのことが説明されていれば、マジックそのものは悪くないと私は思っています。

何にせよ、メールにもあったように、販売員が実演しない商品は相当疑って掛かった方が無難であることは確かです。実演しない販売員がよく言うセリフは次のようなものです。

「これは絶対シロウトにうけますよ」

女の子にこれを見せると、すごくウケます」

「今、一番人気のあるのはこれです」

「プロマジシャンの○○○さんも、いつもショーで使っています」

「私が営業に行くとき、いつもこれを持っていきます」等々。

聞いたことがあるでしょう(笑)。

何もかも知り尽くしているようなマニアでも、売り出された新製品は見せてもらいたいものです。タネは見るまでもなく推測できても、実際にみせてもらうと、随分印象が違う場合があります。通販で購入したり、売場で現象を見ずに買ったネタが、後で誰かが実演しているのを見たら予想外におもしろいものであったことはよく経験することです。

販売員の人も、もっと積極的に見せるようにするべきです。そのほうがお互いの信頼関係も強くなり、長い目で見れば必ず得になるはずです。中には実演をするのを面倒くさそうにしている販売員もいますが、そのような人は論外です。さっさと転職することです。マジックを見せるのが面倒というのなら、マジックそのものに情熱がないのか、販売員としての適正がゼロということですから、一日も早くこの世界から足を洗ったほうが、お互い幸せになれます。

魔法都市の住人 マジェイア


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