ROUND TABLE

 

「フラリッシュ」の功罪

 

2000/12/10


マジックの技法は大抵「シークレット・ムーブ」、つまり「秘密の動作」です。マジックは「本物の魔法」のように見えることが理想ですので、技法を使ったとき、観客に何かをやったと気づかれるようでは魔法使いとしては失格です。何も怪しげなことや、不自然なことなどしていないのに、不思議な現象が起きるから観客は驚くのです。ゴソゴソとあやしげな手つきで何かをやったのでは、何が起きても不思議ではありません。

下手なマジシャンが何かをやると、観客はすぐに不自然なところに気がつきます。このようなレベル、技術が未熟であるため観客にタネや技法がばれてしまうのであればもっと練習して、うまくなってもらうより仕方がありません。

今回、私が言いたいのはこのようなレベルのことではありません。むしろ器用で、技術的には高度な技法もできる人が、ついやってしまうことがあるのです。中級から上級のレベルに移るとき、よくおちいりがちなことです。

最初に触れたように、マジックの技法は「秘密の動作」であることが絶対条件です。秘密の動作ですから、それを表に出してはまずいということは、誰にでもわかると思います。しかし技法には、「秘密の動作でない技法」も存在します。ただ1枚のカードを示すだけでも、器用に片手でカードを跳ね上げ、ひっくり返してみたり、片手だけを使ってシャッフルしたりする人もいます。このように器用さを誇示したり、意味のない派手さで観客を驚かせる技法のことを「フラリッシュ」'flourish'と呼んでいます。

このようなものを見せると、確かに観客は驚き、拍手喝采をしてくれるのですが、それはマジックとは別の次元の驚きです。どちらかといえばジャグリングや曲芸を見たときに感じる驚きです。このような一見派手な技法を使って器用さをアピールすると、肝心のマジック見せるときには、むしろ邪魔になるのです。

マジック以外の分野で、同じような例を2、3あげてみましょう。観客に気づかれないよう、裏でこっそりと何かをやるのはマジシャンだけではありません。たとえばプロのギャンブラー、ここでいうギャンブラーというのは「いかさま」をやっている「いかさま師」のことですが、このような人たちは、自分が器用であることを絶対に表には出しません。もし器用そうにカードを扱うと、同じテーブルに着いた他の参加者に用心されてしまいます。器用さが目立つと、それだけでプロとしては致命的なのです。

また「超能力者」と呼ばれる人もそうです。少なくとも私が今までテレビなどで見た「スプーン曲げ」「透視」「念写」等、このようなことをやっている「超能力者」と称する人たちのやっているものは、どれも昔からある、ごく普通のマジックです。一般に「超能力」といわれているようなものは、マジックの世界では「メンタルマジック」というひとつのジャンルに分類される種類のものにすぎません。

マジシャンにとっては、世間でやっている「超能力」と称される現象など、ただのマジックであることはわかりきっています。しかしそれでも世間にはこのようなものを「本物の超能力」と信じている人がいます。または他人に信じさせることで自分が儲かるからか知りませんが、「超能力」と言っている人もいます。

このような人たち、あるいはメンタルマジックを専門にしている人のなかには、自分がマジックをやっていることを極力隠している人がいます。自分はマジシャンであり、メンタルマジックを見せていることを公言している場合は問題ありませんが、いかにも本物の「超能力」であるように振る舞い、それを信じる人から詐欺のようなことをしている「超能力者」も現実には存在しています。このようなインチキ「超能力者」と、メンタリストと呼ばれるマジシャンを同等に扱う気持ちは毛頭ありませんので誤解のないようにして欲しいのですが、自称「超能力者」も、純然たるメンタルマジックを演じているメンタリストも、扱う道具は一般にマジックで使われるようなものは避けて、日常、どこにでもあるものを使っています。手先も不器用に見えるくらいのほうがよいのです。観客が一般的なマジックを連想するものはできるだけ排除しています。これは先のギャンブラーと同じで、観客に少しでも器用であるとか、指先のテクニックで何かをやっていると思われたくないからです。少しでも怪しまれると、その後の仕事が大変やりにくくなります。

プロのギャンブラーでアードナス"S.W.Erdnase"(1902-1967)という人がいました。このアードナスが書いた"The Expert at The Card Table"という本があります。この本の中で、アードナスは「カードテーブルの場では、器用そうに見えるカードの扱いは絶対しないように」と警告しています。

マジックの神様、ダイ・ヴァーノンも「ふだん見かけないような、不自然な技法や動作は排除せよ」と『ヴァーノン・ブック』の中で警告しています。「不自然」というのは、一般の人であれば、ふつうは絶対にしないようなカードの扱いのことです。「フラリッシュ」などに代表される、一見鮮やかな技法をマジックの中で使うことを強くいましめています。

ところがマニアの中には、ことさら器用そうに見える技法や、鮮やかに見える技法を好む人がいます。確かにこのような技法を見せると観客は驚きます。そしてなんて器用なんだろうという「賞賛」をあびることができます。しかし、このようなことをやっているマジシャンのマジックは、フラリッシュほどはうけません。

一般の人に、あるマジックを見せたとき、器用さなど目立たないほうが観客は驚くものです。派手なカードの扱いをやっている人が同じことをやって見せたとしても、魔法を見たというより、手先の器用さで何かをやったとしか思ってくれません。それにフラリッシュに凝り出すと、早晩、大半の人がマジックをやめてしまいます。これはマジックを見せても少しもうけないので嫌になってしまうからです。しかしその元凶は自分自身にあります。フラリッシュはあくまで香辛料のようなものです。ほんのちょっぴりスパイスを効かせると、ぐっと味が引き立つ場合をのぞいては、普通は使わないと決めておいたほうが安全です。

ダイ・ヴァーノンや高木重朗氏のような高度な技術の持ち主であっても、表に現れる部分では、決してそれを強調するような見せ方はなさっていなかったことを知っておいてください。

魔法都市の住人 マジェイア


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