ROUND TABLE

 

イマジネーション

マジシャンとしての適性

 

2000/6/30


マジシャンにとって一番必要な資質は何でしょう。世間一般の人は「指先の器用さ」だと思うかも知れませんが、これはそれほど重要ではありません。ごく日常の生活ができるのなら、それで問題はありません。普通に箸が使えるのでしたら、たいていのマジックはできます。

指先が器用であっても別に困ることはありませんが、器用、不器用は一般の人が思っているほど重要なことではありません。そのようなことよりも、私が一番重要だと思うのはイマジネーション、つまり想像力です。

誤解されると困りますので最初に断っておきますが、想像力が大切といっても、今問題にしたいのは、想像力を使って新しいマジックを考案するとかいったことではありません。勿論それにも想像力は必要ですが、ここでは見せるときに、想像力が必要だと強調したいのです。

いくら素人芸とは言え、せっかくマジックを見せるのであれば観客に楽しんでもらいたいものです。そのためには観客の好みや、どのようなものを見せたら一番喜んでもらえるか、それを見抜く能力が重要になってきます。

ただこれはそう簡単なことではありません。もしあなたがどこで見せても、誰に見せてもうける自信のあるマジックを持っているのでしたら、それは大変幸運なことです。しかし、実際にはそのようなものはそうあるものではありません。初心者の頃はまだレパートリーも少なく、とりあえず自分の知っているものを見せるしかありませんが、レパートリーが100を越えた頃からは、相手の好みや場の雰囲気を察知するよう、努めてほしいのです。。

相手が今何を望んでいるのか、それを敏感に感じ取れるだけの能力がないと、マジシャンになっても大成はできません。大成できなくても一向にかまわないと開き直る人もいるでしょうが、そのような人が観客にマジックを見せると、マジックなんか二度と見たくないという観客を作るので困ってしまうのです。これは他のマジシャンにひどく迷惑なことです。そのような人は早晩、観客から拒絶されますから、自ずと人前ではマジックをやらなくなりますから放っておいてもよいのですが、マジック嫌いの観客を作ることは「犯罪」です。観客や場所の空気を感じ取り、機敏に対応できるだけの能力が不足していると、そうなってしまいます。本人はそのような意識はなくても、そうなってしまいます。

話が少しそれますが、電話で何かをたずねるような場合のことを考えてみましょう。たとえば、あるソフトの使い方でわからないとき、もしくは何かのトラブルがあって、どうしたらよいのかわからないとき、そのソフトを作っているメーカーのサポートに電話で助けを求めることはよくあるはずです。このようなとき、サポートの人の力量で大きく変わってきます。優秀なサポートの人は十数秒のやりとりだけで、電話をかけてきた人がどの程度のレベルなのか敏感に察知します。そしてその人のレベルにあったように、質問をしたり、説明をします。

ところが想像力の乏しい人は、相手が誰であってもお構いなしで、自分の知っていることや、マニュアルに書いてあることをただ喋るだけです。相手がどの程度理解できるか、気にしもしていません。

何かを教えるとき、指導者に一番必要な要素も実は想像力です。生徒の能力を的確に見抜いて、その子にわかるように、その都度、表現を微妙に調整しながら教えることが不可欠です。それができないような教師は、教師として失格です。

教師に限らず、何かを人に説明する場合、相手の人が一番理解しやすい表現を瞬時に引っ張り出せる能力はどうしても必要なのです。これはイマジネーションの力が大きいのですが、鈍感な人はこのようなことの重要性すら気づいていません。

マジックに話を戻してもおなじことです。マジックを見せる場所、場の雰囲気と、参加者の好みなどを的確に把握しないことには、実際にはマジックはできません。

まず場の雰囲気ですが、これはマジックをする場所のことです。一般家庭の居間で見せるのか、喫茶店のテーブル、バーのカウンター、レストラン、居酒屋のような雑然とした雰囲気の場所、結婚式の披露宴、宴会の会場など色々あります。一口にバーと言っても、女性がいるような店から、女性の接客係はおらず、静かに男だけでグラスを傾けているような店もありますから、一様ではありません。

もうひとつは観客の好みです。その観客がどのようなことに興味を持っているのか、どのようなものを見せたら喜んでくれるか、それを的確に察知する能力も必要です。

場の雰囲気と観客の好み、少なくともこの二つだけは意識してください。

どのような場所であっても、またどのような観客が相手であってもうける自信のあるマジックをあなたが持っているのでしたらそれは大変幸運なことです。しかし、普通はそうはいきません。相手の好みや場の雰囲気を見抜かないと観客を十分満足させることはできません。

マジックを覚えたての人は、覚えたばかりのカードマジックを職場の宴会などで披露したりするのですが、これはたいてい失敗します。失敗といってもマジックでミスをするのではなく、観客がまともに見てくれないようなものをやってしまい、自分でも落ち込んでしまうのです。

酒が入っている観客を相手に、延々とカードを配りなおしたり、枚数を数えてもらったりするようなものをやっても無理です。一枚のカードを当てるのに、5分もかけて当てたところで、観客は取ったカードが何であったのかさえ忘れています。

酒が入っているような席で見せるのなら、せいぜい30秒以内で現象が起きるようなものにすることです。もう少し落ち着いた場所で、アルコールもないような場所なら、もう少し時間がかかっても大丈夫ですが、雑然としているような場所では、早く結果が出るようなものでないと観客はそっぽを向いてしまいます。

もうひとつは、観客の好みや知的レベルで、見せるものを換える必要があるのですが、それが十分わからないときは、見せない方が無難です。愛想の良い観客なら、本当はつまらないと思っていてもそれなりに反応してくれますが、その反応が義理からのものか、本心からのものかを見抜く力も必要です。

とにかく、マジックを一つ見せるだけでも、これだけ裏では色々なことを探り出さないとできないのです。その上で、自分のデーターベースから的確なマジックを引っ張り出してこなくてはなりません。

私はクロース・アップ・マジック、それも実際にはマンツーマンで見せるのが一番好きです。それは、特定の一人だけか、ごく少人数であれば、見せる観客のレベルや好みも把握し、それに合わせることがそれほど難しくないからです。しかし観客の数が増えると、その人達全部を満足させるようなものを選択するのは難しくなります。

自分の力量を知って、その範囲内で見せられないと思えば、やらないほうが賢明な場合もあることを知っておいてください。欲張って自分の力量の範囲外のことをやっても、観客を十分満足させることはできません。

自分の身の程を知るのもイマジネーションの力です。

魔法都市の住人 マジェイア


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