ROUND TABLE

 

困った観客?!

困っているのはマジシャン、それとも観客?!

 

1998/12/29


「魔法都市案内」の読者の方から、次のようなメールをいただきました。一度お読みください。これは特殊な体験ではなく、マジックを始めるようになって、初級から中級あたりのレベルになったとき、多くの人が体験することです。



私の場合、まわりにマジックを本当に楽しんで見て くれる人が(不幸にも)おらず、見ようとするけれど、その中には 「何とかして見抜いてやろう」という気持ちしかない人が半分位います。

例えば、トランプマジックの場合、 「選んだトランプを上に乗せて下さい。その後、カットして.....」 と言い終わらないうちにトランプをひったくられ、選んでもらった トランプは中の方に突っ込まれました。挙げ句の果てに カットではなく、表裏ごちゃまぜ状態で切り混ぜられ、選んでもらったトランプはどこかに行ってしまいます。(これは極端な例ですが、実際にありました。)

カードマジックに限らず、私がマジックの道具を出してきたら、何かする前から取り上げられ、調べられてしまうのです。もう今ではマジックを見せるのが怖くなりました。自信が無くなる一方です。

あるいは頭を元に戻すと、マジックを見ても、それ程楽しめない人にあえて見せる方が間違っているのかもしれませんね。

見せる方も見せられる方も楽しめなければマジックの本質が生きません。本当に難しいと思います。

(現在、ヨーロッパに在住のSさんからのメールを、一部抜粋させていただきました。)


いかがですか?大なり小なり、マジックをやっている人なら経験のあることだと思います。マジックを始めてまだ間がないころ、このようなことを何度か経験すると自信をなくしてしまうでしょう。ある程度年期が入ってくると、このようなタイプの観客に悩まされることはなくなってきますが、初めの頃は大抵の人が何度か経験します。

ほんとに不思議なもので、ある程度経験を積んでくると、このような態度を取る観客にはほとんど出合わなくなります。初心者のころと、いったいどこが違うのでしょう。

一つは見せるマジックのセレクションの問題です。例えば、マジシャンがトランプを取り出したとき、あのトランプは手品用の特別な仕掛けがしてあるものかもしれないと疑う観客がいても不思議ではありません。ある程度経験を積んでいるマジシャンであれば、初対面の人に見せるときは、相手に調べられても大丈夫なものしか見せません。もし観客が調べさせて欲しい言ってきても、「はい、どうぞ」と観客に手渡して調べてもらってもよいネタを準備しています。また、マジシャンの側がそのような準備をしていれば、それは自信にもつながり、その雰囲気が観客にも伝わりますので、調べさせろとは言わないものです。

マジックを始めたばかりの頃は、レパートリーも少ないため、前もって準備してあるものしかできません。しかも、それが相手に調べられるとまずいものであったりすると、ことさら隠そうとします。その雰囲気は観客に伝わりますから、観客も調べたくなるのです。(笑)

観客がマジシャンの手にしている道具などがあやしいと思ったとき、実際にどのような態度を取るかは、マジシャンと観客の立場の関係、もしくは観客の性格で変わってきます。あなたと観客が大変親しい間柄であるのなら、率直に、「それを調べさせろ」というツッコミが入るのは自然なことです。それほど親しくないのなら、観客もあやしいとは感じても、普通は黙っていてくれるものです。

つまり、先のようなことを避ける具体的な方法としては、初めてマジックを見せる相手には、何を調べられてもよいものを一つか二つ準備しておいて、それを見せることです。 2,3度、いくら調べられてもよいマジックを見せると、観客もいちいち道具を調べさせろとか言わなくなります。そうなったら、あとはマジシャンのペースです。どんな大胆な手を使おうが、ネタモノであろうが、大丈夫です。本当に何をやってもOKです。自分と観客との間合いを計ること、これが初めの頃はできないのです。これができるようになったら、観客からの不要なツッコミはなくなります。

整理しておきましょう。

1.初めて見せるときは、準備不要、調べられてもよいものを見せる。

私が初対面の人によく見せるマジックは数点ありますが、その中の一つは、「ドクター・ダレーのラスト・トリック」です。4枚のエースだけを使い、赤いエースと黒いエースが入れ替わる、マニアにはよく知られているトランプマジックです。

これが都合よいのは、観客に一枚取ってもらったり、覚えてもらう必要がありません。一般の人は、トランプマジックというと、一枚取ったトランプを当てるタイプ、いわゆる"Take One"と呼ばれるものを思い浮かべます。上のダレーのトリックは、観客はただ眺めているだけで、赤いエースと黒いエースが入れ変わる、大変ビジュアルな現象です。現象自体すぐに終わりますし、観客がエースを調べても何も問題ありません。

さらに私が続けるのであれば、エド・マーロの「デヴィリッシュ・ミラクル」に似たもので、それをもう少し簡単にしたものを見せます。現象は、観客の覚えたトランプが観客の手の中から消えて、トランプ一組を裏向きに広げると、消えたトランプだけが表向きになって出現するというものです。ここで使っている、「いくら切り混ぜてもらってもよい、カードコントール」の方法は、今から30年ほど前、私がマジックの専門書を読み出す前、偶然、思いついた方法です。そのときはすごい大発明だと思ったのですが、後年、カードマジックの専門書を読み始めたら、同じような原理がすでにありました。(笑)しかし、これを使っている人はマニアのなかでもほとんど見かけません。便利な方法なので、初対面の人に見せるときにはいつも使っています。

とにかく、覚えてもらった後、観客にトランプを全部渡してよく切り混ぜてもらいますが、いくら切り混ぜてもらってもOKなので、この時点で観客はこれが普通のトランプであると暗に理解します。

今、紹介した二つのマジックは、どのようなトランプでも、またどこででもできますので、演じる側にもプレッシャーがありません。初めて会った人に見せるのは大抵この二つだけです。

この二つだけ見せてやめるのですが、このときの観客の反応を見て、この人には今後マジックを見せないか、また見せるかを決めます。試金石のようなものです。

「見ることは見られること」という言葉があるように、何かを見るというのは、同時に、見られることでもあります。観客がどのような反応をするかで、その人の性格や、人と付き合うときのスタンスなどが端的に現れます。つまり、マジシャンはマジックを見せていると同時に、観客の人柄を観察する絶好のチャンスなのです。観客は自分が見られていることを気づきません。そのため、その人の意外な面が現れたりします。これはただマジックを見せるだけのことに限らず、その人とマジック以外の場面でつき合うとき、どう接すればよいかといった情報も得ることができます。私など、仕事で1年以上付き合う必要がある人の場合、マジックを見せて、その反応で人物観察も一緒にやってしまいます。これはあまりおおっぴらに言うとまずいかもしれませんが、それくらい役に立ちます。(笑)

話が逸れました。戻しましょう。

もう一度確認しておいてください。最初に見せるマジックは、準備不要、特殊な仕掛けのないものを一つか二つだけ見せるということです。

2.初めて見せたとき、その人の雰囲気をよく観察して、この人には今後マジックを見せないか、また見せるか決める。

3.二度目に会ったときは、こちらから、「マジックを見せましょうか」とは言わない。

二度目に会ったときは重要です。このとき、こちらから、「マジックを見せましょうか」とは絶対に言わないことです。向こうのほうから、何か見せて欲しい言われるのをじっと待ちます。声がかからなかったら、やらないことです。一回目のとき、あなたのマジックを気に入ってくれたら、2回目に会ったとき、大抵リクエストがかかります。前回、本当におもしろいと思ってくれていたら、ほぼ確実に、前回のマジックのことを話題にしてくれたり、それに触れてくれます。ぜひ、このレベルになれるようにしてください。と言っても、何もすべての人からそのような反応が返ってくることを期待しても無理ですよ。まあ、3人に一人くらい、そのようなことを言ってくれる人が出てきたら、十分合格点をクリアーしていると思ってよいでしょう。そして、幸いにもそう言ってもらえたら、二度目は「ひとつだけ」何か見せてください。ここで調子にのって、数種類のマジックをやってしまうと、3度目は絶対声がかからなくなります。「二度目はひとつだけ」を標語にでもして、頭の中に刻み込んでおいてください。

2度目もうまく行けば、これでこの観客との間合いもわかります。意味のないツッコミなどはまず来ません。あとはどのようなマジックを見せても大丈夫です。ただし、一度に見せるのは二つくらいまでというのは毎回厳守してください。これさえ守っていれば、マジックにおける致命的なミスは大抵防げますから。

技術的な面では以上のようなことでしょう。

あと、メンタルな面があります。ある意味、こちらのほうがずっと重要です。

マジックを見せるとき、「すごいものをみせてやろうか」といった態度で見せたり、終わったあと、「どうだ、すごいだろう」という優越感を感じるためにマジックをやったとしたら、見せられたほうは気分がよいものではありません。観客が反発して、「それがどうしたんだよ」という態度を取るのも無理ありません。観客はマジシャンのメンタリティを的確に見抜きます。もしマジシャンが何らかの優越感を感じたいためにマジックを見せていると感じたら、、観客もマジシャンに対して挑戦的になってきます。

マジックが、マジシャンの優越感を満たすための道具として使われていることくらい、すぐに見抜きます。マジシャンは、何のためにマジックを見せたいのか、よく考えてみてください。自分の芸で観客を満足させることができるのは、もう少し先のことです。特にアマチュアの場合、マジックを見せることで、いっときでもその場が盛り上がれば大成功です。決して自分の技量を誇示したり、他人にできないことをやってみせて優越感を感じるのではないことをよく自覚しておくことです。

最初は機嫌良く見ていてくれたのに、2,3度見せているうちに、観客がマジシャンに対して挑戦的になってくるのなら、これは危険信号です。普通は、2度目、3度目くらいになると、マジシャンが主導権を取れるようになっていなくてはならないのに、逆に2度目、3度目と回を重ねるごとに挑戦的になってくるということは、これは間違いなく、マジシャンの側に責任があります。観客が不愉快になるようなことをやってしまっているからです。このようなタイプの人は自分自身のメンタリティをよくチェックしてみてください。

先のメールにあった、

「マジックを見ても、それ程楽しめない人にあえて見せる方が間違っているのかもしれませんね。」

というのは正しいのですが、もう少し正確に言うなら、「私がマジックを見せて楽しませる自信のない相手には見せないほうがよいのですね」ということでしょう。

失敗やツッコミをおそれず、その場が盛り上がればよいというつもりで、気楽に見せてください。最初からあまり多くを望まず、上で述べたような基本的なことを意識しながら、経験を積み重ねてゆけば、そのうち自分なりのスタイルができてきます。

魔法都市の住人 マジェイア


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