ROUND TABLE
Gold Medal
SHOWMANSHIP
ショーマンシップの基本
2000/9/17 (一部改訂)
2000/9/16
バーリング・ハル"Burling Hull"(1889-1982)というアメリカ人のマジシャンがいました。「スベンガリー・デック」(1909)や「メネテケル・デック」(1910)といったマジックの歴史に残る大傑作の発明者でもあります。4歳のときに初めてマジックを見せてもらい、そのとき自分のオリジナルマジックを考案したそうですから、まさに「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」を地で行っているような人です。
長年、通信販売でマジックのタネを売る仕事をやっていましたが、著述家でもあり、数多くの専門書を出しています。技術書では"Expert Billiard Ball Manipulations vol.1&2"(1910), "Thirty-Three Rope Ties and Chain Releases"(1915)などがあり、いずれもクラシックとしての評価を得ています。メンタルマジックの分野にも強く、アンネマンのカードマジックを解説したものなども出しています。
今回紹介します"Gold Medal Showmanship for Magicians and Mentalists"(1971,Micky Hades Enterprises)は1971年に出版されました。他の本とは出版された年代に大きな開きがあるため、ひょっとしたら同姓同名の別人かと不安になり、三田皓司さんにおたずねしました。すると10分後にはFAXでハルの著作リストを30数冊送っていただきました(汗)。これで間違いなく同一人物であることがわかり、以前から気になっていたことがわかり、すっきりしました。三田さんにはいつものことながらお礼の申し上げようもありません。
今回紹介します本は、マジックを見せるときの具体的な注意事項をまとめたものです。本と言っても自分でタイプしたものをスパイラルバインディングで簡単に製本しただけのものです。95ページからなるこの本には、ハル自身の長年の経験から身につけた見せるときのコツが満載されています。出版されたのは1971年ですが、この年に書き下ろしたものか、実際にはもっと昔に書いた原稿をこの年に出版したのかは不明です。
ハル自身はすでに亡くなっていることと、この本を出していた出版社もなくなり、本自体も現在では絶版になっている状態ですので、一部引用させてもらい、紹介することにします。最近は「魔法都市案内」に海外からのアクセスも多いので、ここで取り上げておけば、そのうちどこかの出版社から復刻されるかも知れません。
私自身はこれが出た1971年の数年後に購入したと思います。そのときも随分役に立つことが書いてあると思いましたが、最近読み返してみて、あらためて実用的なアドバイスが満載であることに驚きました。
出番の5,6分前:舞台裏で
1.出番の数分前、体の緊張をほぐすために、軽く運動と酸素補給を行います。
まず頭を上げ、肩を引いて胸を張り、正しい姿勢を取りながら、そのまま適度な速度で深呼吸を繰り返します。あまり早くならないように気をつけて、この深呼吸を2,3分間続けることで血液に酸素を送り込みます。
肺に酸素を充満させ、体から余分な緊張を取り除くことで声に張りが出て、体にも活力がみなぎり、観客をコントロールできる自信がわいてきます。
2.両腕を床と平行に真横に上げます。(十字の形になります)。この位置のままつま先で立ち、そのままつま先で何度か飛び跳ねます。この間、腕は上下に数センチ動かし、羽ばたくようにします。呼吸は普段よりも少し深く、ゆっくりと行います。
3.手や足を1の状態に戻し、顔をあげていき、真上の天井が見えるくらいまで頭を後方に引きます。
4.再び2の動作をします。
これは出番までに肺を酸素で充満させることと、体の余分な緊張を取り除き、正しい姿勢で歩き始めるための準備です。必ずしもこのようにする必要はありませんが、数分間深呼吸をしたり、何らかの方法で体の緊張をほぐすために、自分なりの軽い運動を決めておくのはよいことです。
歩くときの注意
出番になったら顔を正面に向けて、リラックスして、急がず、そしてしっかりした歩みで舞台の中央に歩き始めます。体を前方に傾け、駆け出すようにして慌てて飛び出してはいけません。足の裏の感触を感じながら、しっかりと普通に歩きます。
舞台の中央に着いたら
あなたをあたたかく迎えてくれる拍手があれば、すぐに話し始めてはいけません。観客のほうを向いて、微笑みながら拍手を聞きます。拍手は、観客からあなたへの歓迎の挨拶です。拍手が続いている途中で話し始めるのは、人がしゃべっているときに割り込んで話し始めるようなものなので大変失礼なことです。拍手がおさまるのを待って、話し始めます。
おじぎ
体を正面の観客に向けて、ゆっくりと、少しお辞儀をします。それから斜め左側に向きを変えてお辞儀をします。次に斜め右側を向きお辞儀をします。
(マジェイア注:マジックのときだけでなく、観客が大勢いるような舞台に、司会者や俳優、講演会などで講師などが出てきたとき、一番最初にどのような挨拶の仕方をするか気をつけておくと参考になります)
話すときの呼吸
話し始める前に深呼吸をしてから、ゆっくりとはっきり聞こえる声で話し始めます。肺にまだ半分くらい酸素が残っている段階で止めて、再び息を吸って肺を酸素で満たします。肺の中にまだ余裕がある段階で、次の酸素を補給することが大切です。これが最大の秘密です。人前で長時間スピーチをすることに慣れている人は、このようなことをしながら肺の中が酸素不足にならないようにしています。そのため、長時間話しても息切れせずに、活力を維持したまま話せるのです。
声の大きさを一定に保つ
大抵の人は、ステージの上で喋り始めた最初の1,2分間は明瞭で大きな声で話しています。しかし、その後、徐々に声がフェードアウトし始めます。だんだん小さくなってしまうのです。これには二つの理由があります。
ひとつは、最初正面を向いて話しているときは声は比較的よく通るのですが、挨拶をした後、マジックなどを始めると、そちらのほうに神経がいってしまい、しゃべり方や声の大きさに意識が向かなくなるからです。このため、だんだんと声が小さくなったり、不明瞭になってきます。
二つ目は劇場の構造です。劇場は、壁や天井に舞台からの声が反響して、後方まで届くように設計されています。そのため、正面を向いてはっきりと話しているときはうまく響いて後方まで声が届きます。しかし、下を向いて話すと、この構造上の音響効果が働きません。客席にいる観客の髪の毛、服、体、このようなものはすべて音を吸収する働きがあります。下を向いてしゃべると、音の大半がこのようなものに吸い取られてしまい、後ろまで届かなくなります。
リハーサルで、家族のものやスタッフに客席の後方に立ってもらい、そこまで声が届くかどうかをチェックしても、客席に誰もいないときはよく通るものです。しかし観客が数百名も入ると、吸音材を詰めたような状態になっているため、誰もいない劇場でしゃべるときの数分の一しか、最後列には届きません。これを避けるためにも、絶対に下を向かないようにします。客席の一番後ろにいる人に向かって話しかけるつもりで話せば、顔も下がりませんし、音響効果もうまく働いてくれます。
言葉をはっきりと明確に話すこと
音節ごとの切れ目をはっきりさせることが大切です。あまり上手ではない司会者がよくやることですが、「レディスンジェンルマン」"Ladiesngenlmn"といったように、音節を無視した早口の喋り方はよくありません。このように早口で喋ることが格好良いとか、司会に慣れているといった印象を与えると思っているのであれば、それは大間違いです。このようなしゃべり方はモゴモゴと、不明朗に話すのと同様によくありません。はっきり、「レイディース アンド ジェントルメーン」"LADIES AND GENTLEMEN"と一語ずつ、もしくは一音節ずつ、はっきりと話してください。
これをうまく行うコツは、客席の左側には女性ばかりが座っていて、右側には男性ばかりが座っていると思い、まず最初、左のほうを向いて、"LADIES"とゆっくり話しかけます。正面を向きながら"AND"と続け、右のほうを向いて"GENTLEMEN"と言えば先のようなことは防げます。何度も実際に体の向きを変えながら、自然な調子で"Ladies--and--Gentle-men"と言えるようにしてください。
最初の挨拶だけでなく、その後に続く話しもこのような調子でするよう、心がけてください。
また、舞台に出る前、ステージの後方にあるのぞき穴から客席をのぞいてみて、最後列にいる観客のうち、目立つ人を一人見つけておきます。遠くからでもすぐに見分けられるような派手な服を着ているとか、大変な美人であるとか、とにかくステージの上からでもすぐにわかるような人です。そうしておいて、舞台の中央まで出てきたとき、まずその人を確認します。常に、一番後ろにいるこの人を意識して、この人に声をとどかせるつもりで話せば、声のボリュームが落ちるのを防げます。
最後に
今読むと、多少時代を感じさせる部分もありますが、マイクのあるなし、会場の広さなどに関係なく、人前で喋るときの基本的なことだけでも知っていると随分役に立つものです。マジックを見せるときに限らず、結婚式の披露宴でスピーチをするときや、仕事でプレゼンテーションを行うときにも役に立ちます。
今では、このようなことを勉強しようと思えばいくらでも本が出ています。「司会の仕方」や、もう少し本格的に勉強するのでしたら、俳優が発声を訓練するときの技術書などもあります。カルチャースクールなどでも「話し方教室」のようなことはやっていますので、少しでも習っておくとまったく違ってきます。
今回紹介したものは、95ページのうち、最初の数ページにすぎません。実際には個別のマジックや、観客が子供のとき、男性客ばかりのときなど、いくつかのケースにわけて解説されています。それを全部紹介するのは無理ですので、私が一番役に立つと思った部分から一部だけをピックアップして紹介しました。
魔法都市の住人 マジェイア