ROUND TABLE

 

ステーキを売るな。シズルを売れ!

Don't sell the steak --- sell the sizzle!

E.ホイラー

1999/5/12


エルマー・ホイラーという、今世紀半ば、アメリカで経営アドバイザーとして活躍した人の言葉です。セールスを促進させるために、アメリカ各地で講演を行い、著書も二十数冊あります。中でも、"TESTED SENTENCE THAT SELL"(1937年)に載っている先の言葉は、最もよく知られているものでしょう。。

「シズル」(sizzle)というのは、ステーキを焼くときの「ジュージュー」という音のことです。肉屋がステーキ用の肉を売るとき、肉のかたまりをケースに入れて展示しておくだけでなく、客がこの肉を見たとき、ステーキを焼いているときのおいしそうな肉汁、匂い、ジュージューという音などを連想してくれたら、売り上げは大きく伸びます。つまり、その商品に伴う付加価値や、それから生じるイメージを一緒に売ることが出来たらセールスは成功なのです。

どのようなものにも「シズル」はあります。シャンペンを売るなら、買おうかどうしようかと迷っている客に、グラスの中に立ち昇っている小さな泡をイメージさせることが出来れば買うでしょう。チーズなら「匂い」、保険なら「安心」、ダイヤモンドなら「余裕」、バレンタインデーの本命チョコなら「愛情」。何にでも「シズル」はあり、それを観客にどうイメージさせるかが重要です。

マジックという芸は、観客のイマジネーションがないと成立しません。観客自身のイマジネーションの力を借りないと、芸そのものが成り立たないのです。不思議な現象だけなら、顕微鏡を持ってきてのぞいてもらうか、望遠鏡で星を眺めてもらったほうがもっと不思議なものを見せられるかも知れません。マジックが芸として成立し、観客からお金が取れるためには、不思議であることに加えてエンターテインメントとして、観客を楽しませることのできる要素がないと無理です。

では、マジックにおけるシズルは何でしょう。

観客が、ある現象を見て不思議だと感じるのは、それが、今までの常識をくつがえすようなことが目の前で起きているからですが、不思議な現象を引き起こすという意味なら、大抵のマジックは、マジシャンであれば誰がやっても同じような現象を作り出すことはできます。特に舞台で行われている大がかりなマジック、「イリュージョン」と呼ばれているようなものは、舞台の中央にいるマジシャンは、実際には何もしていないことが珍しくありません。裏方の人が大部分の操作をしていたり、道具自体に仕掛けがあり、マジシャンはほとんど何もしなくてもよいものが大半です。

これはデビッド・カッパーフィールドのようなマジシャンでもおなじです。彼がやっているマジックのほとんどは、大抵のマジシャン、いえ、マジシャンに限らず、マジックなどやったことのない役者でも、少し練習をすれば同じ現象を引き起こすことは簡単にできます。しかし、デビッド・カッパーフィールドの代わりに誰か他の人を連れてきても、観客は満足しないでしょう。その違いは何なのか、ぜひ、マジックをやっている人には自分で考えていただきたいのです。本当に考えてみてください。それがわかれば、あなたもプロしてやって行けるでしょう。わかったからと言って、簡単ではありませんが、努力の方向くらいは、正しいほうを向けるでしょう。

それとは別に、デビッド・カッパーフィールドのマジックには、大抵、ストーリーがついています。これは観客の誰もが共通して持っているような体験、特に子供時代、多くの人が経験したようなこと、それは不安、喜び、悲しみ、驚きと色々あります。ある現象を見せるとき、そのような感情を思い起こさせることに成功したら、マジックは、大変印象に残るものになるはずです。必ずしも子供時代のことに限りません。失恋して悲しかった出来事を思い出させることができたら、それはそれでインパクトの強いものなります。いつもいつも、楽しい想い出ばかりである必要はありません。悲しくなって、涙を流すようなマジックがあっても構わないはずです。

重要なことは、マジックの現象だけでなく、そこにプラスアルファのイマジネーションを引き起こせるかどうかです。これに成功したマジシャンとしては、デビッド・カッパーフィールドが最初なのかもしれません。ただこれは、よほどすぐれたセンスと、心理学などに精通していないと無理です。ストーリーをつければよいのだろうと思い、何でもかんでも愚にもつかない話を聞かされた日には、マジックを見る以前に気持ち悪くなってしまいます。デビッド・カッパーフィールドのような感動を観客に与えたいのであれば、マジック以外の勉強が不可欠です。

カッパーフィールドのマジックで「雪」"SNOW"と題したものがあります。子供時代、はじめて空から降ってくる雪を見たときの感動を再現したものです。彼は子供時代の感動を覚えており、それをステージで再現しています。

「雪」を知らない人も大勢いるでしょうから、ざっと説明しておきます。

最初、デビッド・カッパーフィールドの手から雪が吹き出してきて、大変な量の雪が手から吹き上がります。そしてステージの上からも、客席の上からも雪が降ってきます。雪自体は誰でも知っていますが、ステージで、そして客席にいる自分の頭の上にまでも雪が舞い落ちてきたら、観客も驚きます。空から降ってくる雪にはもう慣れっこになっていても、これには感動します。

デビッド・カッパーフィールドが突然小さな子供の姿になって現れ、ステージの上で、上から降ってくる雪に感動している姿を見ると、観客も、自分が子供時代、はじめて雪を見たときのことがよみがえってくるのでしょうか、大きな感動に包まれます。この驚きは、最初、どうやってあんなにたくさんの雪が降ってくるのだろうという意識から、純粋に雪という自然現象に対する驚きや、自分の子供時代の姿などが重ね合わさって、マジックを離れた感動に変わっています。

デビッド・カッパーフィールドのマジックにはこのような大がかりなもの以外でも、大抵、何らかのストーリーがついています。クロース・アップ・マジックでもそうです。昨年(98年)の東京公演のときにやった"Gradpa's 4 Ace Card Trick"も、昔、祖父に見せてもらったトランプマジックを初めてみたときの驚きを再現するという設定になっています。

私が想像するに、デビッド・カッパーフィールドには優秀なスタッフが大勢ついていますが、そこには心理学の専門家も数名はいるでしょう。どうすれば観客は泣いたり、笑ったり、感動するのかを知り尽くしている人がストーリーを組み立て、舞台装置なども作っているから、あのようなことができるのだと思います。

もちろんこれは、デビッド・カッパーフィールド自身がそのようなことの重要性に気づき、研究し、スタッフを集めたからできたことです。彼は自分のマジックにおける「シズル」を知っているのです。物まねではだめです。

これから出てくるマジシャンは、ステージでもクロースアップでも、トリック自体の不思議さだけでなく、そこに何らかの「シズル」を感じさせるようなものを作り出せないと成功しないでしょう。それは「かっこよさ」、「喜び」「悲しみ」「セクシー」「あたたかさ」、色々あるでしょうが、何にしても観客のイマジネーションをかき立てるもの必要です。

魔法都市の住人 マジェイア


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