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マジックから離れて行くとき

 

2001/1/19


「若い人で、そこそこ優秀だと思って注目していたら、突然マジックの世界から消える人が大勢います。あなたもそうならないようにしてくださいね」

今から30年近く前、私がまだ20代前半の頃、高木重朗氏からこのように言われました。松田さんやフロタさんにも同じようなことを言われた覚えがあります。

当時の私はマジックに狂っていた時期ですから、自分がマジックから離れる時期が来るなどとは夢にも思っていませんでした。そのようなことを言われても、他人事としか思えなかったものです。ところが80年代に入った頃から、突然、本当に突然という感じで私はマジックの世界から離れました。私が離れた理由は後で少し触れますが、ついこの間までマジックを熱心にやっていた人が、ある日突然マジックの世界から離れて行くことはめずらしいことではありません。

理由は一様ではなく、いろいろありますがざっと思いつくままにあげてみましょう。

1.仕事が忙しくなり、学生のときのようにマジックのことばかりに時間を割けなくなる。

これはほとんど理由にもならないくらい軽症です。もとよりその程度であったということにすぎません。

2.人にマジックを見せても、期待しているほどの反応が返ってこないので、自信をなくしてやめてしまう。

これは少なくありません。なぜうけないのかがわからないと、なかなか復帰できません。技術的なことよりも、実際はメンタルなことです。マジシャン自身が観客に楽しませてもらっていることをわかるべきです。「私はマジックで観客に夢を与えたい」なんてことを言っている人はたいていこうなってしまいます。

3.名前が売れてくると、コンベンションや各地のマジッククラブに講師として招かれることも多くなります。期待を裏切りたくないという気持ちはあるものの、そう毎回新規なものを用意できるわけでもないので、そのことがだんだんとプレッシャーとなり、負担になってくる。

これはそこそこ優秀な人です。症状としては中程度。

4.マジックそのものよりも、マジック界の人間関係の煩わしさに嫌気がさしてくる。

これは軽症から重症までいろいろです。よい意味でもわるい意味でも、「類は友を呼ぶ」という言葉のとおり、似たもの同士が集まっていれば自覚症状はないでしょう。

5.マジックの世界でひとかどの評価を得ているときは維持できていた自分自身のアイデンティティが、何かのきっかけで崩れ去ってしまい、再構築しないことには生きて行けなくなる。

これは重症ですが、私は喜ばしいことだと思っています。将来「社会復帰」したときは一皮むけています。

他に理由はいろいろありますが、20代前半から数年間注目されていた若手マジシャンが、あるとき突然マジックから離れて行く理由の中で、とりわけよく見られるのが5番目のものです。これはある程度才能のある人でないと、このようなことにはなりません。ある種の鋭敏さと繊細さがないと、このような状態にはならないものです。鈍感な人には無縁なことです。

このような人が再びマジックの世界に「社会復帰」するのは、マジック以外のこと、それは仕事で自分の天職と言えるようなものが見つかり、その部分で十分自分自身のアイデンティティが維持できるようになるか、もっと広い意味で、自分自身がこの世に存在することに関して、それなりの「悟り」が持てたときです。

ゆるぎない自分が見いだせれば、マニアからの評価などどうでもよくなり、マジックを始めたばかりの頃のように、新鮮な気持ちで心からマジックを楽しむことができるようになるものです。私は、才能のある人が、このようなことでいっときマジックの世界から離れるのはよいことだと思っています。復帰するまでの時間は人によって異なりますが、数年から10年くらいで戻ってくるものです。なかには20年以上かかる人もいますが、元来才能があり、それなりの技量もセンスもあった人が一皮むけた状態で再びマジックを見せてくれるのはうれしいものです。若いときのようなガツガツしたところもなくなり、自然体で観客と一緒にマジックを楽しめるようになっています。たとえ技量は全盛時よりも落ちていても、余計な部分がそぎ落とされて、マジック本来の楽しさが伝わってくるものです。そのような意味でも、本当に才能のある人が一度はスランプにおちいり、しばらくマジックができなくなることはむしろよいことだと思っています。縁があればまた戻ってくるでしょうから、離れているときはそっと静かにしておいてあげるのが一番です。

私自身のことを言うのは何とも気恥ずかしいものですが、私も3番,4番,5番あたりが入り混じった理由で、1980年から1990年中頃まで、十数年間マジックの世界から離れていました。離れていたと言っても、マジックそのものをやめていたのではありません。一般の人の前では、以前よりもむしろよく見せていたくらいです。年に一度くらいはマジックショップにも行き、ネタを買ったりもしていました。さすがに海外から洋書や新ネタを取り寄せることはなかったのですが、マニアと関係のない部分では、マジックとそれなりにつながっていました。

5番目の理由で、マジックの世界から離れている人でも一般の人の前ではマジックを見せているはずです。このような状態が数年続きながら、マジック以外で自分自身のアイデンティティが確立すると復帰できるものです。

魔法都市の住人 マジェイア


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