奇術の定義
2026/02/27

日本で長く「サーストンの三原則」と呼ばれてきた、マジシャン必須の心得があります。

マジックを演じる前に現象を説明してはならない。

同じマジックを二度繰り返して見せてはならない。

種明かしをしてはならない。

アメリカの名マジシャン、Howard Thurston の名を冠していますが、実際にサーストン自身が述べたものかどうかについては、長らく疑問が持たれていました。私自身も、日本で誰かが編集・要約したものではないかと考えていました。

1999年、友人の福井哲也氏から、坂本種芳著『定本 奇術全書』(力書房、昭和22年改訂初版)という貴重な一冊を譲り受けました。そこには「術者の心得」と題して、次の十項目が挙げられています。

1.演技に先立ってその奇術の内容を話さぬこと

2.同じ奇術を二度その場で繰り返さぬこと

3.演技の道程はできるだけ簡単にすること

4.すべての動作は無駄なく、急がずに行うこと

5.技巧はできるだけ避けること

6.術者の視線は重要な働きをすること

7.観衆との位置関係をよく見定めること

8.その場の条件を考慮し、無理をしないこと

9.重要なところほど何気なく行うこと

10.種明かしをしないこと

ご覧のとおり、1・2・10が、いわゆる「三原則」と一致します。しかし、この十項目のどこにも「サーストン」の名はありません。

巻末には約50冊の洋書リストが掲載され、その中に『My Life of Magic』(1929年)が含まれていました。これはサーストン名義の自伝ですが、私は現物を所持していなかったため、そこに該当箇所があるのか確認できませんでした。そこで松田道弘氏にお尋ねしました。

松田氏によれば、この本はサーストン本人の執筆ではなく、Walter B. Gibson がゴーストライターとして関与しているとのことでした。しかも、『My Life of Magic』の中にも、いわゆる三原則に該当する明確な記述は見当たらないそうです。

さらに興味深いことに、松田氏の所蔵する古い洋書の中に、日本で「サーストンの三原則」と呼ばれているものと全く同一の三項目が、別の形で見つかったとのことでした。

それは、かつてアメリカの街頭で薬を売っていた行商人が、商品のおまけとして配っていた簡単な手品の解説書でした。その小冊子の中に、「マジックを見せる際の心得」として、まさに同じ三項目が記されていたのです。そこにサーストンの名はなく、単なる注意事項として挙げられているにすぎません。

余談ですが、Svengali Deck が現在でもアメリカで一般に広く知られているのは、こうした街頭販売で頻繁に演じられていたことが一因だと言われています。

結局のところ、この三原則はかなり古くから西洋で共有されていた「実践的常識」であり、特定の人物の創案とは断定できないようです。少なくとも、サーストン本人の明言である可能性は低いと言ってよいでしょう。

『定本 奇術全書』の著者、坂本種芳氏は、戦前に海外でスフィンクス賞を受賞した人物です。本職はエンジニアであり、海外との接点も少なくなかったはずです。海外の解説書や付録冊子を通じてこの心得を知り、日本で紹介した可能性も考えられます。

それにしても、松田氏の博覧強記にはあらためて驚かされました。ここに記して深く感謝申し上げます。

魔法都市の住人 マジェイア


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