ショー&レクチャーレポート

 

アレックス・エルムズレイ・レクチャー
Alex Elmsley

日時:1997年3月25日午後6時半開演
会場:名古屋市中区栄2丁目(長円寺会館3F)
  会費:5,
000円


アレックス・エルムズレイのレクチャー報告です。 大阪ではレクチャーが開催されなかったので、名古屋に行ってきました。

エルムズレイという名前ほど、マジックを始めたばかりの初心者からマニアにいたるまで、広く知れ渡っているものはないでしょう。原案者の名前を冠した技法も数多くあります。しかし、その中でも、「エルムズレイ・カウント」は、知名度ならびに実際に使われる度合いから言っても、他のものを圧しています。

ここ数年、ヴァーノン、マーロー、スライディーニといった、マジック界のビッグネームが、次々と高齢のため亡くなりました。エルムズレイというのは、名前だけで、無条件に会っておきたいと思う数少ないマジシャンの一人です。

エルムズレイの経歴は、レクチャーのとき、販売されていたレクチャーノートに簡潔にまとめられていましたので、それを参考に紹介します。

1929年3月、スコットランドのセント・アンドリュースに生まれたそうですから、68歳です。昔の68歳というと弱々しい老人をイメージしてしまいますが、とてもそのような年齢には見えません。声だけを聞いていると、驚くほどの声量と明瞭さで、役者でもやっていたような張りのある声をしています。実際は、ケンブリッジ大学で数学と物理を勉強し、コンピューター関係の仕事をしていたようです。

1954年にゴーストカウント(エルムズレイ・カウント)を考案しました。 これが世界的に有名になったのは、1960年にルイス・ギャンソンの手によるDai Vernon's More Inner Secrets of Card Magicが出たときからです。バーノンがこの技法を使った「ツイスティング・エーセス」を発表すると、その応用範囲の広さから、たちまちカードマジックの必須技法のひとつになりました。

しかし、エルムズレイ自身はこのころから急激にマジックに対して興味をなくし、十数年間、マジック界から消えていました。 1975年頃、一度復活しますが、70年代後半からまた表に出なくなりました。1987年に、ステファン・ミンチがエルムズレイの膨大なオリジナルトリックをまとめるプロジェクトに取りかかったときも、エルムズレイはそれを許可するも、自分自身は一切の協力を拒否しました。1991年にミンチの手によって、The Collected Works of Alex ElmsleyのVol.1が出ました。この出来映えにエルムズレイ自身も満足したようで、続いて予定されていたVol.2には全面的に協力したそうです。それが1994年に出ました。

1995年に、それまで勤務していたコンピューター関係の会社を辞め、このころからまたマジックに対して情熱がよみがえってきたようです。創作活動を開始したり、マジック界に顔を出すようになってきました。彼自身の演技によるビデオ撮影も行ったそうで、彼のビデオシリーズ(全4巻)がL&Lから発売されることになりました。

私自身も、約10年間ほどブランクがありました。そのため、数年前に出た彼の作品集 Collected Works を持っていなかったので、今回、エルムズレイの来日が決まった折り、この機会に目を通しておこうと思いアメリカのマジックショップに発注しましたが、他の本と混ざって船便に回されてしまい、当日まで間に合いません。それで三田皓司さんに、急遽お借りして、一夜漬けの勉強に取りかかりました。上下二巻からなるこの本は、重ねると10センチを越えるような厚さになりますので、すべてのトリックに目を通すことは無理であるのと、むしろ知らないものは知らないまま見せてもらったほうが楽しめると思い、トリックの部分はカットしました。

トリックよりも興味を引かれたのは、Vol..1の冒頭の論文です。"Alex Elmsley on the Theory and Practice of Magic"と題する彼の演出に関する考え方、ミスディレクション、練習の仕方などについての部分は興味深いものがあります。

「私は、自分自身を演技者ではなく考案者であると思っている」という文章で始まるこの論文は、演技に関して彼の考え方がよくわかります。 FitzkeeやEdward Mauriceの演出論は、一度は読むことを薦めています。そして、一度読んだらそれは忘れてしまってよい、とアドバイスしています。これは、所詮、他人の演出論というのは普遍的なものではなく、その人にとってのものでしかないからでしょう。結局、プレゼンテーションについては自分で考えるしかなく、「正しい」プレゼンテーションを誰かから教わるより、自分で見つけ出すか考え出し、自分なりのプレゼンテーション理論を自分の力で獲得するしかないのだということです。これには私も全面的に賛成します。

禅やその他、宗教に関係なく、どんな分野の人であれ、瞑想をする人たちの中には、「お悟り」といったものに到達した人達がいます。そして、そこへ行き着くための様々な方法を残してくれています。しかし、それはほとんど役には立ちません。役に立たないというのは、それを聞いただけで、誰でもその真似をしたらそのレベルになれるかというと、それはできないという意味で役に立たないのです。ではまったく意味がないのかというと、そうではありません。様々な人たちが残してくれているそのような言葉は、結局、同じことを言っているにすぎません。

それらを参考にすることはできます。漠然とした、方向を示すコンパス程度にはなります。どちらの方向を向けばよいかくらいはわかります。あとは自分で見つけ出すしかありません。自分で納得したら、それがその人にとっての「悟り」になるのでしょう。

閑話休題。

レクチャーの前半と後半の間に休憩があったので、エルムズレイのそばに行き、直接2,3質問しました。

マジェイア:「マジックをやっていない一般の人にマジックを見せるとき、あなたはどのようなトリックを見せますか、特に初対面の人の場合です」

エルムズレイ:「私は一般の人にマジックを見せることはほとんどありません。普段はまったくと言ってもよいくらいマジックをやりません。考えることは好きですが、実際にマジックを見せることはないのです。滅多にないことですが、それでも何か見せる場合は、アンビシャス・カードくらいです」

この答えは、私の予想通りでした。絶対、そうだと思っていました。一般の人には、彼自身の膨大な量の作品群の中から見せるようなことはないだろうと想像していました。きっとこのような答が返ってくるだろうという確信に近いものがありましたが、しかし、これだけは彼に直接確認してみないことにはわからないので、今回のレクチャーで確かめることができて安心しました。彼ほどの膨大な作品を発表していても、彼が実際に一般の人に見せるときはアンビシャスカードくらいだというのを聞いたら、マニアはどのように感じるのでしょう。

二つ目の質問

マジェイア:「あなたのマジックには現象面でも方法面でも、新しいプロットが随所にみられるのですが、バリエーションならともかく、どうしてそんなに次々とニュープロットが浮かぶのですか?何か秘密があるのなら教えていただけませんか」

エルムズレイ:「うーーん、秘密ねー。別に秘密というほどのこともないが、ある現象や方法が閃いたら、それを実現するまであきらめないことだろう。メモをしておいて、いつもそれについて考え続けていると、あるとき突然解決法が浮かぶことがあります。とにかくあきらめずに考え続けることでしょう」

これも予想通りと言えば予想通りの答です。そのようなインスピレーションがどうにすれば出てくるのかという方法論など語り得るはずもないことはわかっていました。でも、それに対して、エルムズレイがどのような反応をするのか見たかったというのが、正直なところです。

レクチャーの後、持参したCollected Works のVol.1にサインをしてもらいました。これは三田さんの本なのに、私の名前を書いてもらったので、もう三田さんには返せません。(汗) 
今頃、三田さんもこれを読んで驚いているかもしれないが、新品が届いたら、それをお返しするということで、許してもらうつもりです。会場で購入した日本語のレクチャーノートをおみやげに付けたら許してもらえるでしょうか。

彼がレクチャーでやったものの中では、「ブレインウィーブ」(Brainweave)には驚きました。「ブレインウエーブ」ではありません。ウィーブです。 観客によくシャッフルしてもらったトランプを広げて、一枚だけ、心の中で思ってもらいます。そしてそれを当てるのです。最初見たとき、てっきりエスティメイションを使っているのだろうと思いました。しかし、解説を聞いて感心しました。エスティメイションではなく、100%確実に当てることができるのです。

また"Dazzle"というトリックも見せてくれました。これの最後、すべてのカードが裏も表もジョーカーになってしまうところは、マニアでも完全にフォローはできないでしょう。これは「エバーチェンジカウント」という、エルムズレイカウントのバリエイションを使ったもので、私も今から二十数年前に、彼のレクチャーノートで読み、作りました。今でも持っています。彼もこれは25年くらい前に考えた古いトリックだと言いながら出してきました。そのパケットを見ると、私の作ったものと同じくらい古びていました。きっと当時作ったものを今でも使っているのでしょう。

なお、エルムズレイの名前ですが、実際にはエルムズリイと発音するほうが近い。 しかし、カタカナで書いてしまえばどうせ正確な発音の表記はできないので、日本で昔から一般に使われている「エルムズレイ」で通すことにしました。

魔法都市の住人 マジェイア

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