ショー&レクチャーレポート
フィリップ・ジャンティ・カンパニー
密航者
Compagnie PHILIPPE GENTY : STOWAWAYS
2000年8月5日
フィリップ・ジャンティ・カンパニーを観るのは、4年前の『動かぬ旅人』以来2度目です。それにしても今回は疲れました。昼間、大阪は37度を超えており、そのせいもあるのかも知れませんが、舞台を見終わったあと、機嫌が悪くなるほどどっと疲れが襲ってきました。
フィリップ・ジャンティ・カンパニーの芝居を見たとき、何を訴えたいのか理解しようとすればするほど混乱します。これはおそらく、何かひとつのテーマを表現したいというより、観客を混乱させること自体が目的だからでしょう。
作家や詩人は、自分の頭の中で作り出した世界を言葉で「現実」に変えます。フィリップ・ジャンティの作り出す舞台は、彼自身が実際に見た夢、この夢は夜眠っているときに見る夢のことですが、それを舞台の上で再現しています。そこには彼自身のトラウマ、葛藤などが含まれており、それを昇華させるための表現であることはわかりますが、見ている側は混乱を避けられません。そのため、どっと疲れるのでしょう。
誰でも、夢の中ではつじつまの合わないおかしな出来事が起きます。今回の舞台でも、海全体が脳味噌でできていたり、人形が意識を持って動き回ったり、今まで人間であったものが突然紙切れの人形になったりします。夢の中では物理法則に反していることも、時間、空間を超越した世界が展開されます。フィリップ・ジャンティはこのような現象を様々な手法を使い、ステージの上で実際に作り出して見せます。本物の人間が紙切れになったり、また逆に、作り物の人形が突然本物の人間に変わったりします。これらを達成するために、ステージマジックで使われている手法が多用されています。この技術的な部分の完成度が高いために、観客は不可思議で、わけのわからない場面に直面します。
マジックを見せたとき、観客が一番驚くのは、マジックだとは知らないで何か不思議な現象に出会ったときです。例えば、喫茶店でタバコを口にくわえた後、普通ならライターで火をつけます。これなら誰も驚きません。しかし、もし誰かがライターを発火させた後、その炎だけを指先でつまむと炎が指先に移り、それでタバコに火をつけたらどうでしょう。指先から火が出ているのです。タバコに火をつけた後、その人は自分の指先に息を吹きかけ消し、何事もなかったようにタバコを吹かしながら新聞でも読み出せば、あなたは自分が今見た光景が信じられないはずです。今自分が見たのは一体何だったのか、しばらく呆然とすると思います。
『不思議の国のアリス』の冒頭部分で、アリスが原っぱでボーとしていたら向こうからウサギがやってくる場面があります。このウサギは手に懐中時計を持ち、「急がなきゃ! 遅れる!」とつぶやいたかと思うと、穴に飛び込む場面を目撃したときのアリスと同じような気分になるのではないでしょうか。自分が見た光景が信じられずに、夢を見ているのかとさえ思うでしょう。
しかし、先のタバコに火をつける話は実話です。私の知人が喫茶店でさりげなく行ったいたずらです。2、3席離れた所に座っていて、偶然、これを目撃した人がいました。その人は目が点になっていたでしょう。知人はその人にはまったく気がつかないふりで、火をつけた後、お茶を飲んだり、新聞を読んでいましたが、目撃した人は同席している人に今自分の見た光景を説明し始めたそうです。しかし、聞かされた人は、驚くというより、目の前にいる人が突然わけのわからないことを言いだし、気味悪がっていたに違いありません。頭がおかしくなったのか、幻聴、幻覚を見る人なのかと、驚いていたかも知れません。
人は心の準備ができていないときに、自分の知識では解決できないもの、道理に合わないものを見たり聞いたりすれば戸惑うに決まっています。
夢の中ではもっとわけのわからないことも起きます。夢のメカニズムは今でもよくわかっていないようですが、私たちは昼間、視神経を通じて「見た」ものは現実で、眠っているとき、夢の中で「見た」世界は幻と思っています。しかし、私にはその二つの間に取り立てて言うほどの差などはないと思っています。現実といえばどちらも現実であり、幻といえばどちらも幻です。
自分が見る夢の中の光景であっても不可解なのに、他人の夢を見せられたら、もう何が何だかわかりません。理解しようとすればするほど疲れてしまいます。
蛇足ながら、フィリップ・ジャンティ・カンパニーの舞台をマジックとの関係で一言触れておきます。
私はこのフィリップ・ジャンティ・カンパニーのことを4年ほど前に知りました。1996年のことです。そのときも感じたことですが、最近、ステージマジックの分野で、マジックをドラマ仕立てで見せようとするものがあります。ただ不思議な現象をステージで見せると言うより、演者の心情や、内面を表現しようとするものが見られるようになってきました。この種のものはよほどうまくやらないと演者の自己満足で終わることも多く、今までのところ、私が感動したようなものはないのですが、そのような動きが一部の演者にあることは事実です。ここしばらく、試行錯誤を続けながら、色々とやっているうちに何かが見えてくるかも知れません。
一方、フィリップ・ジャンティ・カンパニーは、ステージの中で、ある場面を作り上げるためにマジックの手法を取り入れています。逆向きからのアプローチではあっても、目指している方向は同じようなところかも知れません。皮肉なことに、マジックとしてはマジシャンのステージよりも、フィリップ・ジャンティ・カンパニーの舞台のほうが一層不思議です。このようなステージを見ると、マジックもこのようにすればよいのだろうと短絡的に考えてしまう人もでてきそうですが、同じ現象をステージで見せたとしても、観客の腹づもりで、驚きそのものは随分変わってきます。
スプーンを曲げるという現象でも、マジシャンが演じるのと、「超能力者」と名乗る人が曲げてみせるのでは、観客の驚きは全然違います。裏でやっていることはまったく同じであり、起きる現象も同じであるのに、大きな差が出てきます。フィリップ・ジャンティの目指しているものは、エッシャーの絵や、錯視の画像を見たとき人が驚くのと同じようなものをステージ全体で作り出そうとしているのかも知れません。
日時:2000年8月2日(水)−4日(金)
会場:シアター・ドラマシティ(大阪梅田・ちゃやまちアプローズB1F)
開演:7:00p.m.
料金:S席\7,000 A席\5,000
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