2000/5/22記
フィル・ケラー
Phil
Keller
日時:2000年5月21日(日曜)
会場:エスパルス・マジック・ホール
(静岡・清水エスパルス・ドリーム・プラザ4F)
開演 午後1時30分
料金:大人2,000円 子供1,000円
日本初のマジック専用劇場「エスパルス・マジック・ホール」が1999年10月、静岡の清水にオープンしました。「エスパルス・ドリームプラザ」の4階に、8つのスクリーンを持つ最新設備の映画館と並んで、マジック専用劇場があります。
日本でこのようなマジック専用劇場ができるのは初めてのことでもあり、大きな期待とともに不安もありました。最大の不安は、このようなものを作って採算がとれるのかということです。マジックのことがある程度わかっている人に聞けば、おそらく100人中、90人以上の人が無理だと答えるはずです。わかっている人であればあるほど、絶対無理だと言うはずです。それなのにこのようなものができた経緯については興味深い話もあるのですが、ここでは書けないことも多いので、それは省略します。
しかしこの劇場を作ることが本決まりになってからは、プロデュースを依頼された蓮井彰さんと、蓮井さんの長年の友人である小野坂東さん(トンさん)が試行錯誤の末、ここまで作り上げたそうです。とにかく今まで日本にはマジックのために作られた劇場など存在しなかったのですから、何もかもが一からです。舞台の仕掛け、照明、カーテン、とにかくすべてが試行錯誤の繰り返しであったはずです。
いったん出来上がってしまうと、マジックの専用劇場ですからマジシャンにとっては都合のよい仕掛けもあり、便利な劇場です。今までやりたくても一般の劇場ではできないイリュージョンも数多くありましたがここならできます。照明も天井に6カ所、ステージの左右2カ所にコンピューター制御されたものがあり、これも大変すばらしいものでした。
観客の座席数は234ですから、マジックを観るには理想的です。しかし観客にとっては理想的であっても、この数ではたとえ満席になっても売り上げは限られています。採算面で本当にやっていけるのか、またそれ以前に観客が予定している程度入るのか、ある程度事情のわかっている人はこのあたりのことを大変気に掛けていました。
昨日は数名のマジック愛好家がこちらの劇場に来ることになっていましたので、私も参加させていただきました。それと本当はもう一つ重要で深刻な問題があったのですが、それは幸いにも数日前に杞憂であることがわかり、安心して会場まで来ることができました。集まったメンバーのうち半分以上が今回初めてここに来た人たちです。
午後4時の公演が終わってから、このショーに出演しているマジシャンのフィル・ケラー氏本人や蓮井さん他十数名で会場近くの「磯」(いそ)という居酒屋に集まりました。「磯」のご主人がマジックのファンでもあり、本来なら日曜で定休日のところをご好意で臨時にあけてくださったのです。この「磯」での話や、エスパルス・ドリーム・プラザの中にあるカフェ、"Magic Wave"で岡本さん(静岡クロースアップマジシャンズクラブ)やプーさん(浜松在住の医師)から伺った話、見せていただいたマジックはどれも大変興味深いものばかりでしたので、差し障りのない範囲で次回の「魔法都市日記」に紹介するつもりです。
話が前後しますが、現在このマジック・ホールでは月曜・金曜が1回、土曜・日曜が3回、公演が行われています。昨日の日曜は午前11時、午後1時30分、午後4時の3回です。私は1時30分のショーを見るつもりでした。会場に着いたのが11時過ぎと早かったため、ドリームプラザの中にある「清水すしミュージアム」を見物したり、寿司屋で新鮮なネタをつまんだりしながら館内を散策していました。別のフロアーには「おもちゃ博物館」もあり、ここも充実したコレクションがありますので、マジックが好きな人ならきっと楽しめると思います。
そうこうしているうちに1時前になり、マジック・ホールの入り口まで行きました。ここにはマジックショップもあり、テンヨーの商品や、簡単なマジックの道具も販売されています。オリジナル商品としてはトンさんデザインのトランプが販売されていました。(赤裏、青裏各 1,000円)
チケットを販売している女性の人、会場の案内係、説明担当の男性スタッフまでみなさん感じがよく、スタッフ教育がよく行き届いているのがわかりました。
現在、こちらでショーをやっているフィル・ケラーというマジシャンに関しては今まで名前すら聞いたこともなく、どのようなマジシャンなのかまったく知りませんでした。紹介文を読むと、フランス出身で、ドイツのハマンザー・シアターで活躍した後、ヨーロッパ唯一のディズニーランドとして知られているパリの「ユーロディズニー」でマジックの総合プロデューサーとして”アラジン”の空飛ぶじゅうたんや”人魚姫”の水中効果、”メリーポピンズ”の空飛ぶ仕掛け等にアドバイスをしたようです。
いずれにしても今までまったく知らないマジシャンでしたが、昨日初めてショーを見て、終わってから直接話をしてみましたら、大変誠実で、マジックに対する態度も真摯であり、感じのよい人であることがわかりました。ショーが終わってからも客席に降りてきて観客と握手をしたり、子供を大切にしていることがよくわかります。小さな子供にとってはマジシャンはただの人ではなく特別な人です。今目の前で魔法を見せてくれたマジシャンと実際に握手ができれば、子供にとっては大変印象深い出来事になるはずです。このような子供たちの中から、将来優秀なマジシャンも生まれてくることでしょう。
先日のゴールデンウィークのときは満員札止めになるほどの盛況であったそうです。5月5日が子供の日であることをもう少し早く知っていたら、子供の日用の特別な出し物を計画したのにと、フィルが残念がっていました。
ショーで使用している音楽もよくねられているのがわかります。選曲もショーの内容とマッチしているものが多く、その面でも楽しめました。
<注意>(重要)
これから先は、実際にショーでやっていたマジックの紹介をします。現象もある程度詳しく書いてありますので、もしあなたがこれからマジック・ホールに行くつもりなら、読まないほうがよいかも知れません。現象を知ってしまうと、実際に見たときの驚きが幾分か減り、損をした気分にならないとも限りませんので、ご自分の判断で読むか読まないか決めて下さい。
日曜日は11時、1時30分、4時の3回公演が開かれている。
午後1時30分から始まるショーを見るため、開演30分くらい前から観客が入り口に列を作り出した頃、スタッフの一人が出てきて、バルーンの造形を見せてくれた。作ったのはたったひとつ、犬のプードルだけであるが、何が起きるのだろうと思わせる喋りがうまい。セリフの台本がよくねられているのがわかる。子供に手伝ってもらい、最後は作ったプードルをプレゼントして終わる。この後、会場へ入る。
席は234人分あり、指定席ではないのでどこに座ってもよい。私は最前列の中央に座った。
定刻になると、ショーの前にナポレオンズの小石氏による場内放送があり、マジックを見るときの「驚き方」について、一言あった。その後スタッフの若いマジシャンが出てきて簡単なマジックを見せてくれた。さらに「驚き方」の講習を実際にさせられ、「エーッ」「オーッ」と言わされたのは少々気恥ずかしい。
★布からの出現
フィル・ケラーが出てきて、中が空のパネルに立ち、下から布を引き上げるとふくらんできて、そのまま前方に進んでいく。
またもう一枚布を引き上げると同じように出現する。全部で三つ、そのようなものを出現させたあと、フィルはパネルの中に入ってしまう。パネルのカーテンを閉じてからしばらくして、再び開くと中からフィルが消えている。
三つ出現した布の中から一人ずつ女性が現れる。三つ目の布からはフィル自身が現れる。
このマジックも今ではよく知られるようになったが、先日あったランス・バートンはアメリカ先住民族の祈とう師が着ていた衣装を付けるという理由付けで、頭から帽子をかぶっていた。このほうが演じる側から言えば都合がよいのだが、フィルのはそのようなカバーはなく、一連の動作の中でその部分を処理していた。
初めてこれを見るとたいていの人は驚くが、二度、三度となると方法がダイレクトなだけに観客も気づくだろう。そこが演じる者にとってはつらいところかも知れない。
★人体切断
女性一人が立ったまま細長い箱にはいる。それを横にしてから鉄板で箱を9個に切断する。横にしたまま伸ばすと、9個に分けられた箱がそれぞれ完全にバラバラになっている。手と足の部分は見えており、分かれた箱から手や足が動いているのが見える。箱を再び元のように一つにしてから箱を開くと、女性が無事に出てくる。
★SIDE KICK
ドリームパルちゃんというキャラクターがステージに現れ、マジックを手伝う。
フィルがジャンボカードを手に持ち、客席に降りて行き、1枚のトランプを取ってもらい、覚えてもらう。その観客をステージに上げるときの指示の仕方がおもしろい。
舞台に上がってもらった観客にピストルをわたす。先ほどのカードはデックに戻してから、カードケースに入れ、テーブルの上に立てて置く。テーブルには1本のバラが一輪挿しに入って、飾られている。
観客にピストルでテーブルの上のカードをねらって撃ってもらうと、何度か予想外の現象が起きる。
最後は無事に観客のカードが出現する。
これはアメリカのコレクターズワークショップというメーカーが売り出している「サイド・キック」という売りネタである。それにフィルはプラスアルファの演出を加えて、一層楽しいものにしていた。
★頭の切断と移動
女性が椅子に座り、頭に木の箱をかぶせる。大きな刀で首を切断する。箱をずらせると体と頭が完全に離れている。その箱だけを持って、4,5メートル離れたところに置いてある台(下は透けて見えている)の上に置き、箱の扉を開けると女性の首から上だけがある。しかもその首は音楽に合わせて首を振り、歌っている。体も頭のないまま、リズムに合わせて踊っていた。
再び頭の部分を箱ごと体の上に持っていき、箱を開くと首のつながった女性がステージ前方に出てくる。これは大変不思議に見える。
★歌とダンス1
ここで女性3人のダンスと歌が入る。マジックの途中でこのようにマジックと直接関係のない演目が入るのは緊張を緩和させるためにも大変よい。4つも続けて不思議な現象を観ると、観客も驚きに慣れてしまうため、一息入れることで後のマジックを新鮮な気分で楽しむことができる。
★人体の貫通
フィルが金属の台に張り付けられているように両手を大きく広げて立つ。女性が背後に回り、フィルの背中あたりから手を突っ込むと、手がフィルのお腹を突き破って出てくる。最後は女性の全身がフィルのお腹を通り抜けて、前面に出てくる。
★女性の消失と出現
「女性を......消します」と書いた箱がある。箱のふた(前面)には青い色で女性の姿も描かれている。
青い衣装を着た女性が箱に入り、描いてあるポーズと同じ格好を箱の中でする。ふたを閉めた後、描いてある手の一部分をこすって消してから箱を開けると、女性の手も絵と同じように消えている。絵の足の部分を消すと、本当の足も消える。順に消していき、最後は全部消すと、中の女性も完全に消えている。
最後はもう一枚絵を持ってきて、「女性を......出します」と字の一部を変えると、中から女性が再び出現する。
★人体交換
暴れる人を取り押さえるときに使う拘束衣をフィルが着て、手が動かないように客にベルトで止めてもらう。木の箱に入り、中で大きな布の袋に入れられ、袋の口を縛る。箱のふたを閉めた後、女性が箱の上に登り、一瞬布で体をカバーすると、女性が突然フィルに変わる。箱を開けると、中から女性が出てくる。
これは2次会で、フィルを囲んで居酒屋で遊んでいるときフィル本人から聞いたことだが、この「人体交換」は、海外で演じると大変うけるのに、日本ではいまいちうけないのが不思議であったそうだ。日本では多くのマジシャンがやっていることもあり、今ではめずらしくもないことが最大の理由なのだが、やはり一瞬にして変わると、知っていても驚く。
★歌とダンス2
映画「タイタニック」の主題曲"MY HEART WILL GO ON"の歌と踊りがある。
★FAN(扇風機)
直径1メートルくらいの大きなファンが回っており、裏から手を突っ込むと手が回転している羽根を突き抜けて現れる。最後はフィルの全身が向こうからこちらに貫通してくる。
★人体浮揚
長さ2メートルくらいの2本の棒が、7、80センチの間隔で立っている。その間に椅子があり、椅子の上にあぐらをかいて座る。椅子を取りはずしてもフィルは浮かんでいる。そのうち二本の棒の間で、体が上昇し始める。
1.5メートルくらい上がったとき、棒の一本を取り除くが、まだ浮かんだままになっている。しばらくして再び静かに降りて来る。
★人間ブリッジ
観客の中から男性4名にステージまで出てもらう。4人が円を描くよう、椅子に座る。上半身を倒して、お互いの背中が他の人足(ももの部分)に乗るようにして寝る。椅子を順にはずして行くが、4つともはずしても体は床に落ちずに、微妙なバランスが保たれている。
実際にやらされる客は結構しんどいと思う。選ぶ観客が重要で、なるべく若くて腹筋の強そうな人を選ばないとあぶない。2回見たが、1回目のときは中年の男性が二人混ざっており、相当苦しそうだった。
これは宴会芸でやってもうけそうなので、覚えておくとよいかも知れない。ただヘタをすると崩れたとき頭を床にぶつける危険性もあるので、何度か練習して、実際にコツをつかんでからやった方がよい。
★人体浮揚
ティッシュペーパーのような紙で作ったバラを持って登場する。ステージの中央で手を離すと、バラが空中に浮かんでいる。火をつけると一瞬に燃え上がり、火の中からブレスレットが出現する。
フィルは高さ1メートルくらいの下がすけて見えている台の上に立ち、布を広げ、取り除くと、フィルの腰の辺りに女性が横になったまま浮かんだ状態で突然出現している。この部分が今回のショーの中で一番驚いた。
さらに女性は上昇し、また腰の高さあたりまで降りてくる。浮かんでいる女性に布をかぶせてから、フィルは台の下に降り、下から布を取り除くと今まで浮かんでいた女性が完全に消えてしまう。
フィルは先ほど出したブレスレットを持ち、ステージ中央でマントを広げて立つとマントの陰から消えた女性が出現する。ブレスレットを女性の腕につけてあげて去って行く。
<最後に>
大人2,000円(子供1,000円)という値段で、これだけのショーが生で見られたら大変安く、随分得をした気分になるはずです。内容はデビッド・カッパーフィールドがやっているものと重なるネタもいくつかありますが、裏を返せば、デビッド・カッパーフィールドのショーに匹敵するくらいのものがこの距離で、しかもこの値段で見られると思えば見逃す手はないでしょう。最近、金曜日は半額にしているという話も聞きました。それまで金曜日は空いていたのに、半額にすると観客がいっぺんに増えたそうです。
これだけの施設ができ、徐々に世間にも知られるようになってきた矢先で大変残念なのですが、今年の6月末でマジック・ホールは「常設」という形は終わります。専用ホールはなくなるかもわかりませんが、完全に終了するのではなく、マジックの灯は絶やさないよう、現在新たなことを検討中だそうです。
いずれにしましても、9ヶ月という短期間ではありましたが今回の経験は日本のマジック界にとって貴重な礎(いしずえ)になるはずです。このようなことを何度か積み重ねてゆくことで少しずつノウハウも蓄積され、旧態依然とした日本のマジック界ではありますが、このような経験を元に新たな可能性が感じられるようになってきたのは大変うれしいことです。
あとわずかしか日数も残っていませんので、もしあなたがまだ行っていないのでしたら、ぜひ一度行って、実際にどのようなものか確かめておいてください。
補足:6月25日の最終日まで、月曜、金曜は1回公演、 土曜、 日曜は3回公演です。
開演時間などに関しましては、電話かマジック・ホールのホームページで確認してください。
魔法都市の住人 マジェイア