書名 |
ロベルト・ジョビーの Robert Giobbi's |
著者 |
ロベルト・ジョビー(Robert Giobbi) 加藤友康 |
出版社 | 東京堂出版 |
価 格 | 4,000円(税別) |
発行年 | 2000年9月 |
分類 | カードマジック、技法書 |
2000年9月28日
カードマジックの技法書、『ロベルト・ジョビーのカード・カレッジ 第1巻』が、加藤友康氏の翻訳で東京堂出版から発売されました。オリジナルの『カード・カレッジ 第1巻』は、1992年にドイツで出版されました。第1巻だけでも250ページを越える厚い本です。
著者のロベルト・ジョビー氏は1990年のスイス国際マジック大会ではグランプリを受賞し、1988年、1991年のFISMでも最も優れたカーディシャンとして表彰されている研究家です。
1995年に英語に翻訳され、大変評判がよかったこともあり、これだけボリュームのある技法書でありながら、世界的なベストセラーになっています。英語版は現在(2000年9月)第4巻まで出ています。
技法を中心に解説した本はおもしろみのないものになりがちですが、これが世界的に見ても評判がよいのは、随所に著者のマジックに対する愛情が溢れており、行間からも著者の熱意が伝わってくるからでしょう。技法書としては大変めずらしいことです。
カードマジック関係の本は、マジックの専門書の中でも飛び抜けて数多く出版されています。しかし不思議なことに、技法を体系的に解説したものに限れば、きわめて少ないのが実状です。50年以上前に出版されたジーン・ヒューガード(Jean Hugard)とフレッド・ブロー(Fred Braue)の共著になる"Expert Card Technique"(1940)、"The Royal Road To Card Magic"(1949)が、今でもこの種のものとしては名著として読み継がれているくらいですから、いかに数少ないかわかると思います。
個人別のカードマジックの本や、特定の技法だけを解説したものは数多くありますが、一からカードマジックを勉強したい人が、基礎から中級あたりまで無理なく独習できる本はほとんどなかったのです。先のヒューガードの本が出版されてから50年以上過ぎていますから、今では多少は古くささを感じますが、それでもこれを越えるものが、これまでなかったことに驚いてしまいます。
この種の本が出版されなかったのにはいくつかの理由があります。ひとつには、技法の解説を文字で説明することの難しさがあるからです。
技法を詳しく解説しようとすればするほど、読む側にとってはわかりにくくなるものです。実際に本人の動作を見れば数秒でわかってしまうことが、文字ではどうしても伝えにくいこともあります。何気ない動き、タイミング、早さ、筋肉の緊張、視線、体の向き、このようなことまで含めて説明し始めると、ひとつの技法を解説するだけでも大変煩雑になってしまうことは避けられません。結局、読者は途中で読むのを諦めてしまうことになるでしょう。ある程度カードマジックをやっている人であれば想像力でカバーできても、初心者には詳しければ詳しいほど、かえってわけがわからないということにもなりがちです。
『カード・カレッジ 第1巻』は、どこまで詳しく解説するか、その部分のバランスがよいのです。これは著者であるジョビー氏が解説者として非凡なセンスを持っているからです。読者がどのあたりまでなら無理なくついてこられるか、それをわかった上で書いています。そして一通り解説した後で、「チェックポイント」をもうけ、もう一度整理しながら要点をまとめてくれています。最初の解説では書ききれなかったことや、後から説明したほうがよいことをここで補足しています。このような書き方をしてもらうと読む側は楽ですし、印象にも残ります。
体系的な技法書が近年出版されていなかったもうひとつの理由は、ここ20年ほどの間に、ビデオが大変な勢いで普及したこともあるでしょう。そのようなビデオ全盛の時代に、カードの技法を文字で解説しようという、その心意気に、私など無条件で拍手したくなります。ビデオは見ればすぐわかるのですが、実際にはわかったような気になっているだけです。頭の中でわかっただけではできるものではありません。
本で技法を学ぼうと思えば、文字を読みながらカードを実際に手に持って操作してみる必要があります。これはまどろっこしいようですが、このほうが理解も深まり、ビデオを見ているだけより時間は掛かっても、結局このほうが早く定着します。私自身、数多くの技法を本から学びましたが、今使っているものはすべて20年以上前に本からマスターしたものばかりです。ビデオを見て習得した技法は、ごく限られたものしかありません。
さらにどのような技法を紹介するか、その選択も簡単なようで実際にやってみると思いのほか、困難だろうと思います。「ダブル・リフト」ひとつでも、いったいどのくらいの方法があるかわかりません。
この第1巻では、「カードの持ち方」「カードの配り方」「カット」「ブレイク」「シャッフル」「フォールスカット」「カードコントロール」「グライド」「ダブルリフト」「カル」「トップチェンジ」他、基本の技法や、古くからある技法も数多く解説されています。それぞれの技法に、著者のちょっとしたアイディアが入っていますので、マニアが読んでも新たな発見があるはずです。
同じ目的の技法であっても、やさしくできるものと、もう少し高度なテクニックを必要なものの両方を解説してくれています。「フォース」を例にとれば、第5章で「クリス・クロス・フォース」他、やさしくできるものを、第15章では「クラシック・フォース」や「リフル・フォース」といった技術を必要とするものが解説されています。
「クラシック・フォース」はうまく行うと大変強力な武器になりますが、フォースの中では習得するのに最も時間のかかる技法です。他のフォースであれば、観客がいなくても練習できるのですが、クラシック・フォースは実際に観客に手伝ってもらわないと練習もできません。このため、アマチュアの場合どうしても練習不足になりがちです。また同じ人だけでは練習にならず、何人もの人で実際にやってみる必要があります。そのため失敗することもありますが、この本ではクラシック・フォースに失敗したときの逃げ道も書いてあります。このようなちょっとしたバックアップがあるかどうかが、初心者とエクスパートをわける境目になります。実際、このバックアップができていないと、クラシック・フォースは実用になりません。
「リフル・フォース」も昔からありますが、この本の英語版が出たあたりからでしょうか、観客に「ストップ」と言ってもらい、そこでブレイクを作った後、右手の指を前面からブレイクの部分に入れて、割れ目をはっきり見せます。その部分を大きく開いてから、上下に分ける方法が一般的になってきました。これは「リフル・フォース」にとっては確かに進歩だと思います。このような基本的な部分で、まだ改良される余地が残っていたこと自体、驚きました。従来の方法でも問題はないのですが、このほうが観客からみたとき、より強くイリュージョンを作り出します。
すでに相当な数の技法を知っているマニアからすると、この種の本はつい軽視しがちですが、じっくりと最初から読んでみることをお薦めします。これまでまったくカードマジックをやったことのない人でも、カードの持ち方、カードの配り方といった、最も基本の部分から解説されていますので、問題なく読みこなすことが出来ます。また各章には、そこで解説されている技法を使ったマジックも紹介されていますので、一冊読み終わったら、かなりの数のカードマジックができるようになっています。
全体では大変よくできた本ですが、勿論、完璧なものなどあるはずもありません。私から見ても、首をひねりたくなるものが一部含まれています。なぜジョビー氏がこのようなものを解説しているのか理解できないものもありますが、そのようなことを差し引いても、この本はすぐれた技法の解説書であることは間違いありません。
最後になりましたが、簡潔にして明瞭な翻訳をしてくださった加藤友康氏にもあつくお礼申し上げます。