書籍紹介

書名 Incomplete Works
著者 こざわまさゆき
出版社 マジックハウス
価 格 5380円
ページ 152ページ
ISBN なし
分類 コイン、カード、リング、ダイス

2011年4月12日


 



 こざわまさゆきさんの作品集がマジックハウスから発売されました。

 "Incomplete Works"と名付けられた作品集は、「完全ではない」という著者の謙遜もあるのでしょうが、Complete Works(全集)ともかけてあるそうです。どの作品もチャレンジングでありアグレッシブ、つまり挑戦的です。と言っても、観客に対する挑戦ではなく、自分自身や既存のマジックに対する挑戦です。

 たとえば"Hello World"があります。"Out of This World"のこざわさん流のチャレンジです。オリジナルの"Out of This World"では途中で一度ガイドカードを交換します。これをせずに、レギュラーデックを使い、最初から最後まで観客に配ってもらって赤と黒に分けようというテーマです。ガイドカードを交換しないアイディア自体は原案者のポール・カーリー自身、1975年に"NEVER IN A LIFETIME"という小冊子を出しています。私もギミックカードバージョンを考案しました。(『夢のクロースアップマジック劇場』に掲載)。この種の「改案」は、「あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず」ということになるのは仕方がないものの、こざわさんのハンドリングはバランスがよく、実用的だと思います。これはこざわさんのセンスの良さと、豊富な知識に裏打ちされているからこそ、可能になったのでしょう。ただのひらめきだけではありません。

 解説されている21の作品中、コインマジックが9種類、マトリックスコインが3種類含まれています。コインマジックは現象に変化を付けたつもりでも、どうしても単調になりがちです。それを避けるため、メンタルマジックや「\150 TRICK」など、ちょっと変わった雰囲気の現象を入れることで変化を付けています。「\150 TRICK」は見ている側からすると不協和音といってよいような、「理屈に合っているけれど、理屈に合わない」という奇妙な味のトリックです。

 スライハンドもネタも、必要とあればためらいもなく使っています。シェルを複数枚使うものがあるかと思えば、レギュラーコイン8枚を使ったコインアセンブリー(マトリックス)などがあります。4つの各コーナーに銀貨とチャイニーズコインを2枚ずつ置き、マトリックスを演じようというのですから、これだけでもどれだけ挑戦的か想像できると思います。この種のバリエーションは、マニアの自己満足に終わることが多いのですが、8枚も使いながら観客の立場で見ると、ほとんどストレスを感じません。大変わかりやすい現象になっています。

 コイン関係では他にも、ワイルドカードのコインバージョン、グラスに通うコイン、コインボックス、マニアにはおなじみの「3枚のコイン」などが紹介されています。ストレートな現象というより、ひとひねりしてあるものが多いため、演技者のキャラクターにも左右されそうです。

 私が個人的に好きなのは、Coin-cidenceです。
 銀貨、銅貨、チャイニーズコイン、小さい小銭入れを使います。これをそれぞれ二組用意し、観客に、左手、右手、財布に3枚のコインを入れてもらいます。勿論、マジシャンには見えないようにです。マジシャンも同じように3枚のコインを手と財布にコインを入れます。お互いに手を開くと、すべてが一致しています。

  数年前に海外で売り出されたネタでFree-Willというのがありました。
 木製のポーカーチップのような円盤を使うものです。三角、四角、星が描いてあり、ひとつを袋に、ひとつは観客が持ち、マジシャンもひとつ持ちます。これはすべて観客に指示してもらいます。最初からテーブルの上にあった予言の紙を広げると、すべての場所が予言されています。小品ですが、好きなネタです。これはちょっとしたギミックを使いますが、こざわさんの作品は仕掛けのないコインや財布で演じることができます。

 余談になりますが、やはり最近売り出された海外のネタでTriplexというものがあります。サイコロ、パチンコ玉くらいの大きさの金属球、透明なアクリル製の直径1cm、高さが4cmくらいの円柱を使います。観客にひとつを選んでもらいます。テーブルの上にはトランプが一枚立て掛けてあり、観客が選んだあと、そのトランプを前に倒すと、観客の選んだ品物が現れます。

 これもわずか三択ですので、予言としてはたいしたことはないかも知れませんが、気軽に演じられるため、私は気に入っています。

 カード関係は6種類、解説されています。

 その中で、EZACAANという不思議なタイトルのマジックがあります。タイトルだけではなんのことかわからないと思いますが、Easy Any Card at Any Numberの略でしょう。マニアが大好きなテーマです。一組のトランプの中から好きな一枚を言ってもらい、数字も1から52の間で言ってもらうと、その枚数目から観客の言ったカードが現れる例のものです。

 これはいったいどれくらいバリエーションがあるのかわからないくらい、数多く発表されています。こざわさんのソリューションは……、ここではちょっと書けません。読むと、「このタイプで、こんなことやっていいの?」と思うことでしょう。しかし実際に演じてみると、これは十分成立します。

 アンビシャスカードでティルトを使わない手順も興味深いと思います。ダローの"Ambitious Card Video"に解説されているさまざまな技法がベースになっています。マニアならたいてい、自分なりの手順を持っていると思います。この本にあったあるアイディアは、私も早速私取り入れたいと思いました。アンビシャスカードの場合、どこかで一度くらい、実際に観客にカードを手渡し、それをデックの真ん中あたりに入れてもらってもトップに上がってくるという現象を入れたくなるものです。解決方法はクラシックパスを使うなど、何通りかあると思いますが、ここで解説されている技法はホフジンザーの方法だそうです。

 こざわさんの本は、いろいろな意味で読み手に想像力を要求します。絵がきわめて少ないため、文章だけから現象を想像するのは勿論のこと、手順も文章を追っていく必要があります。しかし決してわかり難いということはありません。必要な情報はしっかり書かれています。挿絵がないとわかりにくいと思われる箇所は絵も入っています。

 他には、5本で行うリンキングリングや、ダイスカップと3個のダイスで演じるカップ・アンド・ボールのような手順が解説されています。これはマジックそのものは難しくありませんが、道具をそろえるのが難しいかも知れません。

 最初に述べましたが、とにかく全編を通して「挑戦的」なのです。技術的に難しいという意味ではなく、アイディアや道具も含めてチャレンジ精神にあふれています。それとある程度、前提となる知識も要求されます。初心者が読んですぐに理解できるほどやさしくはないものの、ひとつひとつのトリックに対するヒストリーも豊富ですので、中級以上の方であれば、隅から隅まで楽しめると思います。


INDEXindexへ 魔法都市入り口魔法都市入口へ
k-miwa@nisiq.net:Send Mail