駄々子瓢たん
1999/4/20
最初に20数年前、大阪駅前の地下街にときどき現れる街頭の手品師がいました。50センチ角程度の小さな折り畳みのテーブルを広げて、5,6種類のタネを実演販売していました。このおじさんの本職はマジシャンでなく、別にありました。プラスチックを型に流し込んで製品を作る町工場をやっていたのです。そのため、販売している製品もすべてプラスチック製です。
売っていたものは、火のついたタバコを拳のなかに入れて、数秒後手を開くとタバコが消えている「シガレットバニッシャー」、細長い板の両面に描いてある女性の絵が服を脱いでヌードになる「パドル」などと一緒に、高さが3,4センチの赤い瓢箪を売っていました。瓢箪もプラスチック製です。 「「駄々子瓢たん」という名前になっていたと思います。
現象
これはマジックと言うより、パズルと言ったほうがよいかも知れません。現象は大変シンプルです。高さ3,4センチの小さな瓢箪があり、底に「おもり」が入っているようで、いつも立っています。横にしても「起きあがり小坊師」のように、すぐに立ってしまいます。
ところが、このおじさんが横にすると、瓢箪は倒れたままになっており、立ちません。観客がいくらやっても、絶対に横にならないのに、おじさんが寝かすと簡単に横になってしまいます。瓢箪はいくら調べても、何も怪しいところはありません。
コメント
私は、これのタネを昔から知っていたのですが、はじめてこのおじさんが実演しているのを見たとき、同じタネとは思えませんでした。値段は当時で200円か300円程度のものでしたから、瓢箪に複雑な仕掛けがあるはずもないのに全然わからないのです。購入してみると、ネタ自体はやはり昔からあるものと変わりません。確かに同じものなのに、「あの部分」をどうやって処理しているのかわからないのです。
このおじさんは毎日来ているわけはなく、気が向いたら店を出すような人でしたから、いつも会えるとは限りません。見かけたときはいつもしばらく見物していましたが、いくら見ても、「あのタネ」をいつ取ってきて、どこへ隠しているのかわからないのです。このおじさんは普段、工場で働いているので、油で黒ずんだ相当ごつい手をしていました。小さなものなら充分隠せるくらいの手でしたが、いくら注意深く眺めていても、隠している気配がありません。
当時、阪神百貨店のマジックコーナーでディーラーをしていたジョニー・広瀬氏はこのおじさんとも付き合いがあり、広瀬さんから「おじさんの秘密」を聞いたときは驚きました。
このおじさんはもう引退しているので、タネをバラしてもよいと思いますので書きますがが、「口」を使っていたのです。何げない動作で、顔を拭いたり、せき払いをする動作のうちに、口から「あのネタ」をスティールしてきて、また口の中に戻していたのです。(笑)
最後に
おじさんが売っていた瓢箪は、今私の手元にはありません。これと同じ原理、同じ現象のものが左の写真に写っている一輪挿しのようなつぼです。これはこのおじさんの製品ではなく、たぶんミカメクラフトのものだと思います。木製で、見た目はこのほうがきれいですが、ネタを口からスティールするにはちょっとこれではまずいのです。原理は同じなのですが、ネタの形が少し違うため、口からのスティールはやりにくいのです。口からスティールしないのであれば問題ありません。
このマジックを普通の人が見せるのであれば何も口を使う必要はありません。あれは周りを観客に囲まれた状態で、タネを処理しなければならない街頭手品師があみ出した苦肉の策でしょう。
しかし、これはちょっとしたアイディアで、よく知られたマジックでも、マニアでさえ驚くようなマジックになることを教えてくれるよい見本でしょう。少し自分なりのアイディアを付け加えることで、使えるネタになることを教えてくれます。観客を驚かせるためには、いつでも臨戦態勢でないとダメなのです。
スライディーニと一緒に食事をし、そこでスライディーニから「紙ナプキンの復活」を見せてもらうと、タネを知っていても、スライディーニが一体いつタネをスティールしてきたのかまったくわからないそうです。
スライディーニは今までの経験で、誰かと食事をしていると、そのうち誰かからマジックを見せて欲しいとリクエストされるのがわかっていました。そのため、席についたときからすでにある場所にネタを隠していたのです。