2000/1/4
天井で変わるカード
2000年にちなんで、「ミレニアム版ボツネタ大賞」を選びました。昨年1年間のワーストではなく、この1000年間のワースト大賞です。と言うのは冗談ですが、それに近いものです。
今から10年前の1990年、私はパソコン通信のNIFTYに入っていました。そこにはFMAGICというマジック関係のフォーラムがありました。(現在もあります)
当時は、現在私がやっているような「商品紹介」のようなものはなく、せいぜい、ショップのカタログに書いてある宣伝文句をそのまま紹介しているだけのものでした。私はこれが不満で、あるネタを買ったのなら、買った人の率直な感想が知りたかったのです。勿論その方の好みや主観に左右されますが、それは全然問題になりません。カタログに載っているものだけを紹介してもらっても、すでにカタログを持っている人にとっては役に立ちません。
『暮らしの手帳』という、商品紹介を中心にした雑誌があります。大変古くからある雑誌です。この雑誌には広告がありません。雑誌を発行してゆくためには、発行部数とともに、広告収入がどれだけあるかが成否を決めてしまいます。広告収入が少ないと出し続けることはできません。しかしどこかの企業から広告をもらうと、その企業の製品を厳しく批判することは難しくなります。そのような弊害を極力排除するため、『暮らしの手帖』は一切の広告を載せず、雑誌自体の売り上げだけで発行していました。特定のスポンサーがないので、遠慮なく製品の比較、検討ができます。
このようなことを私もウリネタの紹介でやりたかったのです。今では珍しくもありませんが、10年前に始めたときは、このようなことでも一部の人からは反対されました。マジックのタネは演じる人によっておもしろくもつまらなくもなるので、個人の主観で紹介するのはまずいのではないかと言うことでした。
しかし、そのようなことを言い出せば、本の紹介でも、映画や芝居でも同じことです。ひとつの作品に対して、いろいろな人の意見が聞けるに越したことはありません。それで現在、私が「魔法都市案内」の中でやっている「商品紹介」のフォーマットを作り、数年間、いくつかの商品を紹介しました。「魔法都市案内」を開いてからはこちらに書くようになりましたので、今はFMAGICにはご無沙汰していますが、他の方が今でもときどきそのフォーマットで商品紹介をしてくださっているようです。
今回紹介します「ミレニアム版ボツネタ大賞」は、10年前、FMAGICに書き出した頃、1回目か2回目くらいに書いたものです。このようなふざけたネタがあるので、余計に商品紹介を始めたくなりました。
当時FMAGICに書いた原稿に加筆訂正をしましたが、大筋はそのままです。
「俺は頭に来ている......」
「何を怒っているんだい?」
「よくまあ、こんなものを売り出しやがったと思って、むかついている」
「また使いものにならないものを買ってしまったのかい?」
「冗談じゃないよ。いまさら使いものにならないネタなんかで、いちいち腹をたてるほど俺はシロウトじゃないよ」
「そうだよな、君んとこの押入には買ったきりで一度もやったこともないネタが腐るほどあるからな。じゃ、いったい何を怒っているの?」
「まあ腹のたつ理由は色々あるけどさ、この手品は電気仕掛のびっくり箱だよ」
「近ごろ流行りのハイテクネタかい?」
「ハイテクだろうとローテクだろうと、現象さえよければ文句はないんだが、頭に来たのはカタログに書いてあることと、実際に出来ることの間に差がありすぎるんだ」
「へえー、カタログにはどんなふうになっているんだい?」
<天井で入替わるカード>
客のカードが天井に出現した後に、突然別なカードに入れ替わってしまう。まさに強烈な現象である。
「これを読んでどう思う?こんなことが本当にできたらすごいと思うだろう?観客に選んでもらったトランプが何もなかった天井に突然現れ、しかもそのトランプが別のトランプに変わるんだよ」
「そうだな。でも実際はできないの?」
「いや、ウソは書いてないんだよ。ただちょっとした省略があるだけでね」
「手品の宣伝で、ちょっとした省略がないものなんて今までにあったかい?」
「いや、それもわかっているつもりだよ。でもこれはひどいんだ」
「どこが省略されているの?」
「まず、『客のカードが天井に出現した』の部分だけど、これは客にサインでもさせたカードが本当に出現すると思わないか?しかも最初は何もなかった天井にだよ」
「そうだね。でも実際は出来ないんだね」
「出来ませんよ。前もって天井にカードをしっかりと貼り付けておくんですよ」
「ふーん、じゃ、どこででも出来るってわけじゃないんだな。しかし、それくらいなら、アンビシャス・カードの最後で客のトランプが天井に張り付いているっていう演出があるけど、あれだって前もって張り付けておくけど、たいていみんな気がつかないよ」
「まあ、一枚のカードを前もって張り付けるくらいなら、俺にだって出来ないことはないと思うけどね」
「他にも準備がいるの?」
「いるいる。いりますよ。スゲーめんどうな準備がいるよ。内装関係のバイトで天井から針金を張りめぐらした経験でもあるか、電気工事で天井裏をはいずり回ったことでもあるならできないこともないだろうけどね」
「ほうー、それは大変だな。しかし、自分の家でやるんだったら、前もって準備くらいできるんだろう?天井でトランプが変わるなんて、ちょっとすごいじゃないか。それくらいの準備は『鳩出し』の準備に比べれば楽なもんだろう。観客にサービスするのに手間暇かけるのをおしんでいたんじゃ芸人としては失格じゃないか?」
「冗談じゃないよ。俺だって素人芸人とはいえ、客に喜んでもらえるならカードの代わりに俺が天井に貼りついてもいいと思ってる」
「そりゃいいわ。君のどんな手品よりも受けるだろうな。スローモーションフォーエースやブックテストよりもうけるぜ。毎月、毎月、凝りもせず、使えないネタを買う金と暇があるんならそれを練習しろよ。『天井にへばりつく男』、または『マン・オン・ザ・シーリング』。これは絶対いいぞ」
「そのうち忍者修業でもやるよ」
「そうそう、それくらいの根性があるのなら、その程度の準備には目をつぶったらどうだい」
「それだよ、それ。俺が怒っているのは」
「うん?」
「俺が一番頭にきたのは、その目をつぶるってとこなんだよ」
「なんで目をつぶるってことにそんなに腹を立てるんだい」
「俺が目をつぶるんならいいんだよ。しかしこの手品は客に目をつぶらせるんだ」
「客に目をつぶらせる?!どういうこと?」
「最初に二人の観客にトランプをとってもらい、覚えてもらったらそれをデックの中にもどすのだけど、その後、このトランプをデックから5秒以内で消してみせるんだ。その部分で、観客全員に目をつぶってもらうんだって。マジシャンはその間にこっそり抜き出して、ポケットにしまうんだけどね。何かを消すのに、客に目をつぶらせるなんて、小さい子供が手に持ったミカンを消すのに、目をつぶってくれって頼まれたことはあるけど、まさか大人相手にこんなことを頼むなんて信じられるか?」
ざっと、このようなものでした。とにかく、これをやるためには、前もって天井に1枚(本当は2枚)のトランプを張り付け、しかもただ張り付けるだけでなく、ジャリまで一緒に張り巡らし、それを観客に演技が始まるまで気づかれないようにしなければなりません。これがどれほど大変なことか、マジックをやっていない人でも想像できると思います。
海外のネタですが、日本では某ショップが売り出していました。10年前で、28,000円です。 10年たってみると、このギミックそのものは使えないこともないと思えるようになってきました。先の「天井で変化するカード」は今でも無理ですが、他に色々使えます。当時、日本のカタログに載っていた現象としては、「天井で変化するカード」が一番強烈でしたので、これにだまされて買った人がだいぶいるはずです。今ならこんなものをつかまされた日には、速攻で「商品紹介」に書いているでしょう。
天井でカードを変化させるのは無理ですが、テーブルの上にあるものをこっそり消したり、変化させるのであれば、少し考えれば使えそうです。