ヴェネチアの涙
2001/2/20
沢浩氏のマジックに「なみだ」という作品があります。(1973年、第六回石田天海賞受賞記念『沢 浩 作品集』、石田天海賞委員会発行)
これにはガラスでできた「涙」を使います。今ではこの作品集自体、手に入れにくいと思いますので、ご存じない方のほうが多いでしょう。現象を簡単に説明しておきます。
マジシャンはカードを一枚観客に取ってもらい、それを当てるマジックをします。ところがマジシャンが抜き出したカードは観客のカードではなかったのです。失敗です。当てられなかったので、マジシャンは突然泣きだします。テーブルにこぼれた涙を両手で集めて、ゆっくりと絞り出すと、長さが5センチくらいの、ガラスでできた涙になって手の間から出てきます。
このガラスの涙で先ほどのカードをたたくと、観客のカードに変化します。
カード当ての部分は、実際にはもう少し凝った演出になっていますが、そのあたりはどうにでもなります。面白いのは手から大きなガラスの涙が現れる部分です。1973年にこの作品集が出てから、機会があればやってみたいと思いながら、ガラスの涙なんて普通見つかりません。沢さんご自身はシャンデリアの一部に使われているガラスを使っておられるそうです。
機会があればいつも「ガラスの涙」として使えるものを探していましたが、残念ながら日本では適当なものを見つけることはできませんでした。イタリアのヴェネチアに行ったとき、ここはガラス工芸でもよく知られていますので、工場に行ってつくってもらうかと思ったくらいです。映画『旅情』のなかで、キャサリン・ヘップバーン扮する女性が骨董品屋の棚にある赤いヴェネチアングラスが気に入り、店内に入る場面がありました。このようなグラスを作っているところを見せてくれる工房も少なくありません。しかしこのときは時間もなかったため、イタリアでは結局頼まずに帰ってきました。先の作品集が出てから、もう30年近く経ってしまいました。
ところがつい先日、大阪の高島屋百貨店で「職人たちのヨーロッパ展」と題した実演・販売の催しがありました。イギリスの「ミントン」、ドイツの「マイセン」(磁器)、デンマークの「ジョージ・ジェンセン」(銀製品)他、数多くの職人が来ていました。そのなかに、ヴェネチアガラスの職人、ディーノ・フッセーロ氏がいました。フッセーロ氏は棒状の色ガラスを熱して、飴細工のように曲げたり、色を混ぜたりしながら自由自在にガラスを細工していました。驚くほど細かい作業も難なくやっているのをながめていると、この人なら「涙」くらい、リクエストしたら作ってくれるような気がしました。
断られても元々だと思い、絵を描いて説明すると、すぐにOKと言ってくれたのです。あまりにも簡単に引き受けてくれたものですから、拍子抜けしたくらいです。画面の一番上にあった写真がその「涙」です。私自身、大変気に入ったので、「ヴェネチアの涙」と名付けました。
ついでに、マジシャンが帽子からウサギを出している絵も描いて、これも作って欲しいと頼んでみました。これは「涙」よりも格段に難しそうですが、見本として並べてある作品には、燕尾服を着て楽器を演奏しているオーケストラの人形がありましたので、何とかなるだろうと思ったのです。絵を描いて説明してみると、これも快く引き受けてくれました。何でも頼んでみるものです。
「涙」は7、8分で、マジシャンは15分くらいで作ってもらえました。 マジシャンの高さは5センチ程度です。