1998/9/27
Three
Shell Game
「スリー・シェル・ゲーム」(Three Shell Game)と呼ばれる、古くからあるイカサマのゲームがあります。現在、最も一般的なものは、3個のクルミの殻と小さな豆を1個使うタイプのものでしょう。豆を、3つある殻の一つでカバーします。この時点では一列に並んだ殻のどこにあるかはわかっています。それを2,3度動かし、豆の入っている殻がどれか当てることができたら、賭けた金額を2倍にして返してくれるという一種のギャンブルです。しかし、これはギャンブルと言うより、完全なイカサマです。今でもニューヨークの街角などで、折り畳みのテーブルを組み立て、これをやっている場面に出会うことは珍しくありません。見るからに怪しげなオヤジが胴元です。周りには観客を装ったサクラが数名たむろしています。
最初、胴元の仲間である「サクラ」が実際にやってみせて、いかに簡単に当たるかをアピールします。大抵、掛け金の2倍を受け取ることができますから、横で見ていると、じゃ、私もやってみようという客が出てきます。特に田舎から出てきたばかりの人で、このゲームのことをまったく知らない人などがターゲットにされます。簡単だと思って実際に賭けてみると、見事にはずれ、掛け金を巻き上げられます。
このようなゲームが「スリー・シェル・ゲーム」といわれるものです。今ではクルミの殻を使うものが普通なのですが、昔は「シンブル」、つまり西洋の「指ぬき」を使っていました。刺しゅうをするとき、針を押すために指先につける金属や革でできた小さなキャップのようなものです。これを使って行われていました。チャールズ・ディケンズが1800年代のイギリスの競馬場の様子を書いた本の中に、このシンブルを使ったイカサマの場面を書いているそうです。シンブルを使っていたので、当時は"Thimble-Rig"と呼ばれていました。
ギャンブラーの世界とマジックの世界は裏でこっそりつながっている部分がよくあり、「技術提携」も珍しくありません。このゲームも、マジックの世界では昔からよく知られていました。実際にマジシャンが「スリー・シェル・ゲーム」を演じているビデオも何本かあります。しかし、どれを見てもおもしろくなかったのです。やってみたいと思えるようなものは皆無でした。これは元来マジックではなく、ギャンブルですから、見せ方を工夫しないことにはマジックとしては芸になりません。ただ観客に当てさせるだけではどうってこともない「当てもの」になってしまいます。本当にこれで食っているようなスリー・シェル・ゲームのプロが実演しているところをビデオに撮ることができたらおもしろいと思うのですが、さすがにそれは無理です。
以前、大阪奇術愛好会のメンバーとこのゲームについて話をしていたとき、三田さんから勧められたビデオが2本ありました。それを見せていただくと、これが想像していた以上におもしろいのです。
1本目はSTEVENS MAGIC EMPORIUMから出ているもので、国別でマジシャンを紹介しているシリーズのひとつ、"Magic of Germany"です。その中で、Jorg Weberという若いマジシャンがやっていました。
初めてこれを見たとき、ことごとく引っかかりました。一番出てきそうにない殻の下から豆が現れるのです。完全なマジックです。時間も3,4分程度で、これならマジックをやっている人が自分のレパートリーにしても無理なくできます。
もう1本はA-1 MULTIMEDIAから出ている"The Phil Cass Video"です。このPhil Cassというマジシャンはオーストラリアでは最も有名なマジシャンだそうです。このビデオでは彼が長年得意にしているマジックを2つだけ演じて解説しています。そのひとつがスリー・シェル・ゲームです。最初、これを見たとき、夜、横になりながら見ていたので、始まってしばらくしたら寝てしまいました。目が覚めたのが30分後で、テレビを見るとまだスリー・シェルをやっていますから、解説をしているのだろうと思いました。ところが、実際はまださっきの続きで、延々とスリー・シェルをやっていたのです。正味、20数分やっています。これを見たとき、いくらなんでもワン・トリックに20数分もかけるなんて、これだけでくだらないと決めつけていました。ところが、後日、もう一度最初から見直してみると、これが思っていた以上にすばらしいのです。実際に無茶苦茶ウケていますし、また観客とのやりとりが絶妙なのです。おまけに最後のクライマックスでは、観客自身に豆の上に殻をかぶせさせて、さらに小さなプラスチックの容器を殻の上にかぶせ、絶対に手が触れられないようにしておきます。他の殻(この最後の手順では殻は2個しか使いません)の下には何もないことを確認させた上で、殻をおいて、さらにその上に透明なグラスをかぶせておきます。このような状態で、最後はグラスの下のシェルから豆が現れます。
このフィル・キャスの手順はすばらしく、また解説も大変親切で、技術的な面ばかりでなく心理的な面のアドバイスも懇切丁寧です。全部で90分のビデオで、スリーシェルの演技と解説だけで60分くらいは費やしています。ただ、これはすばらしいのですが、実際にマスターしようとすると難しい面が多々あります。一つは彼の手順は観客とのやりとりが中心になりますので、練習は実際に観客を相手にしながらやって行くしかないのです。ちょうど、「クラシック・フォース」の練習を一人ではできないように、どうしても観客相手に実演しながら、徐々にマスターして行くしかないのです。フィル・キャスは起こりそうな様々なトラブルについても、彼自身の経験から言及してくれています。
例えば、「観客がだれもこのゲームに参加してくれなかったら」とか、「当たりのシェル」を指摘されたときの対処方法とかです。実践的なアドバイスが豊富にあります。
スリー・シェル・モンテがマジシャンにとって難しいのは、最初に言ったように「ただの当てもの」として演じてしまうと、マジックにはならないし、と言って、ギャンブルでもなく、何とも中途半端な芸になってしまうからです。見せ方としてはいくつか考えられますが、まず演者自信がどのような主旨でこれを演じたいのかをはっきりさせておく必要があります。それがないと、何を見せたいのかわからない中途半端な演技になります。
1.ギャンブラー、またはイカサマの手口を教えるということでレクチャー形式で見せる。これは演じる側からすると楽ですが、見ていてあまり楽しくありません。
2.完全にマジックにしてしまう。つまり、観客とのやり取りというより、絶対あり得ないシェルから豆を出現させることで、ギャンブルというより「不思議な現象」にしてしまう。これの典型的な例がJorg Weberの手順です。マジシャンにはこれを一番お勧めします。
3.本当に観客に賭けさせるつもりで、きわめて挑戦的に迫る。フィル・キャスがそうなのですが、これは一朝一夕にはマスターできません。でも彼のビデオで得るところは多々ありますから、もしあなたがスリー・シェル・ゲームをレパートリーに入れたいのでしたら今回紹介した2本のビデオは必見です。
またこれに使うクルミのシェルは何種類か売り出されています。プラスチックのものや、金属製など色々ありますが、自分でクルミを買ってきて、二つに割って使っても十分です。多少、中をくり抜いたりして加工する必要があるでしょうがそれほど手間でもありません。くり抜いた後に、エポキシ系の接着剤を塗っておくと補強にもなり、内部もスムースになります。
販売されているシェルでは、本物のクルミにマグネットを仕込んだものもあります。豆にもマグネットが入っており、普通のスリーシェルではできないようなこともできます。しかし、これはあまりお勧めしません。
シェルに関しては、私はすでに何組か持っていましたが、つい先日、L&L Publishingから送られた来たカタログに載っていた"The Golden Shell"($100.00)も買ってしまいました。上の写真がそれです。大きさは普通のクルミと同じですが、金属製で金メッキがされています。特別な仕掛けはありませんが、重さや角度などがスリー・シェル・ゲームを演じるのに、大変スムースに豆の出し入れができるように細かいところまで気を配ってデザインされています。また、添付されている緑の豆も扱いやすく、さらにすり替えようの豆まで付いています。これを使うと、観客がシェルの中に豆を入れて動かしても、外に出ません。当初、マニアのコレクターズアイテムの一つかと思っていましたが、実際に使ってみると、大変使い勝手のよいセットです。洒落たレストランなどで見せるのであれば、キンピカのシェルをペンダントなどを買ったときついてくる布の袋などから取り出し、テーブルの上に並べると、それなりの雰囲気になるから不思議です。本物のクルミで作ったシェルもいかにも即席という感じで悪くないのですが、このようなちょっと豪勢な雰囲気の道具も悪くありません。
同じL&Lのカタログにはモンテに関して、以下の2冊が載っていました。
Street Monte Book ($19.95)
Monte too Book ($19.95)どちらも様々なモンテ形式のギャンブルを解説したものです。スリー・シェル・モンテは"Street Monte Book"に載っています。薄い本ですが、スリーシェル・モンテに役立つ技法なども載っていますので、買っておいて損はありません。
★ちょっと長い一言
シンブルやクルミの殻以外では、紙コップを使ったもの、瓶のふたなども使われます。また、マッチ箱やタバコの箱を3つ使い、箱のひとつだけ、裏側に直径2センチ程度の穴を開けたものを使う場合もあります。その穴の開いた箱を当てることができたら勝ちです。これは私も今から20年ほど前、現オリックス、元の阪急ブレーブスのホームグラウンドである西宮球場のそばで見たことがあります。
当時、西宮球場は野球のない時は競輪場としても使われており、そのとき、近辺には何とも怪しげ人達が集まっていました。競輪や競馬の予想本を売ったり、「お告げ」で当たり馬券(車検?)を教えるおばさんとか、いかにもその筋とわかる連中が大勢いたのです。私が偶然通り掛かったとき、文献でしかお目にかかれないだろうと思っていたイカサマに遭遇できたので、すぐに寄って行き、しばらく眺めていました。セオリーどおり、仲間が何人おり、その人達が賭けてお金をもらっています。競輪場のそばですから、中には競輪で稼いだ人もいるようで、その連中を引っかけるのが目的でしょう。1,000円賭ければ2,000円になって、10,000円賭ければ20,000円になって返ってくるのを見ていると、ついつられて手を出すカモがいるようです。
だれかサクラ以外の人が賭けないかと見ていましたら、ついに出てきてくれました。2,3回、このおじさんが負けた後、今度は別のオヤジがやはり賭けました。ところがこのオヤジはただ者ではなさそうで、「正解」に賭けたのです。このままだと、胴元が負けます。スリー・シェル・ゲームの場合は、当てられてからでもテクニックですり替える技法があるのですが、ピースの箱に穴が開けてあるタイプではそのようなこともできません。どうしたと思います?なんと、仲間の一人が、他の場所に賭けたのです。しかも賭けた金額は最初のオヤジの倍、2万円くらい賭けていました。そこは「負け」の場所なのですが、これを見た胴元は最初のオヤジに向かって、「旦那さん、悪いけど、こっちのお客さんの方が金額が大きいので、こっちの方と勝負しまっさ」と言い、最初のオヤジにはお金を返し、降りてもらったのです。勿論、後の「客」は負けですが、どうせ仲間ですから後で精算するのでしょう。
このようなテクニックは、この世界ではよく知られた方法のようですが、私はそのときまで、そのような裏技があることを知らなかったので、妙に感激しました。これを見ただけで、随分得をしたような気分になりました。しばく見ていると、胴元のオヤジが私に向かって、「兄ちゃんもひとつ小遣い稼いでいったらどうや」と言ってきたのです。これ以上、ここにいるとやばい雰囲気だとわかりましたから、、もう潮時と、その場を離れました。
くれぐれも言っておきますが、このようなギャンブルをどこかで見かけても絶対手を出さないでください。必ず負けますし、ヘタに勝つと、後で怪しげな男数名に囲まれ、財布ごと巻き上げられたりしますから、しばらく眺めていて、こっちに振られたその場を離れるか、最初から、2,3千円負ける気で、負けのところや当たりのところに賭けてみて、どんな技術を見せてくれるのか授業料のつもりで、やってみるのも悪くありません。しかし、財布から取り出したりしたら絶対ダメです。掛け金は前もってポケットにでも突っ込んでおいて、そこから無造作に取り出すことです。でも重ねて言っておきますが、この種のものは手を出さない方が賢明です。ヘタに勝ったりすると、後で絶対、何かの難癖を付けられます。
もう一つ、このタイプのイカサマでは、3枚のトランプを使うものもあります。こちらは「スリー・カード・モンテ」(Three Card Monte)と呼ばれるもので、テレビなどでも星野氏(トランプマン)やジョニー・広瀬氏などがエースを当てさせるのをご覧になった方も多いはずです。
★スリー・カード・モンテで儲けた話
昨年、大阪在住の知人のマジシャンがバイトでトランプマンのようなことをやっていました。ある出版社のイベントで、本屋の店頭で宣伝中の雑誌を買うと、このゲームに参加できるのです。3枚のトランプからエースを当てたら景品がもらえるというゲームです。スリー・カード・モンテなのですが、私が行くことを前もって言っておいたら、マニアを引っかけてやろうと、「裏の裏」をついてきました。私はそれも前日から予想しており、「裏の裏の裏」で行ってやろうと思い、それでやったら見事に当たりました。(笑)景品として時計をもらいました。マジックをやっていると役に立つこともあるでしょう。なお、トランプマン役のS氏に言わせると、「裏の裏の裏の裏」をやったので、偶然当たったのだと悔しがっていました。(笑)
Thanks>Mr. Richard.