真の学力向上にせまる

フィンランドの教育から学ぶもの

 6月20日、竹ノ塚センターホールにおいて、足教組の教研集会が開かれ、早稲田大学名誉教授の中嶋博さんより、フィンランドの教育が、世界のトップクラスとなった教訓とヘルシンキ大学で実践してきた内容について講演がありました。今回、中嶋先生の講演要旨をお知らせします。

 

中嶋先生の記念講演全文

 

 ■OECD(経済協力開発機構)が始めたPISAー学習到達度調査

 3年ごとに行われるこのテストの2003年調査には、41カ国・地域から276千人の15歳が参加しました。その結果が発表されたのが、2004年11月。日本の順位は2000年に比べ下がり、始まったばかりだった「総合的学習」「ゆとり教育」に矛先が向いています。

 調査の中で世界1位だったフィンランドは、読解力と科学的リテラシーで1位、問題解決能力で3位。そのフィンランドの教育とOECD調査に詳しい中嶋博教授は、教育関係者や研究者を対象に行われたOECD主催の講演会『OECD/PISA、教育大国フィンランドと日本の課題』で、「フィンランドの教育は、総合制教育の賜物である」と語りました。

 

■PISAの目的

  1980年代、韓国や日本の子どもたちは数学のテストでいつも上位を占めていました。

 しかし、OECDは「なんらかの犠牲の上で高得点を得ているのではないか」「これからの社会で役に立つのだろうか」と疑問を持ち、今後は「クロス・カリキュラム・コンピタンス、すなわち問題解決、批判的思考、コミュニケーション能力、忍耐、自信といった教科を横断した能力が大事である」と考え、その能力をはかるための研究を始めました。94年の国際公教育会議で、「教育は人権を尊重し、権利の擁護に積極的に取り組み、平和と民主主義の文化の創造へと導く知識、価値、態度、技能を促進すべきだ」と宣言しました。これを受けて、OECDは生き抜くための道具としてのクロス・カリキュラム・コンピタンスの研究と開発を始めました。試行錯誤の結果できたPISAは、「若い成人が未来の調査に対処すべく十分に準備されているかどうか。分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるか。生涯を通して学習を継続的にできる能力を身につけているだろうか。」という考えに基づき、「独立した個人の育成」のための教育をはかるテストとして作られました。人間関係や生活の中でもっと重要となるコミュニケーション能力や、国の枠を超えた問題解決への対応能力など、21世紀に求められる基礎基本を身につけていることが求められるテストなのです。

1位になったフィンランドの教育

 フィンランドは、今回発表された2003年度の調査で読解力と科学リテラシーで1位、数学的リテラシーで2位、問題解決能力で3位と、総合でトップになりました。フィンランドでは、PISAの結果が出た次の日、『総合制教育の勝利である』と文部省のコメントが出されました。その総合教育の中核とされてあげられた要因は         

○「教育の機会平等」

○「差別の皆無」

○「非選別的教育」

○「学習への個人的支援と福祉」

○「順位付けやテストをしない」

○「無償の教育」

○「地方自治体の自由の保障」

○「教師の自立性の保障」

などを中心とした11ヶ条の方針でした。

 PISAの結果を受けて、日本国内では「ゆとり教育」「総合的な学習」への見直しの声が出ていますが、それには疑問を感じています。基礎・基本は大事ですが、これまでの暗記、詰め込み学習に戻すことで解決されるのでしょうか。フィンランドは、授業時間を増やして1位になったわけではありません。日本はPISA実施国の中では、授業時間は1番多い方で、フィンランドは逆に最短グループの中にいます。

 フィンランドの教育の特徴は、「グループ学習」「少人数学習」「個別指導」「環境教育」、そして「日常生活から生まれる教育」が徹底されていることにあり、落ちこぼれを防ぐあらゆる手段が講じられています。

■フィンランドの教育改革

 フィンランドでは、1990年代に総合教育の拡大と地方への学校管理の移行を目的に、教育改革がされました。中央政府での教科書検定を廃止し、学習指導要領も10分の1に減らしたのです。これによって、現場の教師に指導内容の設定などが任され、学校はよりそれぞれの特色が出せるようになると同時に、授業の充実に力を入れるようになりました。

 1995年の国内の学力調査で8年生(中学2年生相当)の読解力が落ちたという結果が出た際にも、授業時間や課題を増やして改善するのではなく、次の2年間の1996年と1997年を読解力の年として、学校図書室の充実や新聞協会との協力、そして作家を小中学校に招いて、子ども達に話をしてもらうなど、子ども達に楽しみながら力をつけてもらおうという改善策を実行しました。授業時間は一切増やさずに、子ども達中心の授業を作る、それがフィンランドの教育政策なのです。

 昨年告示された新しい学習指導要領でも、「21世紀を生きていく人間を育てていく為の生涯教育」を目標に、総合制の徹底を図ることが中心におかれています。その総合制の内容として文部省がテーマに挙げている内容とは、「個人的な成長」「文化的同一性と国際化」「起業家精神」「コミュニケーションとメディア技術」「人間とテクノロジー」「環境への配慮・福祉」「安全と交通」など実社会を考えた7つのテーマとなっています。

■教員養成

 フィンランドの文部省が、カリキュラムに加えて重視しているのは、教師の養成です。「教師とは、祖国文化の担い手であり、国際文化理解に長ける人物、専門能力の高い人格者でなくてはいけない」という考えのもと、教師になる為には大学修士課程以上を終えていること、教育以外にも他の各分野を広く履修することを求めています。これまで中等教育の教師は特に多くの分野で学んだ経験があるものがふさわしいとされてきましたが、近年では早期教育の見直しから幼稚園や小学校の低学年を教えるものは更に高い能力を持つほうが好ましいという考えも加わってきています。大学では、合計160週間の授業を取らなくてはならないので、4年間では終わらずに5年間かけ授業を履修し、半年間の実習も義務付けられています。外国語の教師になるものには、1学期程度の留学も定められているのです。1960年代の不況で教師の給料が滞った際にも、『国会議員の賃金よりも、子どもを教える教師を優先するべきである』とストライキが起こったほど、教師の役割を重んじる社会が教育を支えているのです。それを象徴するかのように、今でも子どものなりたい職業の1位は、教師なのです。

 フィンランドの子どもたちは毎日元気に学校に通い、授業中もどんどん手を上げて発言したり、質問が途絶えない明るい授業。ITが広まっている情報社会普及度、世界トップのフィンランド。携帯電話の普及率も世界トップ。コンピューターの授業への導入もいち早く行っており、小学校で授業を担当している先生は、「コンピューターの授業でも、難しいことをやるより、実社会で役に立つことを教えるのが重要です。5年生になったら先生や友達にメールをすることを教えます。中学生になると数学や理科の授業の中で、コンピューターが使われるようになるんですよ。」人とのコミュニケーション手段の1つとして、問題解決や他の学問への応用としてのコンピューターを取り入れた授業は、フィンランドの教育の要でもある「実社会から生まれる教育」そのものでした。「フィンランドの子どもは学校に行くのが、楽しいって言うんです。」と中嶋先生は語ります。

■おわりに

  フィンランドのみならず先進諸国、開発途上国で高く評価されている日本の教育基本法のことを申しあげましたが、お隣のスウェーデンでもフランスでも新しい教育法は、日本の教育基本法から学んでいるのです。

 今、教育基本法を文科省がどことどこをどう直すなど準備を始めているが、われわれは、文科省にそんなこと頼んだ覚えはありません。断固として阻止しなければなりませんと結びました。区民のみなさんのご意見をお寄せください

 

 

        トップに戻る    中嶋先生の講演全文