2008年11月12日 |
高知県はずれの大月町に気になった土地があります。
この海はサンゴの群生もあり、シュノーケリングなども楽しめます。 陸上からは不便極まりない場所に位置しています。 が、気になったので無理して行ってきました。 そのレポートです。 |
< 位置図 >
竜ケ迫へは海沿いの小道を走っていきます。 このあたりは山々が海に沈下して出来たリアス式海岸のようで、道も山の斜面です。 景観は良く、温暖な土地らしく照葉樹が茂っています。 集落へ行く手前に、「雲雀小島」という 松が生えた小島を眼下に見て進みます。 斜面に沿って、石垣で整地された民家や段々畑がポツポツと見られます。 |
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ヒバリ小島 |
岬の上には、神社と廃校になった小学校を利用した宿泊施設がありました。
名称は 「自遊学校」 。
下の航空写真と、学校の壁に貼ってあった手作り案内図で、岬を中心に左右に広がっている集落の様子が窺がえます。
岬には、自遊学校の校舎屋根が見える。 |
岬の付け根の高台にある集会場に車を置いて、岬を学校に向かいます。 登り坂です。
石垣で囲まれ築かれた平地に、木造平屋建ての施設があります。
写真右上: 廃校の敷地 写真左下: 「自遊学校」 の看板 橋の下は道路。
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旧小学校入口の石柱から全景を撮る。
奥の大樹の先は崖で、すぐ海である。 とても小さな旧・学校であった。 |
ここは、昔懐かしい雰囲気を漂わせています。
校庭の端から。 遠くに雲雀小島が見える。 |
玄関 |
玄関の中から外を。 左手の壁に案内図が。 |
玄関から入って、廊下から教室を(1) | 廊下から教室を(2) |
玄関の壁に貼ってあった校内案内図の一部。
ベッドを置いた教室1つと 和室の教室が3つある。 |
民宿として施設を管理している管理人さんに、話をうかがいました。
竜ケ迫の集落は過疎化が進み、お年寄り中心に約50戸、80名程の人口になってしまったそうです。
かつては、海から山の斜面の上までの段々畑で有名だったそうです。
漁業も、漁師さん達がみな高齢になってしまい盛んではないようです。
集落のなかで売りに出ている空き家を、見せてもらいに行きました。
岬から先へ向かいます。
岬の左手にある漁港です。 下の小道に、海に面してガードレールのようなものが見えます。 上にオレンジ色のケースが置いてあります。
シーズン(12月〜2月)になると、ここは、一面 このような光景が出現します。
特産の ヒガシヤマ という干しイモを 陽光と潮風にさらして乾している。
(← 大月町の案内ガイドから) |
家々は海に臨んだ斜面に、石垣で段々に作られた敷地に建っています。
歩いている道の下に家があり、 左手の民家では、 |
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売りに出ている空き家を訪れました。
小道から階段を上がり、門から入ると、中庭があり、それを囲んで母屋、作業場などが配置されています。
家の裏から石段をあがると、上は畑になっていました。 住んでいる住居の屋根の上が畑のような感じです。
この畑からは、海が目前にきれいに見えました。 (手前が畑の端です。 その下の建物が空き家です。)
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母屋の中です。 立派な家屋でした。 この中庭を廻る造りは、伊予方面の風習とのことです。 |
竜ケ迫の岬と集落の遠景です。
段々畑が集落の背後にあります。 空き家は真ん中あたりでしょうか。
(写真は宿毛在住の方が撮影したものです。) |
空き家からの帰り道、小道の下の民家の庭先で、ご夫婦が大きなサツマイモを蒸していました。
ヒガシヤマという、竜ケ迫特産の干しイモを作りはじめたとのことです。 土地の人々の冬場の伝統的おやつだそうです。
ここの干しイモは、常識的な干しイモとは色も味も全く異なります。
茨城の干しイモは白っぽいですが、ヒガシヤマは赤色です。味もずっと甘いそうで、興味を持ちました。
イモの種類も、製品名も、区別無く ヒガシヤマといっているそうです。
ヒガシヤマは大月町の特産ですが、竜ケ迫のヒガシヤマはその中で特に甘くて評判がいいそうです。
当然ながら、人工甘味料は一切加えてありません。 海に臨んだ斜面で、陽光を浴び、潮風でじっくり干しただけのものです。
後日、竜ケ迫から取寄せて試食しました。 色は赤く、これが干しイモか、という外観です。
普通の干しイモより ずっと柔らかく、甘く、美味でした。
また、長く日持ちしないので、早めに食べたほうがよいとのことでした。
今回、ほんのわずかな時間 立ち寄っただけでしたが、次の機会があれば、夏に来て自遊学校に泊まり、
きれいな海でシュノーケリングしたり、段々畑や集落をのんびりと散策したりしてみたいと感じました。
2009年 1月 2日(了) |
宇田川 東 |
リンク | 僻地の漁村の学校は廃校になり、その後、宿泊施設となり私の目にとまりました。 |