ぱられるわーるど/ひなたで過ごす


 たくさんのどんぐりが落ちている林に覆われたその山の向こう、丈の高い草に囲まれたその道を抜けた先に何があるか、それを知っている人はほとんどいません。もしいるとすればそれは実際にその道の先に行ってみたことのある人だけで、たいていの大人たちはせいぜい深い深い林に野犬かあるいは狸くらいならいるやもしれぬと思ってはいても、その道の先に行ったことなどありはしませんでした。もちろん、大人たちにその道の先に行かないようにと言われているたいていの子供たちも。
 大人たちにその道の先に行かないようにと言われたけれど聞いていなかった少しだけの子供たちは、その道の先に何があるかを知っていました。

 その山のふもとの町にはまだ充分に幼い三人の少年少女がいましたけれど、その山の向こうに行ってみようと言い出したのは二人の少年を連れた一人の少女の方でした。たいてい誰かが誰かを誘い、そうしてよろこんでついて行く三人には誰がそのとき誘ったのか、なんてことはさして重要なことではありませんでしたけど。
 高い木々の葉っぱにさえぎられて日のあたらない林の斜面を抜けて、山のてっぺんにまで出ると今度はその木々の隙間から、たくさんの緑色を反射した陽光がさしこんでくるようになります。ときには右から、ときには左からさしこんでくる日差しを浴びながら、辛うじて道のようにも見えるその道を進んで行くとその小さな山を越えることができるのですが、その日は一人の少女と二人の少年は、山を越えないで途中の斜面を降りて、少しくじめじめとした土だまりのほうへほうへと降りていきました。こういう斜面には小さなわき水が沢のように流れていて、小さな蟹とかが見つかったりしましたからわざわざ降りていくだけの理由は充分にあったのです。

 その年の夏休みの一日、子供たちがそれを見つけたのは偶然ではありませんでしたが、子供たちがそれのある場所を訪れたのはまったくの偶然でした。じめじめとした岩肌の見える斜面の下、そこには樽くらいの大きさはある大きな鉄の玉が砂と泥とをかぶってずんと置かれていたのです。いったん見つけてしまえばこれほどおもしろいものをほうっておく子供というものはおりませんでしたから、三人はそろって鉄の玉に乗ったりなでたり蹴飛ばしたりして遊んでいました。
 ですから、少年の一人が鉄の玉の背中のほうにあった小さなへこみに手を触れたとき、それがごろんと動き出したのは本当に驚いたのです。最初はまあるい玉を転がしてしまったのかと思いましたが、鉄の玉のどこからか長い手がはえて足がはえて、ぎしぎしと立ち上がったのを見たとき三人はいっせいに逃げ出しました。あとでどのくらい逃げた、っていうのがささいなけんかの原因にはなりましたけれど、それはここではあまり関係がありません。

 手と足のはえた大きな鉄の玉は、子供たちにはたいそうおそろしく見えましたがそれがあんまりおとなしいので、へこみを押してしまった少年の一人が(少女に言われて)そろそろと近づいてみるとそいつはあんまり悪いやつじゃないような気がしてきました。なにしろ長い手や足をいきおいよくふりあげておどかしたりはしませんでしたし、少年がそっと手をのばすとそっと手をのばしかえし、ぺこりとおじぎをすると不器用そうに身体をかがめてみせるのです。少女ともう一人の少年もおそるおそるやってきて、手と足のはえた鉄の玉はたちまち子供たちとなかよくなりました。

 少年たちは鉄の玉を子供らしく「ロボ」と名づけました。

 その日以来、子供たちはロボとなかよく遊ぶようになりました。ロボは力はありましたが歩くのはあんまりとくいではなくて、子供たちと出会ったその場所から山道や斜面を遠くまで行くことはできませんでした。ロボは子供たちの言うことをなんでもきいてくれましたし、特にへこみを押してしまった少年のいうことはとてもよくきいてくれました。手のとどかなかった木や登れなかった斜面の上まで持ち上げてもらったり、それでなくてもロボの上に乗っていれば子供たちは普段見ることができないような、とても高い場所からともだちに声をかけたりするようなことができるのです。ロボと子供たちの夏休みはしばらくのあいだ続いていました。

 少年が少女とけんかをしたのは夏休みも終わりに近づいてきた日のことです。夏休みの季節ですから子供たちが夕立にずぶぬれになることはべつだん珍しいことではありませんでしたが、ときどき台風が来ては外で遊ぶことのできない日も訪れるようになっていました。その日、いつものようにロボの上で遊んでいた少年はふざけて少女をつきとばしてしまい、ロボの上から落っこちた少女はしばらくぴくりとも動かなくなりました。
 さいわい、下はやわらかい土ですから少女はいつもそうであるように泥まみれになるだけですんだのですけれど、そのときなぜだかその場であやまることができなかった少年に、とても怒って帰ってしまった少女はそのあと口を聞いてもくれなくなりました。もう一人の少年も、一人でもいっしょでもいいからあやまってくるように少年に言いましたけれど、なぜだかそうすることができないままに夏休みの貴重な時間はけずられていったのです。

 少年が、一人でロボをたずねたのは子供たちがロボに出会ってからはじめてのことでした。それまではいつだって三人いっしょにロボと会っていましたし、少年がロボと会うのも少女とけんかして以来でしたから少しくぐあいが悪くはありました。少年は、少女とけんかをする原因になってしまった(と少年は思っている)ロボに話しかけました。

「あのさ…かわりにあやまってきてくれないかな」

 そのとき、ロボははじめて少年の頼みをことわったのです。

 夏休みの最後にロボは少年の頼みをきいてはくれませんでした。それまで子供たちの言うことはなんでもきいてくれた大きな鉄の玉は、子供たちの言うことをきいてくれないたんなる大きな鉄の玉になってしまいました。
 でも、少年はロボが自分のために言うことをきいてくれなかったのだということはわかっていました。でももしかしたら後になってからわかったのかもしれません。少年は頼りにならないロボを置いて少女の家にまっすぐに行くと、心のそこからごめんなさいを伝えました。少女は少年のことを思いきりひっぱたいたかわりに、夏休みの最後になってなかなおりをすることができました。

 その年の夏休みの最後の日、三人の子供たちは林に覆われた山の向こう、丈の高い草に囲まれた道のはずれにある少しくじめじめとした土だまりにある大きな鉄の玉のある場所をしばらくぶりに訪れました。少女にとってはしばらくぶりになってごめんなさいということと、少年にとってはなかなおりをさせてくれてありがとうということと、そして子供たちにとっては夏休みが終わる前にしばらくのさよならを言うこととがありました。でも、子供たちの言うことをきいてくれない鉄の玉はもうただの大きな鉄の玉でしかありませんでしたから、少年たちの声に返事をかえすことはもう二度となかったのです。
 そして、何も返事をかえすことのなくなったたんなる鉄の玉の足下には、不思議なまあるい石ころが三つ、並ぶように置かれていました。それは石ころなのか金属の玉なのか、とてもまあるくてつやつやしていてなんだか小さなロボのようにも見えたのです。三つの玉は二人の少年と一人の少女の泥によごれたポケットの中にしまわれて、子供たちの夏休みはそうして終いとなりました。

 かつてはロボであった鉄の玉。かつては子供たちであった少年少女は、いまはもうそれがどこにあるのかも覚えてはいません。もしかしたら、いまは他の子供たちのロボになっているのかもしれないし、どこかに行ってしまっていまはもうあの山にロボはいないのかもしれません。

 ただ、三人の家の机の上や引き出しの中にはいまでもあのまあるい石ころがしまわれています。


おしまい

                                      

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