冬はいきものが少なくなる季節。いきものたちが消えてしまった季節。
では、いきものといっしょに過ごす子供たちはこの季節、いったい誰と過ごすのでしょうか。
風のお話。
ほう、と吹く風。
学校の帰り道を外れた、川沿いの土手にある乾いた土の上。春や夏であれば湿った土の上、下草の影はいきものたちの世界でしたが冬枯れの下草をかぶり、陽光にさらされて乾いた土は子供たちが立ち入ることを許された世界でした。湿り気のある春や夏であればいろいろないきものの世界である場所を子供たちは借してもらっているのですが、この時期だけはこの場所で、彼らは王様だったのです。
蟷螂の卵や蓑虫の笠や、蛇や蜥蜴であれば石の下に逃げ込んで。乾いた世界に包まれてじっと眠っているいきものたちを後目に子供たちは走りまわっています。そしてこのとき、彼らと時間を過ごしているのはいきものたちではなくて、陽光と土とそれから風たちでした。
「待てこのーっ」
子供たちは走れば走るだけその風にぶつかるのでした。少女に追いかけられていた少年が川沿いの土手を走ってすべりおりるときに、後ろからななめに風を受けることができればそのまま空をとぶことだってできるのです。とんだ先には丈の短くなった冬の草が待ちかまえていて、子供たちの全身を草と土まみれにしてしまいました。
そして追いかけられる少年がとぶことができるのならば、追いかける少女だって空をとぶことができましたから子供たちは乾いた土の上を転げ回り、陽光と土とにはさまれると虫干しされてしまいます。いきものたちが消えてしまった、冬の季節の草の原。乾いた地面にころがって頬を当ててみるとそこはほんのりと暖かくて、消えてしまった虫たちがそこに溶けこんでしまっていたとしても無理はありません。
そこにほう、と風が吹いて、風は少おしの草と土のにおいをはこんでくると、子供たちはまた空をとぶために起きあがると風といっしょに走り出します。少女は少年たちを追いかけていましたし、少年たちが走るさきには風が吹いているのでした。
ときにはとびすぎた先に草の原がなくて、むきだしの石や土の地面が子供たちの肘や膝をすり傷だらけにしてしまうこともあったでしょう。すり傷くらいで悲鳴をあげるのは夜にお風呂に入るときだけですから少年はそんなことを気にしませんし、傷の代わりにそこにしかないものを見つけることだってできるのです。
「かぜだまり、だ」
ころげている少年を心配した少女が頭の上から石の影をのぞきこみます。子供たちがころぶことがあるのなら、風だって石のひとつにつまづいてころぶことがありました。そんな風たちは草にからまったり石に踏まれたりして、そのまま地面にとどまってしまいます。そのままでは風はどこにも行けませんから少年は風をとらまえている草や石をそおっと動かしてやると、くるりとつむじを巻いて風はまたとんでいくのでした。
ほう、とつむじを巻いて。
ほう、ほう。
とんでいった風を追いかけて、子供たちは走り出します。冬のあいだ、日が暮れるまで飽きることなく走りまわり、陽光と土と、それから風が消えることは決してありませんでした。冬のあいだはその風はつめたくときにはするどくて、それがだんだん暖かく柔らかくなってくると春が近づいてくるのです。そうして地面をすべる風が暖かくなってくると、消えたいきものたちが目を覚まして最初は植物から、つぎに虫たちが、だんだん魚やどうぶつたちが帰ってくるのです。鳥たちは風といっしょに冬でもたいてい見かけることができました。
「風が、弱くなったね」
それがもうすぐくる春の前触れだということを少女は知っていました。いきものたちが帰ってくる、それは楽しいことでしたが冬の風は最後に大きくいきものの眠気をふきとばしてしまうと、次の冬までは消えていなくなってしまいます。
冬の風がとても好きでした。次の冬になればまた会えるということはわかっていましたが、なぜだかそれがとても哀しくなった少女は川沿いの土手に乾いた石を積んでそこを走りまわり、つまづいてとどまったかぜだまりに風をとらまえます。そうして手にしていた小さな瓶に風を入れてしまうと、ふたをしてしまいました。
「ごめんね」
少女の瓶に入った風。こっそり手に入れた宝物を少女は今でも持っています。
陽光も土も、それから風もない冬があるということを少女は考えてみたこともありませんでした。たいせつにしまわれた瓶は、いまでも蓋をあければくるりとつむじを巻いた風が中からとびだしてくるにちがいありません。ですが、せめて今はと瓶は日の当たる窓辺にときおり置かれては、古びたガラスに光をはねかえしているのです。
いつか少女が陽光と土の上に帰るときに、また一緒にその風と走ろう。
そのときまで、少女の風は瓶の中でくるくるとつむじを巻いているのでした。
おしまい