ぱられるわーるど/ひなたで過ごす


 その川は少しく上流のほうに堤防があって、ときたまに大きく水門があけられては水がざばんと流されます。大きく水が流されたあとに水門がしめられると川は水門がひらく前とくらべてずいぶん表情を変えてしまうのでした。

 水門がしまっているあいだの川は飛び石の上であれば歩いて渡れるくらいにもなるんですが、もちろんそれなりに大きな川ですから橋のかかっていないところを渡ってはいけないと大人たちには言われています。子供たちはそんなことは気にせずに、浅いけれどもとんでもなく流れのはやい川をとんとんと渡ってしまいますが、もちろん水の中に足を踏み入れたらかんたんに流されてしまうでしょう。
 堤防の下流であれば、大きく流れたり小さく流れたりする水をおさえるために、こんぺいとうのような形をした大きな置き石が置かれているものでした。水面に出ている置き石は、子供たちに四本の手足で器用に渡ってみてくださいといわんばかりにきちんと並べられているのです。水が流されたあとであれば置き石にはりついた苔もいっしょに流されてしまっていましたし、日差しにかわいた石はすべりませんから、こんなものは危なくもなんともないのです。それでもときどきは足をすべらせて水に落ちたりすると、ずいぶんと下流まで流されてしまって他の二人が大あわてで助けにきたりしますけれど。流された子供は岸までたどりつくと、流されたことよりもずぶぬれになった自分を悔しがるのでした。二人の男の子と一人の女の子は、その川でどれだけの月日をすごしたことでしょう。

「ようやくダムがしまったぞ」
「これで島に行けるね」

 堤防だとか中州だとか、そんな無粋なことばは子供たちの世界にはありません。ところどころに、根を強くはった下草の生えている石ころだらけの川の中州は、子供たちにとっては中州ではなくて無人島であり秘密の基地でした。明るい日差しの下、水に洗われた石ころだらけの中州にいったい何があるというのでしょう。それが理解できない人はもう大人になってしまいましたから、子供たちだけの基地があるその無人島は、大人には理解できない彼らだけの空間になるのです。なにしろそこに落ちている石の一つ、そこに生えている草の一本が彼らの所有物になるのですから。ましてそこには石一つや草一本だけではない、たいそうな宝物だってあるのです。
 水門が大きくひらいて水が流されるということは島にあるいろいろなものが流されてしまう一方で、いろいろなものが島に流れついたり転がった大石の下にそれまで隠されていた宝物が見つかることだってありました。自分たちよりも大きな石、水の勢いはその石でさえも転がしてしまうのですが、石が転がって割れたところに子供たちは押しつけられたたくさんの貝殻の跡を見つけました。それは貝殻の埋まった赤土が固まって石になったのかもしれませんし、あるいは子供たちが言うように本当に化石だったのかもしれません。大きな石にくっきりと残る貝殻の跡は、自然の力でなくは動かすことすらできない秘密の宝物でした。これだけ大きなものでなくても、たとえば絵の具で塗ったかのような鮮やかな色をした小石だとか、光に透きとおって見える宝石のような石まで、子供たちの島は宝の島でした。その中で探検家たちのいちばん大きな宝が、割れた大石に刻まれた貝殻の化石なのです。

「今日はだめだなあ」

 天気の良い日、子供たちが川を訪れても上流の水門がひらいていて水かさが増しているときには、島はほんの一部を除いて深い水の底に沈んでしまいますから、必ずそこに行けるわけではありません。そんな日はしかたがないので、もう少し下流に行って魚やえびが捕まえられる、流れのよどんだ川辺で遊ぶのです。危険を乗り越えるのは勇気がある子供だけでしたけれど、乗り越えられない危険に挑んで失敗するのはかっこうわるい負け役だけでしたから。ですがその年、子供たちが本当にどうしようかと悩んだのは、貝殻の跡が押しつけられたあの大きな石がたくさんの水で押し流されて少しずつ転がっていってしまう、その様子を見たときのことです。
 あのままずっと流されていけば彼らの島からたいせつな宝物がひとつ失われてしまう。そう思っても子供たちは荒波を越えて島に渡ることはできませんし、たとえ渡ったところで転がる大石をとめられる筈もありません。目の前で大石が転がって、ばかりと割れて水に沈むのを見たときに、子供たちはなんだかとても悲しかったのです。割れたその石がどこまで転がっていったのか、水門がしまりすっかり水がひいたころにはもうさっぱり分からなくなっていました。

 一つ、島からなくなってしまった大きな宝物。その石が置かれていたあたりにはもう、そこに石があったことなどまるで分からないようになっています。貝殻の跡が刻まれた、割れた石のかけらがまだどこかに転がっているかもしれないと子供たちは考えましたが、それらしいものはまるで見つかりませんでした。

「ねえ、これなんだろう?」

 彼らの化石はついに帰ってはきませんでしたが、大きく水が流れて新しく転がってきていたごつごつした割れた石、その表面に文字のような不思議な模様がきれいに並んでいるのを子供たちは見つけました。規則的に並んだ模様がびっしりと石の割れ目一面を覆っていて、それは何やら書き記された古代からのメッセージのようにも見えるのです。いずれこの石も流されて消えてしまうのかもしれませんが、どうやら子供たちの宝の島が、その持ち主を飽きさせるようなことは決してないようでした。

 今ではその貝殻の跡がどうしてできたのかも、石に刻まれた模様が何であったのかも大きくなった子供たちは知っています。ですが、子供たちにとってはそれは化石であり古代の碑文であっても何の不都合もありません。

 あの島は今でもそこにありますし、きっと彼等でない別の子供たちの宝の島になっている筈でした。


おしまい

                                      

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