子供たちが住んでいるその町をかこんでいる、山の裏手をぐるりまわりこんだ向こう。そこは小さな谷のようになっていて、山を覆う木々がとぎれて切り立った斜面の下には石や岩がごろごろしている、そんな場所でした。日当たりの良い石ころだらけの地面には、短い草や丈の低い木も少ないですから地面は川原みたいにかわいていましたけれど、足もとは土や草が踏みかためられた地面にくらべてずいぶんと歩きにくくなっています。
たいていの子供たちは危ないからここに来てはいけませんと言われていましたし、子供たちも大人のいうことはそれなりにきちんと聞きますから、この場所にはたまにしか来ませんでした。なにしろ子供たちはいつでも忙しいですし、山の裏手までぐるりやってくるのはなかなか遠かったものですから。
「たまには、遠征してこようか?」
冒険とか旅とか遠征とか、子供たちはそんなことばが大好きでした。むきだしの地面を挟んでいる切り立った斜面、上の方には山の木々がしげっていて、くっきりした影を投げかけています。日をあびている岩や石はさまざまな色やかたちをしていて、いろんな種類がありましたがむずかしい石の名前のうち子供たちが知っているのはほんの少ししかありません。そうしたものを知りたければ大人でも先生でもなくて、図書館に並んでいる手垢のついた分厚い本を読んだほうがよほど役に立ちました。本や事典、図鑑にはむずかしい漢字や見たこともない国の言葉がならんでいてなかなか覚えることができませんが、その石がどうしてできたのか、という説明であれば覚えることができました。
「緑と、青と、今日は紫を探すからね」
女の子に言われて、男の子たちも岩と石のあいだを歩いています。子供たちの歩いている、そのあたりは大昔は海の底にあって、そこには火山があったといいます。とても昔に熱い溶岩がふきだして、ゆっくりと冷えてできた木の柱のように角張ってまっすぐな岩。青っぽいのはふきだした火山灰が降りつもってできたものですし、紫色の石であればやっぱり噴火のときに流れ出した岩がとけてかたまったものでした。海の底にあった岩と石の林がいまでは、山の裏手にある岩と石の林になっているというのはずいぶん奇態なできごとに思えなくもありません。
そこは、山の中にある山ではない場所。いつもの世界から切り取られた、別の世界ほど子供たちの心をとらえる場所も少ないでしょう。
ただ、いろんな岩や石の名前をなかなか覚えられないことだけが問題でした。
「アンデ…何だっけ?」
「アンザン石だった、かな」
事典にのっていた、カタカナやむずかしい漢字の名前をしたいろんな石や岩がある中で、手垢のついた厚い事典や図鑑をいくら調べてもどうしても分からなかったものもあります。その日、紫色の石のかわりに見つかった黒っぽい緑色をした石は、白くて固い岩と岩のすきまに流れ込んだようにはさまっていて、日の光をはねかえして光っていました。
石は一見すると金属みたいに見えるけれども、触ってもあまり冷たくなくて、しかもずいぶん柔らかく、固い石でひっかいたら傷がついてしまうほどです。子供たちはその不思議な石だか岩だかをとりあえず「山の緑石」と呼ぶことにしました。
ただ、やわらかいとは言っても石ですから、なかなか掘ってとりだすわけにはいきません。子供たちが持っている道具はかなづちや彫刻刀や小刀がせいぜいで、やっぱり緑石に傷をつけるくらいしかできませんでした。しばらく石を相手に苦戦をしていた子供たちは、あきらめたように持ってきた道具をふくろにしまうと、山の緑石をはさみこんでいる大きな岩の上に腰かけます。日の光が真上をすぎてから時間もたっていたし、子供たちの背の丈ほどもある大きな岩の上は、三人で座って食料を広げるには充分な広さがある、はずでした。
「ちょっと、そっち割れてるよ」
「え?揺れ、て、わ!」
ちょうど男の子が足をかけたあたり、ひびが入っていた大きな岩はそこからゆっくり、ばかりと割れると子供たちはばらばらと転げ落ちました。女の子が肘を、男の子が背中を打ったりすったりして文句を言いながら起きあがると、岩は緑石をはさんでいたところからきれいに二つに割れていたのです。
「海・・・?」
岩が割れた、緑石の中には海がありました。ななめに流れている緑と黒のしま模様、そこにまじって平たい貝殻の跡や海藻の跡があるのです。
ここは本当に海の中だったのだ。では山の緑石と呼んでいたこれは山ではなくて海の緑石にちがいない。子供たちをとりまいている海の底には海藻がただよっていて、貝やえびが這いまわっています。手につかめそうなほど近くにある、海の底の風景。
青と紫にかこまれて、子供たちが海の底にいたのはしばらくの間でしたが、気がつくと海の底に沈んでいた黒っぽい緑色の欠片は子供たちの手のひらに残っていました。砕けた石が転がっている中からみつけた、海の緑石の小さなかけらは日に照らしたときよりも、水で洗ったときのほうがまぶしく美しく輝きました。なるほど海の緑石は水につけたほうが海の色を見せるのだ。
それが石ではなかったということを子供たちが知ったのは、それから何年もしてからのことです。
おしまい