ぱられるわーるど/ひなたで過ごす


 子供というものが天才なのだとしたら、それはきっと考えることの天才でした。新しい遊びをつくるときだって、知らないものを見つけたときだって、子供は何だって考えてしまうことができるのです。大人はそれを想像するとか、勉強するとか、覚えるとか、いろんな呼びかたをするかもしれませんがそんなことは大した問題ではありません。

 男の子の家には石の土台と土壁と、かわらの屋根でできた大きな蔵がありました。蔵とか倉庫とか物置というものは、子供たちが知らない秘密がたくさん隠されている場所のことで、たいていは鍵がかけられているものです。男の子の家の蔵にももちろん鍵がかけられてはいましたが、そこに入る鍵を男の子は貸してもらうことができました。
 そうした鍵にさわることができるということは男の子が尊敬されているということでしたが、蔵の中にある、天井裏と床にある小さな戸の鍵だけは男の子も持っていません。それは男の子がまださわることをゆるされていないか、それともその鍵はとても昔に失われてしまったかのどちらかでした。なにしろ、男の子も床の扉が開いたところは見たことがあるのですが、天井の戸が開いたところは一度も見たことがないのですから。

「床下はお酒の瓶とかが隠してあるんだけど」

 お酒がしまってあるところに男の子が入れてもらえないのはしかたのないことですが、そこはお酒がしまってあるところではなく、お酒のように子供に渡してはいけないものがしまってあるところです。たとえば大人が使っている工具箱の中身は使ってはいけないことになっていて、男の子は自分用の小刀やのこぎりのような物を渡されてはいましたが、大人用の工具箱は蔵の中にふつうに置いてありました。ですから、男の子がまちがってさわることすらできないようなすごい道具であれば、そうしたものはきっと戸の中にしまってあるにちがいありません。蔵の中にふつうに置いてあるものは、男の子は見つけたあとであらためてそれを使っていいかと尋ねれば、許してもらえることもありました。

「奥のほうは何があるか分からないっていってたしなあ」

 あまり使わないもの、いらないもの、よく分からないものもまとめて蔵の中にほうりこむようになると、その奥に何が入っているかは大人でさえ忘れてしまうことがあります。それに、大人も知らないようなずっと昔の人がしまっていたものがあればなおのことでした。そうしたものを発掘して使えるようにすることも、男の子たちがこの蔵をおとずれる大事な目的になっています。

 工具の入った箱だったり、古びた器だったり、どろりとした液体の入った瓶だったり、つぎ目のある長い竿だったり。よく使っているものは手前にあって、奥にいけばそれが何の部品かすら分からないものもありました。男の子は、いつも遊んでいる女の子や男の子と三人でときどき、この蔵にもぐりこむと誰も覚えていない宝物を探してひっかきまわします。もちろん崩れて貴重な宝物を壊さないように、ひとつずつそっと動かしては磨いたりほこりをはらったりしながら。

「これがこっちで、それと同じで」
「ここの木目が同じ向きだ」
「逆じゃないかな?」

 そうしてぜんぶの部品をあつめて組み立てるのに、三ヶ月ほどもかかった大きな天秤がありました。それはふしぎな天秤で、台があって棒がのびて、お皿がぶら下がっているふつうの天秤に見えますが、なぜかぶら下がったお皿が三つあってそれをぐるぐると折り曲げたり組みかえたりできるからくりがついているのです。こんなからくり天秤をいったいどうやって使うのか、大人ですら誰も知りませんでした。

「真ん中のお皿を右左と入れかえることはできるんだ」

 すぐに分かったのはそこまでです。ふつうに天秤ではかって、そのどちらかと真ん中のお皿を組みかえてもう一度くらべることができるというのは、なかなか面白いものに見えました。子供たちは面白がって、蔵に置いてあるじゃがいもの袋を天秤に載せては、ぐるぐると動かしてどれが重いかをくらべてみたりしてみました。

「あれ・・・?」

 おかしなことに気がついたのは、女の子でした。女の子は後に自分でそういいましたが、男の子は自分が気がついたのだと思っています。たぶん、三人ともいっしょに気がついたのでしょう。
 三つのお皿にじゃがいもを四つ、三つ、三つと載せて、重いじゃがいも一つを取ったら組みかえることを繰り返してみると、そのまま重い順番にじゃがいもを並べることができるのです。このからくり天秤が、たくさんある物の重さを順番に並べるためのものであるということを、子供たちは見つけることができたのでした。しかも、十ある中からいちばん重い一つだけを見つけるだけなら、最初の載せかたを変えればたった二回はかればできてしまいます。

 この発見はしばらくの間、子供たちをとくいにしました。なんといっても大人たちは、天秤を組みかえるやり方をぜんぜん覚えることができなかったのですから。それができなければからくり天秤はふつうの天秤と何も変わりません。そのあいだも子供たちはこのふしぎな天秤の使い方をいろいろ考えて、十九個までのじゃがいもだったら三回、はかれば一番重いものを見つける方法も見つけ出しました。

「懐かしいな・・・」

 男の子も女の子も、今でもそのやり方を覚えています。ただちょっと違うのは、今の彼らだったら二五五九個までのじゃがいもだったら、十回天秤を使えばはかることができるということまで知っていたことです。

 でも、そんなに載せたら天秤がきっとこわれてしまうに違いありませんでした。


おしまい

                                      

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