もっと悲しいのは……

 

1998年12月23日

今から20年くらい前、日曜の深夜、生でやっているラジオ番組があった。大阪の放送局、ラジオ大阪がやっていたトーク番組、「ぬかるみの世界」である。

落語家の笑福亭鶴瓶と放送作家の新野新が、2時間ほどの間、ひたすら雑談をするだけのものであったが、日曜深夜という時間枠を考慮すると、驚くほどの聴取率を取っていた。

その中で、「悲しい女」というテーマで話が盛り上がったことがある。どんな女が一番悲しいのか。

画家のマリー・ローランサンは、

「悲しいのは……捨てられた女、 捨てられた女よりもっと悲しいのは天涯孤独な女、天涯孤独な女よりもっと悲しいのは死んだ女、死んだ女よりもっと悲しいのは……忘れられた女」

と言っている。「忘れられた女」がもっとも悲しいそうだ。私はそうは思わないが、そう感じる人もいるのだろう。

「ぬかるみの世界」で一番……であったかどうかも記憶が定かではないが、かなり上位に入っていたのに、「夜中に一人、吉野家で牛丼を食う女」というのがあった。

夜中の2時頃、女性が一人で牛丼を食っている姿は、確かに哀愁が漂う。

この放送から数年経ったあるクリスマスイブの夜、私は当時付き合っていた女性と一緒に焼き肉を食べていた。24日は二人とも夜まで仕事があったのと、27日から31日まで、二人で5夜連続、遊ぶ予定になっていたので、無理して24日にどこか洒落た店に行くこともなかった。彼女とはクリスマスイブの夜に、一緒に焼き肉が食えるような間柄であった。

私たちが夜の8時すぎ、焼き肉を食べていると、隣の席に若い男女のカップルが座った。二人とも24、5歳くらいである。しばらくして、その二人が店に入ってきてから、まったく口をきいていないことに気がついた。何も喋らないまま、二人で黙々と食べている。食べているといっても、女性が箸を動かすペースは私たちの十分の一程度でしかない。二人が座っているテーブルの辺りだけ、暗い雰囲気がただよっている。

あらためて女性のほうをうかがうと、彼女はラメの入った白いドレスに、ラメの入ったバッグ、白い靴、髪も決めて、気合いの入った姿であった。何日か前から、クリスマスイブのために準備していたのだろう。

これを見て、鈍感な私も事情がわかった。クリスマスイブの夜、彼とデートをする約束をしていて、どこか洒落たレストランやバーにでも行ってからホテルでお泊まりという、定番のクリスマスイブを期待していたに違いない。それが実際に会ってみると、煙がモウモウと立ちこめている焼き肉屋に連れてこられて怒っているのだ。それとも、いくつかレストランに行ってみたけれど、どこも満席で入れなかったのかもしれない。予約もしてくれていなかった彼に対して、怒りが体中から発散していた。確かに、焼き肉屋にはあのドレスとフワフワのストール、ラメ入りのバッグ、白い靴というクリスマス仕様は似合わない。

私たちは先に出たので、このあと二人がどうなったのかわからない。

つい最近、この話を20歳くらいの女の子にした。

「私ならそんな日に焼き肉屋なんかに連れて行かれるくらいなら、まだ吉野家のほうがいいわ」

「えっ、きみはそんなに牛丼が好きなの?」

「ちがいます。そんな服で焼き肉屋なんかに行ったら、服に煙の匂いが着くでしょう。それなら吉野家で牛丼でも食べて、さっさと帰ったほうがまだまし」

夜中に牛丼を一人で食べる女より、もっと悲しいのはクリスマスイブにラメ入りのドレスを着て、焼き肉を食べる女……なのか……。


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