構造計算書偽造問題について

このところ連日のように姉歯建築士による構造計算書偽造のニュースが流れて社会現象にまでなっています。絶対にやってはいけない、同業者として非常に残念で恥ずかしい行為だと思います。はじめは静観しようと思っていたのですが、問題の大きさと一部報道番組等での無責任な発言、国土交通省の責任転嫁ともとれる対応などを見て、設計者として自分なりの私見を述べてみたくなりました。
ここでは設計事務所寄りに今回の事件を考えてみたいと思います。

報道番組では「今回の件は氷山の一角なのではないか」と何の根拠も無く闇雲に世間に不安を与えるだけの発言が目立ちます。ただ、こういう私も今回のこと以外にこんなことは無いと言い切れるほどの自信はありません。無いと信じたいのが正直なところです。
そして程度の違いはあれ、今回の事件が今の建設業界の縮図を表しているのも紛れのない事実です。

■建設コストの削減について
これは日常的に行われています。誰でも物を買う時、高いよりは安い方がいいと考えます。
通常、削減の対象になるのは仕上材や建物の規模などで、構造材に手をつけることはまず有り得ません。何故なら人命に係る事だからです。それでも構造自体を見直すことはあります。当然構造計算は最初からやり直しになります。大抵は部材の足し算と引き算をセットで行うので(柱を減らせば梁などその他のものが増えてしまう)、あまりコスト削減の効果がない場合もあります。今回の事件はコスト削減のために引き算しかしなかった結果ということになります。

■構造計算書とは
今回偽造の対象となった構造計算書とは、行政が指定する区域において建築物を建設しようとする場合に事前に届け出なければならない「建築確認申請書」に添付される書類のことで、建築図面などと共に提出されます。内容は専門的な用語やたくさんの数値と図面からなるもので構造力学を知らない人が見ても1%も理解できないものです。
建築確認申請書にはこの他法規に関する検討や土地に関する資料など様々な図書が添付されます。
ここで注意しなければならないのが、この申請は「確認申請」であって「許可申請」ではないということです。

■建築確認申請と確認審査機関(イーホームズや特定行政庁、都道府県など)
建築確認申請書(以降「確認申請」)は審査機関に提出されると、そこで現行の法律に適合しているかどうか判断されます。確認申請に添付されている図面の端から端まで、構造計算書の数値のひとつひとつまで内容を細かくチェックされます。・・・のはずなのですが、実際にはそこまでのチェックは行われず、必要な図面書類の有無、内容についても法的に要所と思われる項目のみのチェックになると思われます。
一般論から言えば「そんないいかげんな」と思われるかもしれませんが、審査機関は確認申請が提出されてから21日(木造住宅などでは7日)で審査の適否を出さなくてはいけません。
構造計算書を検算するには、基本的に構造設計者が行った行程と同じ行程を審査する側も踏まなくてはなりません。構造の他にもチェックしなければならない項目は山ほどあります。1棟だけ見るのであれば十分な日数なのですが、月に数十棟提出される確認申請を数名の担当者がチェックするのは物理的に無理です。それを審査がずさんだとかいいかげんだとか非難するのは少々酷に思えます。(もちろん審査する側個人個人の資質には問題が無いとした場合です)
とは言え、現行の制度では様々な案件に対して対処出来ない事が今回の事件で明白になりました。

ただイーホームズの審査に限っては少々手抜きが多いように思えます。
これでは偽造ではなく単純な書類の不備もチェックできなかった可能性があります。

■確認審査機関と建築設計事務所(姉歯建築士など)
仮に完全な審査が不可能であるとした場合、世の中チェックをすり抜けた違法な建物だらけになってしまうかと言うとそうではありません。われわれ設計事務所の建築士は審査機関が細かい数値までチェックしない事も、もしかすると担当者が見落としてしまう可能性がある事も知っています。だからといってそれを悪用しようとは思いません。つまり

「チェックしないからこちらの都合のいいように変えてしまおう」ではなく

「チェックしないならこちらがその分気をつけて設計しよう」と考えます。

審査機関の設計者に対する考えも同様で、添付されている図面や書類に間違いはあっても偽造はないだろうと考えていると思います。
設計者と審査機関はお互いに信頼の下に業務を進めています。
一見危機管理的に甘いシステムに見えるかもしれませんが、実際いままでこのシステムでやってこれたのも、お互いにプロでありお互いの立場や役割を認め合っていたからだと思います。
実際のところ
構造計算書が偽造されるとは誰も思わなかったと思います。正直私もそんな事をする設計者がいるという事に驚いています。同業者から見てもそれくらい有り得ない行為だという事です。
ただ残念な事に今回はその到底有り得ないことが現実に起きてしまいました。

■悪人さがし
報道番組を見ると、口では一番に住人救済をと言いながらほとんどの時間を悪人さがしに使っているように見えます。被害者の気持ちになればこれも重要なことなのでいいかげんな事は言えませんが、報道番組などが行っている過剰な悪人さがしは違う意味でいい結果を生みません。強いて悪人をさがすとするならば「このことで一番得をする者」を考えれば簡単にわかります。構造設計者が計算書を偽造しても手間ばかりかかって何の得もありません(だからといって違法行為に荷担する理由にはなりませんが)。あとは構造計算が面倒で手を抜いたというケースもあるかと思いますが、そんな構造設計者がいるなんて事は考えたくありません。
個々の過失や違法行為についてはこれから司法の場で結論が出るでしょう。
 

■国土交通省
まず確認しておきたいのは、先に挙げた審査機関が確認審査に許される期間や審査に要する人員などの規定や確認申請制度は国土交通省が定めた事であり、設計者と審査機関の関係もそれでよしとしてきたのも国土交通省です。

報道により一部誤解があるようなので、もう一度確認申請という制度について考えます。
確認申請とは建築主がこれから自分が建てようとしている建築物が現行の法律に基づき規準をみたしているかどうかを確認するために提出するものであり、偽造をチェックするものではありません。そもそも偽造があることを想定していませんし、疑ったらキリがありません。例えるなら現在では銀行や役所の窓口などで本人確認用に運転免許証や保険証などの提示を求められたりしますし、様々な手続きで印鑑証明や住民票、委任状などの添付を求められたりしますが、それらのものが偽造されているかどうかまでチェックするでしょうか。仮に偽造があったとして、その偽造を見抜けなかった担当者の責任でしょうか。
世の中はそれぞれが最低限の信用の下に成り立っています。
建築確認だけを見ても様々な書類が添付されますが、そのすべてにおいて、家を建てるのは本当にこの人なのか、印鑑は本物か、土地登記簿は本物か、公図に手を加えていないか、この設計者は本当に建築士なのか・・・。いったいどこまでチェックすればいいのでしょうか。
制度に不備はあれ、それを悪用するかどうかは最終的には個々の資質に係るのではないでしょうか。

繰返しますが確認申請は偽造を見抜くためにあるのではありません。
国土交通省も突然槍玉にあがってしまい慌てふためいているのもわかりますが、その点ははっきり国民に伝えるべきです。その上で今後の対応策を練るべきです。

偽造に関しては論外ですが、そもそも設計者が確認申請という制度を使って、審査機関に自分の設計のミスを見つけてもらおうと考える事自体がプロとして失格です。
だからといって私がここで建築確認のあり方や建築士のあり方を述べたところで、現実にこんなことが起こってしまった以上、ただの理想論でしかありません。

■国土交通省つづき
過熱報道に影響されてか国土交通省も制度の見直しを検討しているようです。
これまでは設計事務所と審査機関の信用のもとに行ってきた確認申請を「性悪説」に基づく制度に変えるそうです。簡単に言うと確認申請は「偽造されている」という前提にチェックするということです。こちらとしては今まで行ってきた業務をそのまま行えばいいので問題は無いですし、今までより厳密に審査がされるのであれば消費者にとってはその方がよいのですが、同業者の不祥事もあり仕方がないこととは言え、最初から疑われるというのはあまり気分のいいものではありません。

建築設計事務所というのは建築主から設計監理を請け負った場合、建築主の立場になれる唯一の存在です。その存在に国を挙げて疑いの目を向けるのは、設計事務所の業務そのものを否定する行為であり、設計事務所が存在する意義も無くなってしまいます。

本当に消費者を守りたいのなら、もともとモラルの存在しないところにこそ手をつけた方が良いのではないでしょうか。何処が事件の発端かわかりきっているのですから。   

■設計事務所と建築主
ここで大事なのが、設計事務所が建築主の立場になれるのは「建築主から直接設計監理を請け負った場合」のみというところです(例外はありますが)。設計事務所が施工業者の下請けだったり、更に言えば施工業者の元請だったりした場合、純粋に建築主の立場になることが難しくなります。

今回の事件では、建売住宅に見られるような「建築主=施工業者、不動産業者(フューザーや木村建設など)」でその下に設計事務所が付くというような図式になり、やはり設計事務所としてはその後の住宅購入者の立場になって行動するのが難しい状況になります。設計事務所が強い意思を持ち、間違いを正したところで、もっと使いやすく言うことを聞く設計事務所に仕事が回るだけで、解雇された設計事務所としては嫌な仕事から解放されていいのかもしれませんが、住宅購入者にとっては何の解決にもなりません。今回はこの関係が最悪の結果を導いてしまったという事です。
もちろんどのような関係でもお互いにお互いを認識し正しい業務を行っている業者もいますのですべてに当てはまる事ではないのですが、一般の方が自分で正しい業者を見つけるというのも難しいことだと思います。

一戸建て住宅の場合、一般的には居住予定者が建築主になることが多いと思います。住宅工事にはいろいろな業者が関わってきますが、その主従関係でその後の工事が大きく変わるという事は知っておいて損はないと思います。

■ではどうすればよいか
建築確認全般の制度自体は複雑で既に確立されているものなので、今すぐに全面改正するのは難しいように思われます。慌ててやってもまた違った穴が見つかるでしょう。
制度全体の見直しについては私もいい考えが浮かびませんが、今回問題となった構造計算書の偽造を防ぐ事に関してはそう難しくありません。

構造計算は一般的にコンピュータによって行われます。それを紙で提出するから偽造が簡単にできてしまうのです。ならば設計者がコンピュータで計算し、その結果をデータとして審査機関に提出、担当者がコンピュータを使って設計者が入力した項目におかしなところは無いかチェックすればいいと思います。途中の計算過程はチェックする必要はありません。なぜなら構造計算ソフト自体が国の審査により認定を受けています。あとは計算結果が図面と合っているかどうかをチェックすればよい事になります。つまり構造計算の入口と出口だけチェックするということです。

もちろんそう言った一貫したシステム作りも必要ですし、実際にはひとつの物件に複数の構造計算プログラムを併用しなければならない場合もあるのでその場合の対処法、計算書データ自体の改竄防止対策も必要となります。それでも今の技術なら難しい事ではないと思いますし審査の省力化にもなると思います。(そうなってくれるとあの分厚い計算書を作らなくて済みますのでこちらも楽なのですが・・・) 

■最後に
そう遠くない時期に国土交通省の指導により確認審査の改正があると思います。
設計から審査までの部分だけを見れば、購入者にとってより安全な建物が保証されるわけで、これはとても意味のある事だと思います。
と同時に確認申請というものが「家を建てたいので規準に適合しているか確認ほしい」という性格のものから「家を建ててもいいですか」というような許可に近い方向に向かう可能性があります。つまり設計者(あるいは建築主)と審査機関との力の均衡が崩れるかもしれないということです。
これはこれから家を建てる予定のある方に対し、必ずしもプラスになるとは限りません。

ただプラスにならないと言うのは極端な制度改正が行われた場合において起こりうることを指しています。私個人としては、予てからもう少し審査機関が権限を持ちそれを行使出来る存在になってほしいと思っていましたので「建築許可」に近い改正になってもいいなと思います。
今までの行政は個人の財産を扱っているせいなのか、違法建築物に対してほぼ黙認に近いような対応をしていました。それが業界全体のモラル低下につながり、さらに今回の事件につながってきたのだと思います。
いずれにしろ締めるところは締めて、ある意味では柔軟なそんな改正になればいいと思っています。

平成17年11月28日作成

平成17年12月27日全文修正

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