

“一人で生きる”という選択は、何も<孤立>を意味するわけではありません。いや人は、<孤立>
して生きることはできない。たとえ生きていても、“存在”することにならない。家族を持たなくても、
私達の生活がこの社会から無縁であることはできません。物質的なつながりは言うまでもなく、社会
はあなたの<アイデンティティ>の基盤です。そして一人で暮らすあなたは、直接的に社会に向き
合います。誰かの妻(夫)であったり、誰かの親(子)としてではなく、一人の独立した「人格」として
登場します。あなたはその生活を通して、社会に“存在の価値”を主張します。そこはあなたの“自己
実現”の場です。あなたの“自我”を発揚する場です。あなたの“価値観”を表現する場です。あなたが
あなたとして存在します。あなたはあなた自身のルールを持ちます。それはこの社会を支配する常識
や社会通念、規範に対抗するあなたの“価値観”です。「自律的」な生活です。一人で暮らすことで、
自分を取り戻します。誰にも支配されない“自分らしい”生活を実現できます。あなたはあなたの人生
の“主人”になります。もちろんそこには、食卓の賑わいや頼るべき家族の絆はありません。日々、
孤独や健康への不安を背負って生活することになります。しかし元より、その不安は誰かによって
解消されることはありません。結局のところ、一人一人が背負わざるを得ないのです。あなたは自分
で自分を支えます。経済的な自立こそがその唯一の条件です。あなたは誰とでも交流できるし、どこ
へでも行けます。いろんなコミュニティに参加できるし、誰かを支えることもできます。誰かを支える事
で、あなたは支えられます。あなたは誰のものでもないが、みんなのものです。
<社会と個人>
この社会は、個人の有機的な集合体である。個人はこの全体(社会)の部分であって、同時に全体の「反映」である。つまり、個々の「人格」の中に、その人格を取り巻く様々な社会(人間)関係が反映される。だから個人の価値観は、その社会と時代の価値観と密接に結びついている。個人の問題は社会の問題である。