昭和53年のラジカセホットカタログ
でございます。ネタ元は双葉社のなんでもプレイ百科「ラジカセ・ナマ録スーパー作戦」(昭和53年11月20日1刷発行)でございます。写真が白黒でしかも新聞並の印刷でしかも私のヘタレスキャンでございます。
見にくいのはご容赦下さいませ。
この本が発行された昭和53年(1978年)の11月23日から中波ラジオ局の周波数が一斉に変更されました。例えばTBSは950KHzから954KHzへ、ニッポン放送は1240KHzから1242KHz、当時私が住んでいた岩手放送は720KHzから684KHzへ。 当時はテレビのどのチャンネルをつけても欽ちゃんこと萩本欽一が出ていた。スター誕生、ぴっタシカンカン、オールスター家族対抗歌合戦、欽ちゃんのドンとやってみよう、欽ちゃんのどこまでやるの、欽ちゃのこれが一番等々。タモリ(BCLワールドタムタムやってましたね)や所ジョージがうわさのチャンネルに出ていたり、高島ひげ武やくり万太郎が大入りダイヤルまだ宵の口のパーソナリティをつとめていたり。この年のパーソナリティは以下の通り。
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2001年8月21日記。 |