「黙って座ればピタリと当たる」

とは言うものの.....

1999年1月25日

「はじめまして。あなたはアフガニスタンにおられたのですね」

これはシャーロック・ホ―ムズが、初めてドクター・ワトソンに会ったときの挨拶である。

言われたワトソンは驚いた。「初めて会ったのに、なぜ彼は私のことを知っているのだ」と不思議に思うのも無理はない。

ホームズのシリーズを読んでいる方であればよく知っているように、ホームズの推理はタネを明かされれば実に合理的な根拠から引き出されている。しかし、それを知らなければ、ホームズには魔法の力でもあるのかと思ってしまう。まさにマジックのタネと同じなのだ。

シャーロック・ホームズには実在のモデルがいた。著者のコナン・ドイルが、エディンバラ医学校の学生であったとき、外来を担当していたジョセフ・ベル博士は、患者に一言も質問することなく、患者を観察するだけで、その人の病状だけでなく、その人の癖から、病院へ来るまでの道などを当てるのを得意としていた。この人がホームズのモデルになった人物だそうだ。

街角で店を出している占い師で、よく当たると評判の人がいる。いつも行列が出来るほどの繁盛ぶりである。

よく当たると評判のよい占い師は、例外なく、「黙って座ればぴたりと当たる」と客に感じさせるのがうまい。「コールド・リーディング(cold reading)」がうまい。「コールド・リーディング」というのは、相手に具体的な質問することなく、雑談や、その人の顔や服装といった外観を見るだけで、その人の個人的な情報を引き出すテクニックである。それを拡張して、その人の恋愛や仕事上の悩みなども当ててしまう。実際は「超能力」でも何でもない。タネを明かされたら、ホームズの推理同様、あっけないほど簡単なことなのだが、原理を知らないと驚く。

コールドリーティングに関しては、海外では体系化されたテクニックがあり、専門書も色々と出ている。しかし、いくら体系化されたテクニックとはいえ、さりげない会話の中から微妙な情報を引き出すのは、ある種の才能は必要である。評判のよい占い師は、例外なく、このコールドでリーディングの達人である。ただし、日本ではこの言葉自体ほとんど知られていないし、日本で営業している占い師も、これを体系的に勉強した人はほとんどいないだろう。勉強したことはなくても、経験でほぼ同じようなことをマスターしている。

インドの「アガステアの葉」なども、実際に行ってみると数百におよぶ質問をされるそうだ。これだけ質問すれば、個人のどんな情報でも引き出せる。

「黙って座ればぴたりと当たる」と思わせるテクニック、実際にはいくつか質問しているのだが、それを感じさせない人がうまい占い師なのだ。慣れれば、過去のことや現在のことはすぐにわかるようになる。人は現在の自分の悩み、過去の出来事を当てられると、未来のこともわかると思うらしい。もっとも、その人の「ライフスタイル」(性格)が変わらなければ、人はいつも同じ行動を繰り返す。失敗も、同じことを何度も何度も繰り返す。そのため、対人関係でも、恋愛でも、仕事上のことでも、いつもその人は同じ結末を向かえる。「ライフスタイル」を見抜いてしまえば、その人の将来のことを予測するのは難しくない。これをもう少し理屈っぽくしたのが心理学であり、精神分析である。一流のカウンセラー、サイコセラピスト、精神分析医になるには、占い師同様、才能がないと大成しない。

「○○の母」と呼ばれている女性占い師がいる。東京の某所で店を出しており、何度も雑誌やテレビなどで取り上げられているようで、そのスジではよく知られている人のようだ。

この人が、実際に仕事をしている場面をテレビで見たことがある。客として来ていた女性の手相を見ながら、さりげなく雑談をしている。顔の角度は手のひらのほうを向いているのだが、視線は上目づかいで、何度も客の顔に行っている。ちょっとした質問をしながら、客の顔がどう変化するか、微妙な変化を見逃さない。表情のちょっとした変化から情報を引っぱり出してくる。2,3分も喋れば、相当なことがわかる。

コールドリーディングに対して、「ホット・リーディング」というのもある。これは占い師より、海外の職業霊媒師などが行っている。コールド・リーディングが何の準備もないのに対して、こちらは周到に準備をする。

たとえば、あなたがある霊媒師のところへ行ったとしよう。その霊媒師とはまったくの初対面である。霊媒師にとっては、前日にでも予約があれば都合よいのだが、予約なしで、いきなり行ったとしよう。そこで、あなたのおじいさんの名前を言ったら、その霊媒師はおじいさんの霊を呼び出す儀式を行い、おじいさんの亡くなった正確な日付をあなたに告げたらどうだろう。「おじいさんは、1985年11月27日に亡くなったのですね」と言われ、それがズバリ当たっていたら、イヤでもその霊媒師の力を信じてしまうだろう。このようなものをホットリーディングという。

必ずしも、客の全部に対してこのようなことをするわけではない。実際には数人に一人の割でも、この種の話は口コミですぐに広がる。あの霊媒師はスゴイということになる。

タネを明かせば、これも簡単なことなのだ。この霊媒師は、普段から自分の住んでいる町や、近隣の町の墓をまわり、墓石に刻まれている氏名と亡くなった日をメモしたデーターベースを作っている。訪問客が来たとき、雑談の中で、その人が昔からこの町に住んでいることがわかったら、その人の家族で、すでに亡くなっている人の墓がある可能性が高い。隣の部屋にあるデーターベースから、それを探し、見つかればこっそりメモをしてきて、それを告げる。

仕事とはいえ、どんな分野でもそれなりに評判のよい連中は、決して経営努力を怠っていないものだ。


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