夜の新宿・歌舞伎町

これもカルチャー・ショック!

 

1999年10月31日

2012年7月26日 改訂




 夜中の12時過ぎ、私とK子は新宿の歌舞伎町にいた。K子に連れてこられた店で1時間ほど遊んだ。二人で一汗かいたあと、料金を払うためフロントに向かう途中、知人の話を思い出した。

 神戸の知人が仕事で東京に行った際、歌舞伎町を歩いているとキャッチガールに声をかけられた。その日は仕事で嫌なことがあり、普段温厚な彼にはめずらしく、むしゃくしゃしていたらしい。このまま神戸に帰るのも気が重いので、何かで発散させてから帰ろうと思っていたら、タイミングよく声をかけられたこともあり、何も考えずに、紹介された店にそのまま入ってしまった。

店内は何も見えないくらい薄暗い。しかし気配からでも、隣に座った女性は自分の母親よりも年上であることがわかる。客は他にはだれもいない。すぐにあやしい店であることに気がつき、とりあえずビールをグラスに一杯だけ飲み、立ち上がった。それでも案の定、出口では料金として10万円近く請求されたそうだ。新幹線の切符代もなくなり、神戸まで鈍行で帰ってきたとぼやいていた。

 歌舞伎町で知らない店に入るのは恐ろしい。私も不吉な予感を感じながらフロントに向かった。

 「1時間ですから1万2千円頂きます」

 いやな予感は的中した。血の気が引いて行くのがわかった。

 1時間で1万2千円……。やはりこれが夜の歌舞伎町では相場なのか。 知人の10万円のことを思えば、私が請求された1万2千円は安い。1万2千円で気が遠くなりそうになった私はよほど貧乏性なのだろう。

 K子と1時間一汗かいて1万2千円なら安いものかも知れない……。こんなところで文句を言っても、恐いお兄さんが出てきたら厄介だ。だいいち受付にいるこのオヤジにしても、いかにもその筋という風貌をしている。

 入るとき料金表をチェックしなかったことが悔やまれた。 もう一度K子の顔を見た。K子は相変わらずどんぐりのような目をして笑っている。

 どうしよう……。この場はこのまま払って、あっさり出たほうが身のためかも知れない。

 時間にして数秒のことだろうが、そのとき私はよほど恐い顔をしていたのだろう、K子が私の顔を見て、あわてて付け足した。

 「何をびっくりしているの?冗談に決まっているでしょう。1,200円よ」

 1,200円……?

 フロントの壁に貼ってある料金表を確認してみた。

 「新宿歌舞伎町卓球センター:1時間1,200円」

 私はK子と、夜中の1時過ぎ、歌舞伎町で卓球をしていたのだ。

 K子は当時、この近所にある出版社に勤めていた。編集業務は残業が多く、月に何度か徹夜もある。そのようなとき、夜中でも気分転換をかねて、この卓球場や、下にあるバッティングセンターに編集部員数名でよく来ているらしい。

 K子とデートをするのはこれが4,5回目であり、この日も夕方から会い、映画と食事に行った。そのとき、話のはずみで、卓球をしようということになった。これでも私は昔、卓球では市内大会で優勝、大阪市の大会では2位にもなっている。その話をしたら信じられないと言うので、実力を見せてやるため、夜中に卓球場に行ったのだ。

 卓球場を出るときK子に確認した。

 「さっきあのオヤジが1万2千円と言ったのはギャグか?」

 「そうよ。1万2千円と言われて本気でびっくりしていたからおかしかった。わからなかったの?」

 「あほか、そんなギャグがどこにあんねん!」

 私はキレた。自慢じゃないが私は根っからの関西人である。関西流のボケ、ツッコミは身に染み付いている。私がこの世に生まれてから、空気を吸ったのが早いか、親や祖母、親戚の連中が使っているボケ、ツッコミを聞かされたのが早いかわからないくらい馴染んでいる。しかし、あんなものをギャグと言われたら黙ってはいられない。普段温厚な私でも切れる。

 吉本新喜劇でのお約束のギャグがある。

 「おばちゃん、なんぼや」

 「へえー、おおきに。うどんとご飯の大盛りで5百万円!」

 ドテッー。

 これならわかる。1,200円を12,000円と言われても、こけるわけにはゆかない。こんなもんで、こけられるか。

 このような中途半端なことを言われると、思考回路も、ギャグに対する反応も停止してしまった。私は完全に狼狽していた。

 あれもカルチャーショックなのだろう。

 次の朝、私とK子は、早朝から品川にある某ホテルの室内テニスコートでテニスをしていた。朝の8時から1時間、また一汗かいた。

 フロントに請求書をもらいに行くと、昨晩と同じことを言われた。

 「1時間ですから1万2千円頂きます」

 しかし今度は慌てなかった。昨晩の学習が、こんなに早く活かせる場があるとは思わなかった。

 1,500円を出して、釣りをもらおうと待っていた。受付の男性は、レジのところでじっと私のほうを見ている。目と目が合った。

 「お客様、1万2千円でございます」

 「わかってるがな。1,500万円出してるやろ。300万円、おつりちょうだい」

 「コートの使用料は、1時間で1万2千円でございますが……」

 カウンターにある料金表を見ると、確かに1万2千円となっている。

 なに?すると、今度の1万2千円はギャグじゃないの?

 夜の歌舞伎町よりも、朝の品川のほうが高いのか?

 


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