"kiss"を知らない?

 

1997年11月5日


スイスからの帰り、関空までハンガリー人のエンジニアと隣になった。原子力関係の技術者で、今回が初来日のようであった。日本のガイドブックを読みながら、手帳を広げ、さきほどからしきりに何やらチェックしている。

飛行機が離陸した後、ビールを頼むと日本のキリンビールが出てきた。缶に印刷してある「キリン」の絵をしげしげとながめているなと思ったら、「この動物は何ですか?」と英語でたずねてきた。

予想もしていなかった質問で、一瞬「ジラフ」と言いそうになったが、首の長いキリンではないことに気がつき、"It's an imaginary animal, must be a kind of dragons."と言ったらわかったようだ。(ほんとか?)

とにかくそれがきっかけで話が弾んだ。

「ハンガリーで、最も有名な日本人は誰だと思う?」

「誰だろう……、ホンダさんか、それともトヨタさん?」

顔色を見ながら答えた。しかしいずれも"No.”と言われてしまった。正解は指揮者の小林研一郎氏だそうだ。ハンガリーでの知名度、人気は抜群で、ほとんどのハンガリー人は小林氏を知っていると言っていた。私が小林氏を知らないと言ったら、呆れたような顔をしていた。国辱ものの醜態だったのだろうか。

お返しに私もたずねてみた。
「それじゃ、現在、日本で一番知名度の高いハンガリー人は誰だと思う?」

しばらく考えていたが、わからないと言う。
「ピーター・フランクル。数学者で大道芸人をやっている」と教えたら、案の定、知らないと言っていた。これでおあいこだ。

そのあとも、ハンガリーや日本のこと、旅先の想い出などをお互いに話した。英語に関しては、二人ともうまくはないが、共通言語として英語を喋っているので、話は意外なくらいよく通じた。ただ彼は、専門分野の英語はよく知っているのに、ごく簡単な、日常会話レベルの英単語が時々出てこない。

イタリアのヴェネツィアの話になったときもそうだった。彼が新婚旅行でゴンドラに乗ったときの話をしていたとき、話が途中で止まってしまった。何かを必死で思い出そうとしている。

「えーと、男と女が唇と唇を接触させること……、英語で何って言うのだった?」

「うーん?男と女が唇と唇を接触……??」

何のことだろう。思わず同伴者と顔を見合わせた。まさか"kiss"という単語を知らないとは思えないし、一瞬、何のことかわからなかった。

恐る恐るたずねてみた。

キッ……?


「オーッ、そうだ!」


思わずのけぞった。

ヴェネツィアには、ゴンドラに乗っているとき、運河にかかっている橋の下でキスをすると幸福になれるという言い伝えがある。新婚旅行のとき、それを実行したという話をしてくれていたのだが、"kiss"という英単語が出てこなかったのだ。

それにしても「キッス」が出てこないか?!

これがハンガリー人一般に当てはまることなのか、彼だけのことなのかよくわからないが、ハンガリーでの英語教育、もしくは英語環境はどうなっているのだろう。

「キス」ひとつで、カルチャーショックを感じてしまった。

マジェイア

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