「基準」となるもの

 

天秤

1998/11/19

マジックに限らず、自分が今までやったことのない分野を勉強したり、マスターしなければならないとき、できるだけ短期間にうまくなるコツというものがあるとしたら、その極意は「本質をつかむ」ということでしょう。誰かの思想でも、科学のある定理でも、「要は何なんだ」という部分がわかれば、あとはおのずと全部わかってしまいます。できるだけ早い段階で、その分野のもっとも本質となっている部分を自分の頭で納得することです。

ではどうやって「そこ」を知るかですが、できることなら、誰かよくわかっている人に教えてもらうのが一番手っ取り早いでしょう。適当な指導者が近くにいなければ、よい入門書などがそれの代わりになります。実際、すぐれた入門書が見つかれば、その分野の大半をマスターしたのも同然です。

具体的な手段として、初期の段階ではなるべく「本物」だけを見て、「にせ物」を見ないようにすることが大切です。何でも最初が大事です。

興味深い例として、江戸時代の両替商の話があります。

昔の両替商では、丁稚として見習いの子供が入ってくると、店の主人が、その子に本物の金貨を1枚渡すそうです。子供はそれを懐に入れておき、暇なときはいつも懐に手を入れて、金貨を触ります。数年間は金貨以外のお金を触ることはなく、金貨にしか触れません。すると指先が本物の金貨の感触を覚えてしまい、混ざりものがしてあるにせ金貨に触ると、すぐに違いがわかるのだそうです。こうなってはじめて、その他色々なお金に触れることを許されるそうです。最初から色々なものに触れてしまうと、本物と偽物の微妙な違いがわからないのだそうです。

この話がどこまで本当のことなのかわかりませんが、真贋を見分ける力をつける象徴的な話としてはよくできています。また、実際、そうだろうと思います。

ゴルフ、テニス、ピアノ、その他、どんな習い事でも、最初におかしな癖が付いてしまうと、後できちんと習ったとき、身に付いてしまっている癖を取るのに一苦労します。まったくやったことのない人のほうがむしろ早く上達します。癖を取るだけで、大変な時間と労力が必要です。いったん身に付いた癖を取り除くのは並大抵のことではできません。

ある分野のことが少しわかってくると、自分自身にとって「基準となるもの」を持つことが有効です。 ここ数年、ワインが大ブームで、世界中のワインが大変安い値段で買えるようになりました。1,000円、2,000円台でも十分おいしいワインが数多く出回っています。

ところが、これからワインを楽しみたいと思ってワイン売場に行っても、とても自分では決められないくらいの種類が並んでいます。ガイドブックも数多く出まわっていますが、このような嗜好品は、結局自分の好みで決めるしかありません。人が何と言おうとも、自分にとっておいしいものがベストです。最初は何種類か試してみる必要はありますが、自分の好みに合うもの、これはおいしいと思えるものに出会えたら、しばらくそれを飲み続けることです。同じワインを10本くらいまとめて買って、色々な料理に合わせてみたり、単独で飲んでみたりしながら、その味を覚えてしまうのです。ひとつでも基準となる味が自分の中にできると、新しいものを飲んでも、その基準となっているものと比べて、辛い、渋い、重いとかの比較が容易にできるようになります。ベースになるものができるまでは大変ですが、いったんできてしまうと後は様々なものにチャレンジしても大丈夫です。

マジックの話に戻りますが、昨今、ビデオの普及などで、数多くのマジックを簡単に自宅で見ることができるようになりました。マジックのCDも出ています。書籍は山ほどありますから、タネを覚えるだけなら何の苦労もありません。『ターベルコース』の全8巻だけからでも、すぐに数百のマジックを覚えることができます。これほど様々なメディアが出回り、容易にネタが仕入れられる時代は今までになかったことです。しかし、相変わらずマニアは面白いネタがないと嘆いています。(笑)

この部屋で始めた「世界のマジック傑作選集」は、星の数ほどあるトリックの中で、とりあえずこの辺りを知っていると基準となるマジックがわかり、勉強するのにも効率がよいと思えるものを集めました。

しかし、これはワインのガイドブックと同じで、あくまで方向性を示すだけのものに過ぎません。芸も料理も、最後は本人の個性で味付けするしかありません。自分自身の感性で、面白いと思えるものを選択すればよいのですが、それでも何らかの指針くらいにはなるのではないかと思っています。


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