F.A.Q.2 (道具編)

質問のメールがひとつ届くと、同じような内容のメールが、日をおかないで立て続けに数通届くことがめずらしくありません。最初は偶然なのかと思っていましたが、どうやらそうではないようです。現在インターネットの世界で、マジックを扱っているサイトは国内だけでも百以上あるのでしょう。掲示板やメーリングリスト等で、何かが話題になっているときにこのようなことが起きるのかも知れません。

この1週間ほど、マジックの道具、なかでもコインとトランプの大きさに関しての問い合わせが毎日のように来ています。一人一人に返事を書くのも大変なので、ここでまとめて返事をさせていただきます。

追加更新:2001/7/19(画面の最後にあります)。

2001/6/2


Q.日本で、コインマジックをする人の大部分はアメリカのハーフダラー(50セント硬貨)を使っていますが、どうしてですか?日本の硬貨ではダメなのでしょうか?

A.確かに日本のマニアで、コインマジックをする人はたいていアメリカのハーフダラーを使っています。しかし日本で日本人の観客を相手にマジックを見せるのであれば、現在日本国内で流通している硬貨を使ったほうがベターです。とくにクロースアップでコインマジックを見せるのであれば、観客も見慣れている日本の硬貨を使うことをお薦めします。

本当なら日本の硬貨を使ったほうがよいのに、今でも多くのマジシャンがハーフダラーを使っているのには、それなりのわけがあります。思いつくままにあげてみましょう。

日本で現在一般に流通している硬貨のなかで、一番大きいものは500円硬貨です。昨年(2000年)まで製造されていた旧500円玉は縁にギザがないので、クラシックパームをするとき、しにくいということもありました。ハーフダラーの場合、ギザがありますので、パームがしやすいのです。

またコインマジックには「スペルバウンド」等、銀貨と銅貨を同時に使うものが少なくありません。このようなとき、アメリカのハーフダラーとイギリスの旧ペニー銅貨は大きさがほとんど同じですので、この組み合わせが好都合というのも理由のひとつです。

それとこれが最も決定的な理由ですが、日本では法律(貨幣損傷等取締法)で、硬貨に穴を開けたり、削ったりして加工することは禁じられています。アメリカでは硬貨に加工しても問題ありません。そのため、数多くのトリックコインが作られています。マジックによっては、このようなトリックコインを使ったほうが大変不思議な現象を容易に作り出せますので、マニアといわれる人は大抵このようなコインを何種類か持っています。

レギュラーコインで演じられるものは日本の硬貨を使い、トリックコインのときだけアメリカのコインを使うというのは、いくら鈍感なマジシャンでも抵抗があるでしょう。それなら最初からハーフダラーやクォーター等、アメリカのコインでとおしたほうがまだマシです。そのため、アメリカのコインを使う機会が増えてしまいます。

しかし現在では、日本の硬貨に特殊な加工をしたものもこっそりと製造販売されています。法律に触れますので、おおっぴらには販売されていませんが、常連になれば、店長が裏から内緒で出してきてくれます。といっても、販売しているのはあやしいビデオなどを売っている店ではありませんよ。普通のマジックショップでのことです。

昔ははじめての客がマジックショップに電話をして、日本の硬貨でできたトリックコインのことを問い合わせても、「そのようなものは扱っていません」と断られることが多かったものです。最近はこの業界も過当競争気味ですので、一見さんであっても売ってくれる店が増えてきました。

Mr.マリックも、コインマジックを演じるときはほとんどすべて日本の硬貨でやっています。タバコがコインを貫通するものでも、数枚のコインがグラスを貫通するものでも、その他、よほどの例外を除いて、日本の貨幣で演じています。これらのことからでも、日本で見せるのであれば日本の硬貨を使った方が断然よいとわかるでしょう。一般の人にハーフダラーを見せても、何かのメダルとしか思ってもらえません。

その他の理由としては、ダイ・ヴァーノン、トニー・スライディーニ、マイク・スキナー、ラリー・ジェニングス、デビッド・ロス等、アメリカから来たマジシャンが、みんなハーフダラーを使っていたからということもあるでしょう。しかし、アメリカ人のマジシャンが、アメリカのコインを使うのはごく自然なことです。1970年頃、この人達は日本のマジシャンからから見れば神様のようなものでした。そのため、日本人のマジシャンが、このような人たちと同じ道具を使いたいと思うのはわからないことではありません。しかし、冷静に考えてみれば、日本人の観客に見せるのに、アメリカのコインを使うのは、どうひいき目に見ても不自然です。

マジシャンの常識は世間の非常識であることはめずらしいことでありません。どっぷりとこの世界に浸かってしまっていると、不自然なことも不自然と感じなくなってしまう人が大勢います。中には、「コインマジックをやるのなら、絶対ハーフダラーでないとダメ」と主張するわけのわからない人もいますので困ったものです。アメリカのコインに固執する必要など何もないことをわかっておいてください。

”超マニア”の場合、同じハーフダラーといっても、もっと細かいところまでこだわっています。 1964年のケネディハーフや、それ以前のハーフダラー、「フランクリン」や「ウォーキング・リバティ」でないと気分が出ないと言っている人もいます。現在製造されているハーフダラーには銀は含まれていませんが、1964年以前のハーフダラーやクォーターには銀がたっぷり含まれていました。銀の含有量が多いと、コイン同士がぶつかったとき、「チャリーン」と澄んだ音がします。これもマニアの心をくすぐりました。しかしこの程度のことは、実際にマジックを見せるときには何の関係もないことです。マジシャンの自己満足以外の何ものでもありません。

マジシャンの中には、ハーフダラーのほうが500円玉より一回り大きいため、見栄えがするということを強調する人もいますが、クロースアップで見せるのであれば気になるような差ではありません。レクチャーなどのときでも、少し後ろの席になれば、銀貨か銅貨なのか、区別がつかないものです。ビデオを見ているときでも、何のコインを使っているのか判別できないことがよくあります。つまりハーフダラーが見栄えがするといったところで、最前列に座っている観客以外、銀貨と銅貨の区別もつかないものです。

元来、コインのような小さい素材は観客の目の前で見せるためのものです。クロースアップマジックは、ごく少数の観客の前で演じてこそ妙味があるものです。何十人も相手にして、銀貨なのか銅貨なのかも区別できない状況でハーフダラーのほうが見栄えがするといったところで説得力はありません。それならクロースアップマジック本来の楽しさが満喫できるような状況、つまりごく少数の観客を相手にして、日本の硬貨を使って演じたほうがずっとよいでしょう。

多くのマジシャンは、手がすでにハーフダラーの大きさに慣れてしまっています。そのため、いまさら日本の硬貨に換えるのは面倒なので、そのまま使っている人が大半です。しかしここに来て、コインマジックを日本の硬貨で演じる人が増えてきました。これはよいことだと思っています。

「ムトベパーム」でよく知られている六人部慶彦氏も、「ハーフダラーはマジシャン相手に見せるときだけ許される」と言っています。

参考資料

貨幣損傷等取締法

【法令番号 】(昭和二十二年十二月四日法律第百四十八号)
【施行年月日】昭和二十二年十二月四日
【最終改正 】昭和六二年六月一日法律第四二号

○1 貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶしてはならない。
○2 貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶす目的で集めてはならない。
○3 第一項又は前項の規定に違反した者は、これを一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。


Q.トランプにはポーカー・サイズとブリッジ・サイズがありますが、「手の小さい子供や女性でもポーカー・サイズを使え」と言っている人がいるそうです。無理をしても、ポーカーサイズを使ったほうがよいのでしょうか。

A. 結論から言えば、手が小さくて、「ディーリングポジション」にカードを持ったとき、正しい位置に持てないのでしたら、ブリッジサイズをお薦めします。ポーカーサイズにこだわる必要などまったくありません。 正しい位置にカードを保持できないと、カードマジックで最も頻繁に使う技法「ブレイク」を小指で保持することができません。

トランプの選び方に関しては、「トランプマジックに適したトランプの選び方」で基本的な説明はしてあります。もしブリッジサイズ、ポーカーサイズの違いがわからないのでしたら、先にお読みください。

一部上記の記事と重複しますが、この機会に、トランプの大きさに関して補足しておきます。

現在、日本でもアメリカでも、成人の男性であればほとんどの人がポーカーサイズを使ってカードマジックを演じています。これは平均的な手の大きさをもった男性であれば、カードを配ったり、広げたりといった基本的なカードの扱いに問題がないことと、「パーム」のような「秘密の動作」をおこなうときでも問題がないからです。

カードゲームの世界では、ポーカーサイズとブリッジサイズの2種類が主流なのですが、マジックの世界ではこれ以外にも、さらに大きいトランプ(ジャンボカード)や、ポーカーサイズの半分くらいしかない小さいトランプも使われます。しかし極端に大きいカードはステージでカードマジックを見せるとき、観客に見やすいようにするための配慮からであり、極端に小さいカードは、現象の中でカードを小さく変化させるために使うなど、特殊な状況の下でしか使われません。ジャンボカードはジャイアント馬場さんがカードゲームをするときに使ったり、極端に小さいカードは白木みのるさんのような小さい人が使うためにあるのではありません。

ジャイアント馬場さんと白木みのるさんのお二人が同じカードテーブルの席について、一緒に遊んだことがあるのかどうか知りませんが、もしあったとしても、普通のポーカーサイズやブリッジサイズのカードで問題はなかったはずです。手の大きさを比べたら、お二人ではおとなと子供どころか、数倍違うでしょうが、カードゲームをする分には問題なく使えるものです。マジシャンの中には、トランプはカードマジックのためにこの世に存在していると思っている人もいるようですが(汗)、元来、トランプはカードゲームのために作られたものです。

日本で、昔から一般の人がトランプ遊びに使っているトランプはブリッジサイズです。小学生でもこの大きさであればカードでゲームをするさい、特に問題はありません。私も子供の頃から使っていますが、これが特に大きすぎるとは感じませんでした。しかしマジックに使うには、一般的なブリッジサイズやポーカーサイズでも大きすぎると感じる人がいるかも知れません。普通に配ったり、ファンに広げたりするときは問題はなくても、「パーム」という技法を使うとき、大きさが問題になることもあるでしょう。

パームには何種類もありますので、手からカードがはみ出しても、角度などでカバーできるものもありますが、一番基本となるパーム、つまり小指の先と親指の腹で保持する例のパームですが、このときには手が小さいと、どうしてもぎこちなくなります。カードマジックは数多くありますので、このようなパームを使わなくてもできるものもいくらでもありますから、手に合わないのでしたら無理をすることはありません。小学校の低学年くらいであれば、どうがんばってもポーカーサイズでは手からはみ出すと思います。もしブリッジサイズでパームが可能なら、それを使えばよいことです。体が小さいのに、無理にポーカーサイズにこだわる必要などまったくありません。

パームは、カードの技法のなかでも特殊なものです。これができるかどうかよりも、もっと基本的なレベルで大きさをチェックした方がよいでしょう。目安としては、普通に「ディーリング・ポジション」に持ったとき、中指や薬指がデックの横に届かないようであれば、そのカードは大きすぎます。ポーカーサイズでは無理でも、ブリッジサイズであればきちんと保持できるのであれば、そちらを使うことをお薦めします。

たまに手の小さい女性マジシャンが無理をしてポーカーサイズを使っていることがありますが、何か違和感があります。大柄な西洋人に浴衣を着せるとツンツルテンで、子供に浴衣を着せているような格好になり、どうにもしっくりしないものです。また逆に、お兄ちゃんのお下がりを無理矢理着せられているのか、それとも2,3年先の成長を見越して、大きな服を着せられているのか知りませんが、中学1年生あたりの男の子が、体よりも大きな学生服を着せられていることもあります。この程度なら見ていても微笑ましいのですが、何でも「大は小を兼ねる」というものでもありません。無理に大きなカードを扱うよりも、自分の手にあったものを扱ったほうが、見ている観客もすっきりします。小さい子供であれば、それなりに可愛いと言えば可愛いのですが、いい年をした女性マジシャンが、無理をして大きな道具を使っても、全然可愛くありません。

ポーカーサイズとブリッジサイズの差など、5ミリ程度のことであり、これもコインと同じで、ごく限られた人の前で見せるのであれば、ボーカーサイズとブリッジサイズの差による見ばえなど気にすることはありません。

今からから30年くらい前までは、大抵のマジシャンがブリッジサイズを使っていました。アメリカで市販されているトリックカードも、当時は大半がブリッジサイズでした。ポーカーサイズのトリックカードをを使いたい人は、自作するか、「カード・バイ・マーチン」という、手作りのトリックカード専門店にオーダーして作ってもらっていたくらいです。

日本でそれまで主流であったブリッジサイズがポーカーサイズに代わったのは、1972年頃からです。転機になったのは、1972年にテンヨーから出た『ラリー・ジェニングスのカードマジック入門』です。これは著者の加藤英夫さんが、ジェニングス氏から影響を受けたことをまとめた大変すばらしい本です。カードマジックの入門書としては、現在でもベストでしょう。

この中で、ジェニングス氏と加藤さんの対話があります。そこでジェニングス氏がブリッジサイズよりもポーカーサイズのほうが、テーブルにカードをおいたとき、見ばえがするからポーカーサイズを使うように勧めるくだりがあります。これが日本でポーカーサイズが一般的に使われるようになった最大の理由ではないかと思います。

しかしラリー・ジェニングス氏はグローブのような大きな手をしています。一般の日本人と比べたら、ジャイアント・馬場さんと白木みのるさんとの差があるのではないでしょうか。実際ジェニングス氏は、カードを横にしてパームしても隠れるくらい幅の広い大きな手をしていました。これだけ大きいと、ブリッジサイズを使えばミニチュアのカードを扱っているように見えてしまいます。ジャイアント・馬場さんがカレーを食べている場面を見た人は、コーヒー用のスプーンでカレーを食べているのかと思ったそうです(汗)。 それと同じようなことになるでしょう。

自分の使う道具は、大きさが調整可能であれば、自分にとって使いやすいものを選ぶにこしたことはありません。 カードゲームをするだけであれば、ブリッジサイズ、ポーカーサイズのどちらを選んでも大差はありませんが、裏で微妙な動作を必要とするマジックの場合、つまらない見栄にこだわって、持ちにくい道具を使う必要はありません。

私が小学生や手の小さい女性にカードマジックを教えるとき、一見して手が小さいと思えば、ブリッジサイズ、ポーカーサイズの両方でディーリングポジションに持ってもらい、それを見てどちらを薦めるか決めています。 最初にも触れたように、カードが大きすぎて正しい位置に持てないのであれば「ブレイク」にも困ります。

コインもカードも、このようなものを使って演じるクロースアップマジックは、元来、人の目の前で演じるものです。数ミリの差による見ばえを気にするよりも、自然な道具を使って、しっかり見せることのほうがずっと大切であることを忘れないでください。

追加更新:2001/7/19

昨日、「魔法都市案内」の読者の方から、つい最近某所より発売されたばかりのトランプが送られてきました。上の「Q」にあった、手の小さい子供であっても、ポーカーサイズのカードを使うように強く主張している団体が関係しているトランプです。

手の大きさも無視して、なぜ手の小さい子供や、女性にも、そのようなものを薦めるのか、私にはまったく謎でした。なんだかんだと理屈を言っているようですが、今回その理由がわかりました。何のことはない、その団体及び関係団体がポーカーサイズのトランプを大量に作ったので、それを子供に売る必要があったからです(爆笑)。まあ裏がわかれば何でもこのようなものです。

さらにひどいのは、このカードは裁断が悪いため、「パーフェクト・ファロー・シャッフル(Perfect Faro Shuffle)」ができません。U.S.Playing社のものと、日本製の最大の違いがここです。「ファロー・シャッフル」というのは、左右、同数にわけたカードを完全に一枚ずつ交互に混ぜ合わせるシャッフルです。今回のトランプに限らず、日本製のトランプでは、たいていこのシャッフルが出来ないのです。無理にしようとすると、カードの縁がめくれ上がってしまい、すぐに使い物にならなくなります。 これは裁断の制度だけでなく、紙の質も関係しているのかもしれません。

値段も定価が900円というのはふざけています。一枚色違いのエクストラカードがついているとはいえ、子供相手に、「バイシクル」よりも高い値段設定にしてどうするつもりでしょう。バイシクルは現在600円前後で販売されていますから、それと比べてもずいぶん高い設定です。

これからマジックをはじめようとしている方で、カードを購入しようと考えている方は、U.S.Playing社の「バイシクル」を使うことをお薦めします。市販されているカードマジックで、トリックカードを使うものがありますが、このようなときも添付されているネタカードは、ほとんどの場合「バイシクル」です。

 


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