フラフラするな

2000/12/31

アマチュアマジシャンの演技を見ているとき、大変気になることがあります。立って演技をしたり、演技をしなくても喋っているだけのときでも、体がフラフラと動いている人が目につくのです。体だけでなく頭を意味もなく動かす人もいます。目線が宙をさまよっている人もいます。アル中の人がリハビリでマジックをやっているのならともかく、そうじゃないのならもう少しビシッと立って欲しいものです。

しかし、「立つ」ことは思いのほか難しいものです。一般の人にとって、人前で何かを演じたり喋ったりすることは、日常そう頻繁にあることではありません。そのため、場慣れをしていないことが一番大きな要因だとは思いますが、体を動かさないようにすることは意識して心がけておいてください。

「ただ立つ」ことに関して、天海賞を主催しておられたフロタさんがパントマイムをはじめて習いに行ったときの話を著書の中で書いておられました。1960年代後半のことです。(『奇術の中のパントマイム』フロタ・マサトシ著、 THE NEW MAGIC 叢書3、1972年)

上記の本を読むと、「ただ立つ」だけのことでありながら、それがどれだけ難しいことなのかよくわかります。フロタさんの場合、最初の一ヶ月は力を抜いて、一番自然なポーズで立ち、その姿が維持できるようになる訓練だけを繰り返したそうです。それができない限り、次のレッスンには決して進んでもらえなかったようです。

海外のマジシャンでも、立居振舞の美しい人はみんなそれなりにパントマイムやバレエの基礎訓練を受けています。我流で動き回ったり、体を揺すっているだけでは何年やったところで様になるものではありません。フレッド・カップス、リチャード・ロス、チャニング・ポロックなどの動きには決して派手なものはありませんが、どこにも無駄なところがありません。

余分な力を抜いて、自然にまっすぐ立つだけでも簡単なことではないことはわかると思いますが、プロを目指す人や、アマチュアでも本格的にステージマジックを演じたい人はパントマイムやバレエの訓練を受けることをお勧めします。しかしそこまで本格的に訓練を受けなくても、少し意識しておくだけでも随分とちがうことがあります。

私の所属しています大阪奇術愛好会の創設当時からのメンバーでもある栂井さんに教わったことがありますので、ご紹介します。栂井さんはご自分でもダンスをされるだけあって、マジシャンの立居振舞についても一家言もっておられます。

基本は背筋を伸ばしてまっすぐ立ち、後頭部と足のかかとが一直線上になるようにして、お腹を少しへこませます。頭の上から何かで引っ張られている感じで、背筋を伸ばします。(下の「図1」)

立ち姿:絵:鈴木陽子

しかし日本人で、特に妙なプロに習っている人に目に付くのが、「図2」のように胸を反らせて立つ立ち方だそうです。過剰に胸を反らせると、腹が出てしまいます。このような姿勢で手に何かを持って演技をすると、手に持っているものと腹との間隔が狭まり、見た目にも”こせこせ”した動きになってしまいがちです。図1のように立つと、手に持っている物と胸や腹との間に余裕があり、客席から見ていても、ゆったりした雰囲気になります。

後頭部とかかとのラインが一直線上になるようにして、お腹を少しへこませるというポジションを維持しながら、手や首も意味なく動かしたりしないように心がけてください。

視線を定めるには、中央に座っている観客の中から一人目立つ人を決めておき、その人に向かって話しかけるようにすれば、視線が泳ぐことは防げます。これはアナウンサーの古館伊知郎氏が言っていたことです。大きな会場で、客席の左、中央、右と視線を動かす場合でも、事前に決めておいた特定の人に向かって喋ると、その近辺の人は自分に向かって喋ってくれていると感じるのだそうです。知人に向かって喋っているつもりになれば、目がキョロキョロと不安げに動くことは防げるのではないでしょうか。

このようなことはちょっとしたことなのですが、知らないと、なかなか気づかないものです。知っていてもすぐには満足のできるスタイルが作れるものではありませんが、なるべく意識して、心がけていれば徐々に改善されてくるはずです。知らなければ、どれだけ長くやっていてもおなじことの繰り返しになるだけです。

また別の意味で動き過ぎる人もいます。本人はダイナミックな演技を心がけているつもりで、手や体をことさら大げさに動かしているのでしょうが、これも大変気になります。実際ダンスの素養があり、基礎訓練を受けた上で自分の演技スタイルを作っているのであればまだしも、そのようなことを何もしないで、ただ我流で動き回っているだけでは、見ている側は目障りなだけです。

最近、アメリカでイリュージョンを中心に見せているマジシャンはバックダンサーなどを入れ、自分も踊ったりしてショーアップしていますが、アマチュアが演じる場合、そのようなことをする必要はありません。むしろビシッと立って、演じたほうがずっと感じがよいものです。

マジックは一瞬でも目をそらすと何が起きたのかわからなってしまいます。マジシャンが過剰に動き回ると、観客にすれば肝心の現象を見ることに集中できなくなってしまいます。

ステージで大きな金属のリングや、シルクのスカーフを扱うときでも、舞台の上を走りまわればダイナミックな演技になるというものではありません。現象が起きる部分以外はピタッと静止していると、観客は「小さな現象」であっても、はっきりとわかります。現象の小さいことを他の動きでカバーするなどというのは本末転倒です。ますますわかりにくくなるだけです。

マジックに限らず、スポーツ選手でも一流の人は体がぶれません。地に根が生えたような安定感があります。どれだけ激しく動き回るスポーツでも、技を出す一瞬前は体がぴたりと安定し、軸がぶれていません。

マジック以外の舞台でも、美輪明宏さんのコンサートや芝居を見ると、まったく無駄な動きがありません。どのような分野であっても、名人といわれる人には無駄な部分はなにもありません。計算された無駄はあっても、意味のない無駄な動きや喋りは一切ありません。

とにかく人前に出たときは、マジックのときだけに限らず、どのような機会であっても、フラフラせずに、ビシッと立ってください。

今回の話はステージマジックのときだけでなく、クロースアップマジックでも同じです。クロースアップのとき、立って演じるときは勿論ですが、座っていても上半身がフラフラとしている人が少なくありません。ピシッと座ってください。

魔法都市の住人 マジェイア

 


INDEXindexへ 魔法都市入り口魔法都市入口へ
k-miwa@nisiq.net:Send Mail