空気を作る

 

2001/4/2

 「舞台を演出するというのは、空気を作るのが目的だと思うのですよ」

先日、テンヨー開発部の鈴木徹さんと電話で話しているとき、鈴木さんがふともらされた言葉です。

鈴木さんはここ数年、マジシャンのステージについて様々な試みをされています。リスボンで開催されたFISM2000のゼネラル部門で2位になったユミさんのステージも鈴木さんの演出です。カズ・カタヤマさんのステージも数多く手がけておられます。

たいていのマジシャンは、観客をどうやって驚かせようかといったことばかり考えています。マジックを見せる場、それがステージであっても、クロースアップマジックを見せるときのような狭い場所であっても、その空間にどのような空気を漂わせたいのかを事前に考えている人はあまりいません。でもこれはとても大切なことです。そのあたりの明確なコンセプトがあるのとないのとでは、観客がマジックに浸れる度合いに随分差が出てきます。

ある具体的なテーマ、たとえば「海」、「風」、「癒し」、「星」等、扱うものは何でもよいのですが、自分自身がその空間に作りたいテーマを明確にしてマジックを構成すると、観客はただびっくり箱を連続して見せられたとき以上のものを感じるはずです。「知的」であるとか、「やさしさ」といったものでもよいと思います。

一流の芸人は観客の前に現れただけで、一瞬にしてその場の空気をその人の色に染めてしまいます。それができる人が本物のプロです。これは芸だけではなく、講演のようなときでも、喫茶店で雑談をしているようなときであっても同じです。存在感のある人は、その場の空気を知らないうちにその人の色に変えています。周りの者は知らないあいだに、その人の作り出した空気に包まれています。

ステージの場合、音楽や照明が加わりますが、これも空気を作るための手助けとして使っていると言えます。ステージでマジックを演じる人は、どのような音楽を使うかでみんな悩んでいます。何かよい曲はないかと探し回っています。しかし、「オリーブの首飾り」がいっときどこの発表会でも使われていた時期があったのをみても、自分が作り出す空気を意識するよりも、ただ音と演技があわせやすいからという理由だけで音楽を選んでいる人が大勢います。

繰り返しますが、最初に考えなければならないことは、自分自身がその場の空気をどのようなものにしたいのかを決めることでしょう。それが決まれば、ステージの演出や構成、そしてそれを具体化する道具や衣装、選曲、照明もしやすくなってくるはずです。このようなことをアマチュア、しかもこれからマジックをはじめようとする人に言っても荷が重いかも知れませんが、多少なりとも意識してください。きっと観客に何かを感じてもらえるはずです。

マジックで一番難しいのは、観客から拒絶されないでマジックを見せることです。マジックをはじめたばかりの頃はがむしゃらにやっていますが、ある程度場数を踏むと余裕が出てきます。観客に対して自分が有利な立場なり、「驚かせてやる」といった雰囲気が漂ってきます。こうなると観客は敏感にそれを察知し、その人のマジックを見ることを拒否し、挑戦的になってきます。多くの初心者がこのあたりで最初の壁にぶつかり、そのままマジックをやめてしまいます。行き当たりばったりで、観客を驚かせることだけに意識がいっていれば、早晩こうなることは避けられません。それを避けるためにも、自分の思い描いた空気を作り出し、観客と一緒にその空気に浸り、楽しめるようになればマジックを見せることが恐くなくなります。

クロースアップマジックではステージマジックと比べて音楽や照明に凝ることはあまりありませんが、自分自身がその場の空気をどのようにしたいのか、明確なコンセプトを持てば、観客にもその人の個性を印象づけられます。

ステージを見たとき後々まで観客の印象に残るものは個々のトリックよりも、そのときその場に漂っていた「空気」です。これがそのマジシャンの印象にもなるのですから、多少は空気を意識して、マジックを見せるようにしてください。

追加:「空気を作る」という言葉は鈴木さんがふともらされた言葉なのですが、それについて詳しくうかがったわけではありません。そのため、私が書いたことは鈴木さんが考えておられることと大きな隔たりがあるかも知れません。しかし私自身はこの「空気を作る」という言葉をうかがったとき、さまざまなことが頭の中をよぎりました。上で書いたことはそのようなもののひとつです。ですから、鈴木さんご自身のお考えとは全然違うかもしれません。そのことはお含みおきください。

魔法都市の住人 マジェイア

 


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